再会 肆 – あやめなりはひ – | 永劫回帰

永劫回帰

価値なき存在

 

 飲み終えたマグカップを両手で抱えたまま、ミキは何を話せば良いのかを考えていた。

 

 何を話したところで、わたしとタカヨシの関係が元に戻るとはあまり思えなかったし、何より今の生活から抜け出すことが叶う訳じゃない。

 

 

 宇佐木の視線を感じたミキは、物思いから我に返り、ぎこちない笑みを浮かべた。

 

 「珈琲、ご馳走さま。わたしもう行かなきゃ。これから仕事なんだ」ミキは携帯電話の時間を確認した。

 

 「わかった。送っていくよ」宇佐木が立ち上がってマグカップを片付け始めた。

 

 「いいよ、一人で行けるから」ミキは自分の仕事を知られたくはなかった。

 

 「心配だから送っていくよ」宇佐木は当たり前の様に言う。

 

 「大丈夫だって」そう言いながらもタカヨシともう少し一緒にいたいと本心では思っていた。

 

 「じゃあ、今日出会った辺りの駅まで送るよ」宇佐木はもうcoyote brown色のリュック片手に外出の準備をしていた。

 

 「うん、じゃ駅までお願い」こんな事で何かが変わりはしないだろう。

 

 だがミキにとって今は、この一時がほんの小さな幸福であった。

 

 

 駅に着いたのは陽射しの残る夕刻であった。

 

 列車の中で話らしい話しもしなかったが、新しい連絡先を交換出来たことに、ミキは満足していた。

 

 「ありがとう、送ってくれて」笑顔でミキは言う。

 

 「じゃあ、仕事頑張って」宇佐木はそう応えながら自分を監視する眼を感じていた。

おかしい、ここまで尾行はされていなかった。

だとすれば、連中にこの駅へ来ることが予め判っていたと言うことだろうか?

 

 監視者は駅前のファストフード点の二階にいるジャージ姿の三十半ばの長髪の男だった。

手に単眼鏡を握り様子を窺っていた。

 

 宇佐木はさりげなくサッと店の二階に眼をやると、そのままミキへ向き直った。

 

 「気をつけて」宇佐木は右手を上げた。

 

 「うん、またね」ミキは手を振り背を向けて歩き出した。

その足取りは、どこか軽やかに見えた。

 

 

 ミキの姿が見えなくなると、宇佐木はリュックから取り出した携帯電話で田貫へ発信した。

 

 「ああ、宇佐木さん例のメモの場所は貸事務所で、人の出入りは今のところないねぇ。引き続き見張らせらてるけどねぇ」田貫は弱り声だ。

 

 「解りました。お願いがあります。一年前の夏、農家三人の仕事を調べ直して下さい。現場にも何か手掛かりがあるかも知れません」ミキの両親と祖母を始末した件だ。

 

 「そうですか、唐須さんと祢津実さんを行かせますかねぇ。阿蛭さんにも確認しときますよ」田貫の飲み込みは早かった。

 

 「それから檜隈さんと藻蔵さんに待機するように伝えてください。お願いします」

 

 宇佐木は通話を終えると監視者の居るファストフード店へ向かった。

二階の男は携帯電話で通話をしながら宇佐木を見ていた。

 

 

 宇佐木は店に入るとカウンターで珈琲を買い一階の席に着き、暫く二階への階段を眺めていたが、リュックから携帯電話を出すと端末を操作し始めた。

 

 それからゆっくりと珈琲を味わう様に飲み、何をするでもなく過ごした。

 

 

 今回の件がどの様な結末を迎えるのかは、まだ分からなかったが、邪魔者は確実に排除することには変わりはなかった。

男でも女でも何人いようと、どこの誰だろうと。

 

 それよりも宇佐木の関心は、ミキに対する自身の変化だった。

感情と言うものが回復し始めたのだろうか?

 

 己れの軀の全てを自在にコントロール出来る宇佐木であったが、在処の分からぬ心と言うものに初めて対処出来ない戸惑いを覚えていた。