知識の矛盾。学問や結活や幸せになる方法や。。。 | サバンナとバレエと

サバンナとバレエと

ブラジルからの便り

私の知っている学者たちの間では
二つのタイプがある。

知識によって傲慢になるタイプと
謙虚になるタイプ。

学問や科学
あるいはテクノロジーによってまるでこの世界の全てのミステリーを
理解しコントロールできると思い上がる人間と

知れば知るだけ
この世界のとてつもない複雑さを改めて認識し
自然に対して人間存在の小さを受け入れる人間。。。



私の指導教授は後者のタイプな学者。
学問界では深い知識と
優れた頭脳で認められていた人なのだが
生物進歩学の学者でも
非常に信仰深い人だ。
科学だけでは自然の仕組みを理解することは不可能だと信じている。

ただでさえも虚勢的な学問の世界、
教授の謙虚的な姿勢は
常に
彼の才能にねたみを持った人間たちに叩かれていた。
馬鹿な態度だと。
しかし
教授を尊敬する一部の人間たちは
彼の正直さと勇気に感嘆し
敬っていた。




。。。。。。。。。。。。。。。

話が飛ぶが
私は実に情報好きで
最近は
なんでもネットで探し出せる便利さにはとても重宝している。

とくに日本人は情報好きで
なんでもネットで見つかる。

料理のレシビ
バレエテクニックのコツ
日常生活のちょっとしたアイデアも
なにか困ったとき探すといつもいいものが見つかる。


実に情報豊な世界だ。

日本人はなんでも具体的に
論理的にまとめるのが非常に上手で
情報も寛大に提出し
教えること好きなのだろう。

しかし。。。

やりすぎるて反感を感じるものも多い。



時々あれ?と飽きれてしまう。
大部分が
セルフヘルプ的な感じで書かれているのだが
専門家の意見ではなく
無責任に書かれているもの。。。




たとえば


魅力的な女性になる10か条
夫を出世させる方法。
結活に成功するのには。。。
自信が持てるようになるヒント
いい男を見つける方法。


なんて具合のもの。

自分の経験を語ることはいいことだと思うし
それは私自身書いている。
もしそれを読んだ人が共感し
役立てることが出来たら嬉しい。
しかし
あくまでも私自自身の体験だ。


人は十人十色で
各自の心の世界は
とてつもなく大きく複雑だ。



魅力的な女性は内面を育てた女性であり
いくら
「人の話を真剣に聴く」
のが大切だとしても
それは人の話に心を開ける素直な気持ちからくるもので
いくら「そのふり」をしても無駄なのだ。



もし夫を出世させるタイプの女性がいるのならば
それは
夫の能力を信じ続け、
愛情をもち、尽くす女性だろう。
方法なんか無い。愛情を尊敬のみ。



いい男なんか存在しない。
人は皆、長所、短所を持っているし
環境によって優しくなったり我が儘になったりする。
相性の良い相手を見つけるコツやヒントなども無い。
自分で見つけられないのなら
どのように赤の他人から学ぶのか。
結婚生活は、お互い相手に理解しあい
助け合っていく過程で成り立つものなのだ。

ギャンブル好きの男が家庭をもって
生き甲斐を感じ変わることもあるだろうし、
優しい人がいい人間だとは限らない。
ただ気が弱いだけかも知れない。

どのように「見る目」を養うかと言うと。。。
経験のみ。。。
沢山つき合って
男を見る目を養うことしかない。




結婚は愛する人がいて
初めて人世を供にしたいと決心するものだ。
何故、誰もいないのに結活など考えるのだろう。
ましてそれを成功させるヒントなど愚かなものだ。
「成功」という意味も矛盾している。
「成功」って?結婚できたから?
2年後には離婚しているかも知れない。。。



自信とは
己を知り、初めて得られるもので
心の中へと歩み続けるプロセスは
苦しみも伴った非常に困難なものだ。
6か条なんかで簡単に得られるものだったら
セラピストなどこの世に存在しないだろう。。。




そしてそれらの情報のなかで
書いてる人の虚勢心がぷんぷん臭ってくるのだ。
あるいは
ブログを本にして一儲け。。。そして有名に。。。
なんて裏心が。。。




もちろん
誰でも書く事は自由だし
読む人にも選ぶ自由がある。

私も嫌いなものを読んで
眉を潜ませるのは
大人げのない行為かも知れない。


しかし
考え込んでしまうのは。。。
それらを読む人たちは
寂しい人では無いだろうか。。。
自己愛に悩んでいる人。。。
苦しんでいる人。。。

人の弱さにつけ込んでいるように感じてしまう。。。



。。。。。。。。。。。。。


知識とは。。。

それをどのように使うかとべきか責任も必要だ。

知識によって傲慢になるのは愚かなことだ。
知識によって人より優れていると解釈したり
知識を使って自分の虚勢心を満足させることなど。。。

学問的知識を
全てに応用できると考える学者や

自分の体験を他人に押し付けて
他人の人世も同じようになるだろうと考える人間も

知識に振り回されているだけだ。


『かなずちを持つ人間は
全ての問題が釘に見える』


知識はただの道具。
全ての問題が
持っている道具で解決できると勘違いし
権力に酔う。



傲慢さはそんなものだ。。。