昨夜、台風が来るというので
二階の窓に吊していた簾を雨の中、屋根の上に登って外した。
外した簾を巻いて、一階の物干しスペースにしまい込もうとしたとき、
ふとお隣さんとのブロック塀のところに不吉な放射線上のものを見た。
それは、掌の大きさほどもある、蜘蛛だった。
巣を張らない徘徊型の蜘蛛。
わたしは反射的にギャー!と叫び、家の中に飛んで入って、
懐中電灯を片手に携えて、再度物干し台へと戻った。
ヤツを確かめるためだ。
ヤツは1mmも動かずそこに居た。
なぜ、あの蜘蛛はあんなに醜いフォルムをしているのだろうか。
なぜ、蝶々やとんぼのように、空を飛ぶことはおろか、
巣を張ることもできない身体なのだろうか。
日中は薄暗く湿気の多い物陰に隠れ、夜になるとゴキブリを狙って徘徊する。
姿も醜ければ、捕食するものもみんなに忌み嫌われるゴキブリだなんて。
そのくせ、足が速い。
肉食獣のように、獲物を捕るために発達したのだろう、
足がものすごく長い。
そうか、彼らは羽根を持つことよりも
地を這い回ることを自ら選んできたのだ。
生き物はそれぞれにその嗜好によって変態する。
蝶は、密を吸うために
芋虫から長いストローと花と見まごうような美しい羽根を生やし、
トンボは、羽虫を捕食するために水中から陸に上がり、
やがて鋭い顎と強靱な羽根を生やす。
変態、変身が必要な人種というのに出逢ったことがある。
アングライベントで彫り師に身を委ねる少女は長時間の痛みに耐え、
夢のように美しいカラビンカに変身した。
皮膚の表面に金属片をインプラントした少年は
失禁しそうな痛みに叫び声を上げ、一角獣に変身した。
主と一緒に見た、ボディサスペンションの彼女は
見事に蝶へと変身した。
変身の過程で、身を引き裂き、血を流しても
不自由な肉体から自由を得るためには
彼らにはそれが必須の施術だったのだ。
わたしはそれを文句なしに美しいと想った。
目を背けたり、痛々しく彼女を見ることは、わたしにはできなかった。
同情の余地など一切なかった。
拍手と賞賛の言葉、身震いとリアリティ以外わたしにはなかった。
彼らは、世の中への不適合、馴染め無さの烙印を自ら施すことで
生きることができる。
マイノリティに埋没し、痛みすらも自分の一部にすることで
この世界に生きることを選び取ったのだ。
変態、変身、改造。
わたしの心の奥底の何かをものすごく刺激し煽るものがある。
その先には、何があるのか。
痛みを自分の一部にすることで得る住民券を
わたしは獲得したいといつも思っていた。
なぜなんだろう、翼よりも、地を這うことを選んでしまう。
わたしも醜いフォルムを選んでいる。
そんな願望を抱えているときに再会したのがMasterだった。