胸が疼く。
調教から2カ月以上経ったあるとき
奴隷は己のなかで期日という「限界」を
ひとつの墓標として掲げた。
そうしておいて、
わたしはひたすらにそこへ向かって身勝手に突き進んでいた。
それはアルマゲドン…わたしの中の世界の終わりだった。
それはわたしが燃え尽きて消えてしまうかも知れない日だった。
わたしはそのギリギリのところですべてを出し切るかのように
思いの丈をぶつけたのだ。
「ナオミ、おまえがそこまで必死になるのには
なにかよほどの理由があるのだな。
その日に何があるのか言ってみなさい。
その答えによっては、わたしは仕事も家庭も犠牲にして
お前に逢ってやらなければならないのかもしれない。」
Masterはそんなナオミに対し、そう仰った。
ナオミには何もなかった。
Masterにすべてを犠牲にして頂ける理由など
何もなかったのだった。
あったのは、Masterにどうしても 「今」 お逢いしたい。
そういう刹那的な欲望だけだった。
それ以外には何もなかった。何も。
だけどそれは、己を葬ってしまうのに等しいほどの殺傷力があり
ナオミはなんとしても、その死の淵からMasterに救って欲しかったのだ。
「いいえ。何もありません。」
ナオミは、心の中で何かが軋る音を聞きながらそうお答えした。
奴隷は、その後の沈黙の中、Masterの声を聞いた。
ただ、わたしに付いてこい。
Masterの声に交じってナオミも諳んじた。
がんばれ、がんばれ。
Masterの手を離さないように、がんばれ、がんばれ。
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今思えば、あれは自ら決定づけてしまった
自分の限界点だったのだと思う。
苦しくて苦しくて、耐えられない。
ナオミの心がほんの一瞬でもそう感じたのだ。
Masterは約束の言葉など与えて下さらない。
あと何日?あと何週間?あと何ヶ月?わたしは待てばいい?
そんな問いかけに一切を与えては下さらなかった。
Masterのその意味も見えず、奴隷は不安だった。
ただ、Masterは 終わりなどない この先を
沈黙で示して下さっていたのだろう。
もう、二ヶ月以上もお逢いしてません、と訴える奴隷に
たったそれだけだ。
そう仰ったMaster。
わたしの中ではその期間は「限界」を知らせるアラームだった。
でもわたしはそれを越えた。
自ら限界を定めなければ、越えてしまえるのだと思い知らされた。
わたしは限界などをもうけず、Masterを愛してさえいればよかったのだ。
その時のことを思い出すと
奴隷は心がギシギシと軋る。
そんな風にして過ぎた夏。
秋口に何ヶ月かぶりにお逢いした。
あの日のナオミを見る優しいMasterの目を、
限界を越えることの出来た夜明けに力一杯ナオミを抱きしめてくれた腕を、
奴隷はずっと忘れない。
この胸の痛みと一緒に記憶しておこうと思う。