宇佐木は時々二階への階段を眺めて待っていた。
小一時間程すると上下黒のジャージ姿の檜隈が現れた。
グレーのマスクに短いツバの付いたグレーのクールキャップを被っている。
檜隈は宇佐木を一瞥するとカウンターに向かい珈琲を買うと二階の階段を昇り始めた。
宇佐木も後を追うように二階へと向かった。
二階へ上がった檜隈は立ち止まり、席を探すように周囲を眺めた。
客はほとんどが一人で、席を一つ置きにして座っていた。
全員が携帯電話や携帯端末に夢中で檜隈には関心を示さなかった。
窓辺の席は、差し込む夕陽のせいか、監視の男だけが座っていた。
監視の男はチラリと檜隈を見た後、また窓から外を眺めている。
時折、こっそりと単眼鏡を使い、店の窓からギリギリ見ることのできる商業ビルの入り口を見張っているようだ。
檜隈が真っ直ぐに窓辺の監視の男の方へ向かい始めると同時に、上がって来た宇佐木が客達に見られる前にポケットから出した小銭をばら撒いた。
小銭の落ちる激しい音に客達の注目が宇佐木に集まった。
監視の男も振り返った時、眼の前に檜隈が立っているのに気付いた。
檜隈はその瞬間に右手で男の顎先を殴り付け昏倒させる。
その間にも宇佐木は更にポケットから小銭を落としながら客達に頭を下げて拾い集める芝居をしていた。
拾っては落とす間抜けを演じる宇佐木の姿に客達の失笑が混じる中、檜隈は監視の男を抱き抱えて声を上げた。
「おいおい、酔っ払ってんのか?」男を肩に抱えながら続けた「しょうがねぇなあ、送ってやるよ」
客達の注目が檜隈と男に移ったが、力なくグラグラと肩に抱えられている男を見て,ほとんどの客が眼を逸らした。
男を抱えた檜隈が階段を降り去ると、宇佐木は小銭をゆっくりと拾い集めてから階下へと向かった。
ファストフード店の前に停まっているタクシーの助手席のドアを開けて、宇佐木が乗り込むと後部座席で檜隈が失神している監視者の男の頸筋に麻酔薬を注射していた。
宇佐木が運転席にいる藻蔵に頷くと、タクシーはスーパーサインを予約から賃走の表示に変えて走り出した。
宇佐木たちを乗せたタクシーは小一時間程走行すると郊外の街道を外れ、行き止まりの廃墟ビルと工場跡地へと到着した。
後部座席が開くと檜隈が男を引き摺って降り、そのまま肩に担いで廃墟となっている四階建のビルへと向かった。
車内では宇佐木が藻蔵からA4サイズのブリーフケースを受け取っていた。
「木常さんへの注文の品が入っています。ビルの中も準備が整っているはずです」藻蔵はブリーフケースを助手席の宇佐木へ渡した。
「わかりました。離れた場所で待機していてください」ブリーフケースを受け取って宇佐木はタクシーを降りた。
「街道で待機して見張っています」開いた窓越しに藻蔵はそう言うとタクシーで走り去った。
宇佐木は周囲を見渡した後、廃ビルへと歩き出した。
四階の一室に宇佐木が入ると段ボール箱やロッカーの散乱する五十平米程の室内の中央に、監視者の男が手摺付きの椅子に拘束されていた。
檜隈は向かい合わせに置いた椅子に腰掛けている。
男の手は椅子の手摺に片方ずつ手錠で繋がれ、掌が粘着テープと結束バンドで固定されていた。
両脚も粘着テープと結束バンドで完全に椅子の脚に固定されている。
「もうそろそろ眼を醒ますと思うが、起こすか?」檜隈が問う。
「いえ、このままで構いません」宇佐木はそう応えながら監視者の携帯電話とブリーフケースを直ぐ側の積み上げられた段ボール箱の上に置いた。
男の仲間に携帯電話からGPSで居場所を確認させる為に電源は切っていない。
携帯電話の画面には数回の着信を示すマークが映っていた。
「仲間を誘き出すのはいいとして、二人で大丈夫か?」檜隈がブリーフケースの内側からグロック17cとサプレッサーを取り出し、取り付け始めた。
「軍隊が来ない限り大丈夫です」宇佐木はブリーフケースのファスナーをノート状に開きながら平然と応えた。
中にはナイフや拷問に使う道具と弾倉が綺麗に収められている。
「拳銃一丁でねぇ・・・。分隊でもヤバイと思うが、あんたを信用するよ」檜隈が拳銃をジャージに仕舞うと宇佐木がブリーフケースにあった単眼のナイトビジョンと弾倉四つを檜隈に手渡した。
「見張りをお願いします」そう言った宇佐木の手には長さ二十糎程、幅五粍程のバーベキューで使うようなステンレス製で平たく薄い串が握られていた。
「了解した」檜隈がナイトビジョンを手に部屋を出た瞬間に男の悲鳴が鳴り響いた。
檜隈は頭を左右に軽く降り、屋上への階段へと向かった。
続く
