私は小学校二年生から四年生までの三年間、いじめにあった。
いじめは一年生の時から何人かの生徒に対して徐徐に始まっていたが、ある事件を境に私が完全に標的として選ばれてしまうことになった。
カブトムシ事件。二年生だった。
夏休みも近くなったある日、理科の授業で先生がカブトムシの話をした。
‘夏の朝早くに木の幹に蜂蜜を塗っておくと沢山のカブトムシが集まります。
教科書には無数のカブトムシやクワガタが丸く集まっている絵がのっていた。中にはカミキリムシまでいた。それは私も家にある図鑑で読んだことがあった。しかし家の庭でした実験では蟻が集まっただけだった。
‘先生。ふだんはおとなしいNさんが手を上げた。
‘私のおばあちゃんの田舎にはカブトムシが沢山いて、水飴ぬったらいっぱい来るんだよ。
‘ワー ほんとー???クラスは盛り上がった。
東京育ちの私達にはカブトムシはお金を出して買って貰うペットだった。自然のなかのカブトムシなんて夢みたいなものだった。
毎年、カブトムシが二匹、ペットとして夏休み中私と弟の遊びに付き合った。
ミニチャカーを引っ張らしたり、ひっくり返してみたり、喧嘩させようとしたり。
かわいそうなカブトムシは夏中、弄くり回せられた。
虫箱にスイカの食べかすをいれ、そのため子供部屋は夏中、何かすっぱいにおいがした。
ビロードのような舌で果汁を吸うのを見るのが好きだった。
今の日本の子供たちはまだカブトムシで遊ぶのだろうか。
授業のあと、男の子達がNさんの周りに群がっていた。
‘おう、N。オレにさ、カブトムシ持ってきてよ。
‘僕にも。
おとなしいNさんは私みたいに普段はいじめられていた。卑怯だなと思った。いつもひどい事言っているくせに。
もしNさんに友達がいるとしたら私だろうな。そう考えた。
仲良しとは言えないけれど、いじめられ同士、何回か慰めあったこともあった。
カブトムシ、私も頼んでみよう。帰りぎわ、小声で訊いた。
‘カブトムシ、私も欲しいな。
Nさんはうんと答えてくれた。
いじめ以外は無視されているNさんは、きゅうに注目の的になったので人が変わったように明るかった。
夏休みが終わり新学期が始まる朝、弟は熱を出していた。
‘ボクチャン、学校行かないの。
‘うん、風邪引いちゃたみたい。母が答えた。
一才ちがいの弟、私の記憶をいくら遡ってもいつも一緒にいる。
私の記憶が届く限り、ほんの幼い頃から。ボクチャンと呼んでいた。
小さい頃は体が弱く時々学校を休んだ。
そんな時はかならず何か持って帰った。
帰り道で見つけたカタツムリ、何かの部品の歯車、石ころだったり、おもちゃの欠片だった。
おみやげとよんでいた。
喜ぶ弟の顔を見るとお姉ちゃんだからと、ちょっと得意になった。
二段ベッドの梯子を登り覗いてみた。弟は濡れたタオルを額にのせて赤い顔をしていた。布団も枕も熱かった。
‘あのね、おみやげ持ってきてあげるね。
‘うん。黒目がちの目が嬉しそうに輝いた。
その時、突然思い出した。まったく素晴らしいこと。
カブトムシ。
そうだ。今日はNさんがカブトムシを持ってくるんだ。
私には絶対持ってきてくれるだろう。かばってあげた事もあるんだから。
‘今日のおみやげはね、すごいんだから。
‘なーに?
‘ひ・み・つ、びっくりするもの。
まったくステキなアイデアだった。枕元にカブトムシを放したら弟はびっくり仰天するだろう。有頂天になった。
Nさんは少し遅刻して来た。
おかあさんと用務員のおじさんと一緒だった。
おじさんは細長いダンボールの箱を先生に手渡した。
先生は箱を机の上に置き、Nさんのお母さんを話すためにクラスをでた。
ダンボールにはいくつかの穴が開けてあり、中ではかさこそ音がしていた。
Nさんは得意になって箱を開き、カブトムシを取り出した。
あんなに多くのカブトムシを見たことはなかった。
たぶんNさんの家族は夏中カブトムシを集めたのだろう。クラスがNさんを受け入れてくれるように願いをこめて。
箱には40匹のカブトムシが入っていた。
クラスはひっくり返ったかのような騒ぎになった。
つづく。
幼かった頃の私達
