サバンナとバレエと -32ページ目

サバンナとバレエと

ブラジルからの便り

料理番組が好きで色々観ているんだけど
近頃ハマっているのはこの人



リッタ ローボ (Rita Lobo)
GNT局の 『cozinha pratica』って番組。

この本も持ってるよ。長女からのプレゼント。
彼女のレシビ、間違いなく美味しいし。。。
もの凄い美人でカリズマ的。

私ね、
いくら美味しいレシビがあっても料理人のカリズマ的じゃなきゃ気に入らない。
あっ、それから料理の映し方とか
素敵なキッチンとか。。。
料理って詩的な要素が多いからそんなこと大切だと思う。


今日は突然モケッカが食べたくなり
作ってみた。
モケッカって白身魚の煮込み料理。
ブラジルでは各地でいろんなレシビがあるんだけど
私が好きなのはデンデオイルとココナッツミルクとコリアンダーとたっぷり使ったバイーヤ風。

リッタ ローボのモケッカ。
自家製のココナッツミルクを使うと味が断然と違うんだって。
ちょっと手間が掛かるけれど絶対に試すべきだって。


やって見ようかなーって買っておいたココナッツ。
メンドクサイのでもう一ヶ月も棚の上。
あんまりほっておくと芽が出てくるかも (まさか。。。)

自家製ココナッツミルク初めての挑戦。

3つある穴の一つは柔らかい。
ワイン栓抜きで穴をあけココナッツウオータを出すんだけど
熟れすぎてほとんどなかった。
残念、ウオッカと氷で即席ドリンクを期待していたんだけど。。。
まあ、ビールで我慢しましょ。




その後200度のオーブンで15分。
固い皮が割れます。




ドライバーと金槌で皮をとる。
これは結構難しい。。。

後はお湯と一緒にミキサーで砕いて
漉して。。。




この残ったココナッツ、砂糖と卵でビスケットになるんだって。

そしてイエイ
ムケッカ!


この土鍋はねロライマのマクシ族が作るもの。
大事に使っている。




どうゆう訳かな、ムケッカは日本の白いご飯に凄く合う。




自家製ココナッツミルクの感想は。。。
うーん、たしかに美味しい。。。

リッタ ローボのムケッカはこちら。。。
http://gnt.globo.com/receitas/receitas/moqueca-baiana-com-leite-de-coco-caseiro.htm

昨日の続きです。

ショーに夢中になっていた私たちは
終わった時はっと気がついた。
夜中の2時、一体どのようにヒッチハイクするか。。。
困って途方にくれていると知り合いのグループに会った。
彼らは5人乗りであの田舎町まで帰る予定だったが
とりあえずサンパウロ市の中心街まで乗せてくれた。

あそこは大きな駐車場があるから朝まで待てると思った。
しかし変なおじさんに付きまとわれ計画をかえた。
Lちゃんは「家に電話掛けたら?」と言ったが怒られることは十分承知していたので
絶対に嫌だった。
困りまくっているとふっとLちゃんが思い出した。
「去年キャンプの時知り合った人がサンパウロに住んでいる』
夜中3時に電話を掛ける厚かましさ、しかしその人はとても優しくってバス停まで迎えにきてくれた。

次の日、ヒッチハイクも順調に成功し海岸まで着く事ができた。
ドットラ国道ではオープンカーのお兄さんが乗せてくれて、
長くのばしていた髪の毛が酷い具合になったけれど楽しい旅だった。
国道から離れて海岸方面に行く道路では
とりあえず木陰へ歩いていく途中若い人たちが乗った車が止まってくれた。

あの頃はヒッチハイクはごく自然なものだったけれど
私たちはラッキーだったと思う。
怖い思いなんか一度もした事はない。
無邪気さに守られていたのか。。。

Lちゃんのお祖母さんが借りた家は孫たちで一杯で
とても和気あいあいとした雰囲気だった。
毎日海の幸の美味しいご飯を食べて
海で遊ぶ。
サーフィントーナメントもあったし
夜はライブハウスで踊った。
あの頃は酒も飲まなかったし
外食もしなかったので
全然お金を使わないでも随分楽しめた。

