カブトムシ事件 のつづきです
子供の頃の記憶は大体繊細に残っている。これは非常に恵まれていることだと思う。これによって子供たちの対しての(私の子だけに限らなく全ての子供たちに)気遣いが出来だと思う。割合と自然に。
子供たちを傷つけるような行為を見ると
‘ああ、この人たちは自分の子供の頃を忘れてしまったんだ、と考えてしまう。
不幸なことに世の中にはこの様な行為が驚くほど多い。
もし誰もが自分の幼年時代を思い出す事が出来たら世の中は随分優しくなるのではないかと思う。
クラスは皆、Nさんに突進した。ひっくり返ったかのような騒ぎになった。みんな必死で手をだしカブトムシを貰おうとした。
にぶい私は少し遅れたけれど、どうにか一匹手に入れる事が出来た。自分の机に帰って見てみたら、小さなメスでおまけに少しびっこを引いていたけれど、とにかくカブトムシだった。
突然ものすごい怒鳴り声がした。
‘いったいなんてことです
先生が凄い剣幕で立っていた。
私は怖くて凍りづいた。
‘いますぐ返しなさい
皆すばやく昆虫を箱にかえしに行ったけれど、鈍い私一人だけ取り残されてしまった。
人一倍内気な私にとって、まさか怒っている先生に一人で近づいて返しにいくなんて、まったく無理な話だった。
カブトムシを机の奥深くに突っ込んで隠した。その日、授業中カブトムシはかさこそとノートや教科書を引っかき続けた。
早く家に帰りたかった。
家に帰って私のあやまちを抹消してしまいたかった。
カブトムシと無事に抜け出すことが出来たら誰にも気付かれないだろう。
弟には道中で見つけたことにしよう。
しかしあの日は私の掃除当番だった。
そして見付かってしまった。
‘ああ、K(私の苗字)がカブトムシを持っている!!!
いじめ組の男の子たちが飛びかかってきた。
何がなんでも昆虫を奪おうと。
私は小突かれ、ゆすぶたれた。
私は右手にカブトムシを握っている振りをして、左手に隠していたのだが、硬く結んだ右手を開けさせようと男の子たちは噛み付き、鉛筆を突き刺した。
あのころから強情だったのだろう。絶対に渡さないと決めた。
ポニーテールがぐしゃぐしゃになり、洋服のボタンが引きちぎられた。
そしてカブトムシは取られてしまった。
帰り道、一生懸命、弟のおみやげに何かいいもの探したけれど何も無かった。
約束したのにと悲しかった。
家には何気ない顔で帰った。悪い事したのがばれない様に。
しかし母は私の姿を見て仰天した。無理も無いだろう。
母が学校に電話を入れていた。お宅のお嬢さんは強情です。なんて言われたらしい。
‘弟が病気で、喜ばせたかったらしいのです。 母が説明していた。
その時はじめて自分が可哀相だと思った。涙が出てきた。
しかし、なんだか自分を哀れむのは恥ずかしい事のような気がして泣くのをやめた。
この事件は結局、私が悪者になって終わった。
暴力を振るった男の子達は正義の味方になった。
暴力はいけませんとやんわりと注意されたが、それだけだった。
そしてそれから三年間いじめられた。
あの頃はいじめはまだ社会問題として取り上げられてなかった。学校も担任の先生も私の両親もいったいどうやって対応するべき分らなかったのだと思う。
大人になって考えてみてもまだよく分からないことが多い。
なぜ何も無い振りをして三年間も我慢したのか。
大体の事はおぼえているが、記憶の中にぽっかりあいた穴がいくつかある。
たとえば同級生の顔、名前、先生の顔さえも思い出せない。
たぶん現実から逃げ出して夢の世界に生きていたのだろう。本ばっかり読んでいた。
いじめのことを親に伝えないのは苛められっ子の共通点らしい。やはり何にまして重要なものを
言葉にだすのは難しいことなのだろう。
もうひとつ分らないことは、何故あんなに幼いころから自分の感情を恥じり、押し込めたのだろう。日本人的なものだろうか。
五年生にクラス替えがありいじめは嘘のように終わった。友達もでき平和な学校生活を送るようになった。そしてその年の終わりにブラジルへ移住した。
今日はどうも暗いポストですみません。埋め合わせにこの画像。クレジットはR
omulo Ffilipini
。ブラジルにはこのような素晴らしい種が。甲虫好きにはたまらない魅力ですね。
