不景気、不景気とニュースが騒いでいると思ったら
わたしたちの業界もかなりの影響を受け、
もう他人事とは言い難いほど実感するまでになってしまった。
そんな日常でわたしが思うのは
Masterのお仕事とお忙しくされているお体のこと。
どうか、Masterのお仕事が無事にうまくいきますように。
Masterのお体に不調がありませんように。
そんな時事の影響をまったく受けないのは
こまったわたしの欲望と自我。
バランスをとるのにいつも必死になっている。
後戻りできないことは十分身を持って知ったから、
ストップをかける毎日。
これがいまのわたしにできる精一杯。
Masterのことを身勝手に思いやること。
そのことだけが、わたしを思いとどまらせる。
もしも、
お忙しいMasterの足元に
いますぐ飛んでいくことができたなら、と思う。
真剣にそれをしようと思えばわたしはやってしまうだろう。
少々のリスクも、あとあと起こる面倒にも盲目になって
きっとやってしまう。わたしはそういう女だ。
いや、そういう女「だった」
でも、Masterはそんなことは望んでいらっしゃらない。
だから、わたしはそいういう部分を捨てた。(ようとしている)
守るべきものがあって、壊してはならないものがある。
もしもMasterがそれをわたしに望むなら
なけなしのものすべてをかけてわたしは従うだろう。
「わきまえる」とは
きっとそういうこと。
自分の欲望の奴隷にならないこと。
だからわたしはせめて
いろんなところに鍵をかけて。
じっと耐えて待っていたい。
バランスを崩すのは簡単だ。壊すのもわたしの場合簡単だ。
でも必ずその先にわたしはそれ相当の救いを求めるだろう。
返ってこなければ、わたしは身勝手に
ひとり、ひどく傷ついてしまうだろう。
そうやって溜まっていったものは
いつか爆発してしまう。
そしてなにもかもをむちゃくちゃに傷つけてしまうだろう。
だからわたしは求められたものだけを差し出す。