ウバツーバ付近の海は非常に美しい。
サファー達が好むパーフェクトな波。。。
私にとって自由のシンボルみたいで
新しい人生への希望で胸を膨らまして海を見つめた。



日焼け止めクリームなんか無かった頃。
毎日の鼻の皮が剥けるほど日焼けしたがヘイチャラだった。
真っ赤な鼻にオリーブオイルを塗って砂浜へ行った。

Lちゃんのいい所は女の子にありがちの依存が全然無かったこと。
お互いに好きな事をするって感じで
私は一人でヒッチハイクしながら遠い海岸まで行ったりした。
多分一ヶ月位遊び回ったと思う。
そして大学入学手続きをするためにリオへ向かった。


続きます。
今日はBちゃんの家でバーベキュー。
酔って昔話しているうちにふっとある話を思い出した。

酔う度に繰り返される昔話だが
たしかこのブログではまだ語ってない話だ。。。

あれは高校終えて大学入試に受かった夏休み。。。。
一年間、がむしゃらに勉強に勉強し志望校のリオ国立大学に受かって
すっかりいい気になっていた夏だった。

あの年は長い間住み慣れたサンパウロの田舎町から両親はサンパウロ都心に移った年だ。
かなり遅い反抗期を重ねて
サンパウロ市に移るのが絶対嫌だった私は
家から出たいだけで気が狂ったように勉強した。
『医学だったら仕送りします。」と言う母の言葉を真に受けて勉強したが
医学は無理と感じたので獣医学ではどうかと考えた。
正直言ってそれだけ動物が好きだということではなくて
とにかく家から出たかった。。。。それだけ。。。

今から考えるとなんて無茶をしたと思う。
あの頃はポルトガル語の理解もまだ不十分だった。
頭の良い弟と一緒に予備校に通う毎日だったが
入試予備試験では弟から遥かに劣っていた。
彼はチェスに凝ってほとんど勉強していなかったのに。。。
私はよく意味も分からない内容を必死で暗記した。

そして目出たく大学入試に成功し
家族と一緒にサンパウロ市に引っ越しし
都会が大嫌いの私はあの夏。。。
休みが終わりリオへ移ることを夢みていた。

ある日、予備校の友達から連絡があった。
サンパウロ市では大物ブラジルミュージシャンが集まる「canta Brasil] という
ビックショーが企画されていたが
そのショーに是非行きたいから私の家に泊まれないか。。。
出来たらチケットの手配も頼みたい。
そしてその後一緒に海岸へ行って夏休みを過ごそうか。。。
彼女の祖母はバカンスにウバツバ海岸で家を借りている。

Lちゃんは親友では無かったけれど
さっぱりとした性格が好きで前にも何度か一緒にキャンプしたことがあった。
私はアルバイトで貯めた貯金もあり、たいした金額ではなかったが
糞面白くなかった夏休みから逃れて
海岸で楽しむラッキーチャンスだった。

私達のむちゃくちゃな計画は。。。
ショーへ行ってその後、まっすぐヒッチハイクでウタツバ海岸まで行く。。
少ないお金を節約するためにバスなんか考えていなかった。
Lちゃんは『ショーでは絶対に海岸へ行く人達がいるよ。簡単、簡単。。。」
なんて酷い計画だろう。。。
しかし私たちはとてつもなく無鉄砲だった。
そしてバックペッカーを担いでショーへ赴いた。

ショーへの会場へ行くためバスを乗りついで行く計画だったが
バスステーションで同じようにショーへ行く若者達に声をかけられ
車で会場までつくことが出来た。
ヒッチハイクの予定は上出来な始まりだった。。。




続きます。。。