私は2年生から3年間近くイジメにあった。
子供に3年間と言ったら途方もない時間だ。
一体どのように耐えていたのか
現在、まったく記憶がない。
覚えている事は
もっとも辛かった半ダースほどの体験と
けっして家族には気づかせないように
何もないように装っていたこと。
ただ一日も
学校に行きたく無いとは言わなかった。
3年間。
ただ一日も。。。。
ただ一日も
悲しい顔で帰ったことはなかった。
帰り道、一人でやっと泣く事たできて
すこしだけ涙をながしたけれど
家に着く頃は
涙を乾かして何でも無い顔で「ただいま」と言った。
どんな酷いイジメを受けても
泣く事は殆どなかった。
泣いたらもっと惨めになる。
へらへらと皆と一緒に笑った。
ただ一度だけ
我慢出来なくて酷く泣いてしまったことがある。
。。。。。。。。。。
冬の放課後。
教室を掃除していたらふっと鈴虫のを飼っていたケースが気になった。
一杯いた鈴虫は全て死んで
土の中は鈴虫の卵で一杯のはずだった。
土はすっかり乾ききって
皴も入っていた。
昆虫が好きだった私も
家には鈴虫のケースがあった。
湿してあげなきゃ。。。
水を運ぶ物を探したけれど見付からなかった。
ふっと自分がもっていた雑巾に気づいた。
蛇口に行き沢山雑巾を洗って
透き通った水しかでなくなったから
沢山湿った雑巾をケースに運び
水をたらした。
すっかり乾いていた土に比べて
湿った土は鈴虫の赤ちゃんたちに優しい感じで
嬉しかった。
突然誰かが叫んだ
「ああ K(私の名字)が雑巾の水を鈴虫の卵に浴びさせてる!」
そして突然クラス全員が私の敵になった。
先生が呼ばれて
ホームルーム。
クラス全員が
「鈴虫があまりにも可哀想です」
「雑巾の水は酷い」
「Kさんはもの凄く酷い人だと思います。もし雑巾の水を頭から垂らされたらどう思いますか』
「鈴虫の赤ちゃんを殺そうとしていたんだと思います」
酷い人、酷い人、酷い人
クラスの皆が言った。
先生は手中攻撃を止めさせなかった。
いくら
土が乾いていて可哀想だったと言っても
いくら
雑巾は沢山洗って綺麗だったと言っても
まるっきり通じなかった。
そして今まで我慢していた涙が溢れてきた。
いちど溢れてきたら
コントロールを失った。
放課後
おもいっきり泣いた。
机に突っ伏して。
わんわんと泣いた
吠えるように泣いた。
一度泣き始めると
私の中で冷静な部分があって
その部分は泣くべきだと言った。
できるだけ大袈裟に
長い間我慢していた気持が
流れ出ていた。
大声で泣き
机は涙と鼻水で一杯になった。
数人の男の子達が
何時もの通り私を囲んで意地悪な言葉を浴びさせていた。
雑巾の水を私の頭にかけたりした。
しかし私があんまり泣くので
突然何か変だと感じ担任の先生を呼んできた。
気が違った様にのように泣く私。
先生は無言で私を見て
面倒くさい様子で立ち去った。
狂って泣いていたけれど
冷静な部分は全てを見ていた。
そして
私は先生にも嫌われていると確信した。
ひとりぼっち。。。
そして皆帰ってしまって
私は
誰もいない教室で
机につっぷして、えんえんと泣きづづけた。
突然頭をあげた。
窓から夕日が斜めに入っていた。
静かなオレンジ色の教室。
独ぼっち。
いままで溜め込んだ気持を
沢山泣いて
なんか拍子抜けのように感じた。
家への帰り道
夕日を見ながら
なんかやすらぎを感じた。
身体が怠くて心が静かだった。
あの後なにがあったのだろう。。。
まったく覚えていない。
私の鈴虫は。。
近親結婚が続いた3年目は
ほとんど生き残らなかった。。
。。。。。。。。。。。