また続きです。
朝、異様な音で目を覚ました。
テントから出ると私の目に映ったのは奇妙な風景だった。
キャンプ場は深い霧で覆われていた。
すでに相当高いところにいるはずだったが、キャンプ場の周りは何も見えず、白い霧とそれに映る人たちの影しか見えなかった。
霧に映る影は見たことが無かった。影は巨大になって映り、まるで何十メートルもある巨人達に囲まれているようだった。
Kはすでに起きていてコーヒーを漉していた。Kの彼氏は情報集めに他のテントを廻っていた。
‘おはよう
K.前に座った。コーヒーの香りに混じって昨夜の焚き火のにおいがした。髪にも肌にも服にも。
‘どう?
‘ベーコンになった感じ。燻されてさ。
笑った。
またヘリコプターの音が聞こえた。
‘何かあったのかな?
‘ねえ、この霧の中飛んでいるの?
‘さあ、ここはまだ谷だからね、もっと上のほうは晴れているかもしれない。
黙ってコーヒーを飲みながらKの顔色を盗み見ていた。
分っていた。Kが中止したがっていること、私がそれは絶対いやな事をKが承知していることも。
‘どうする、これから、
‘さあ、霧が晴れるのを待とう。
30キロのトレッキングの終わりには国立公園の出口に置いてきた車が待っているはずだった。
私の想像の中にはトレッキングを終えた私達が笑いながら車へ向うシーンがあった。
あの達成感、そしてあの自分自身の可能性を信じられる快感。
ああ、あの車。そればっかり考えていた。
もし断念したら私達は入り口から出て、バスに乗り車を取りに行くのか、60キロの道のりだ。
考えてみるのもいやだった。
Kの彼氏が眉を曇らしてとなりに座った。
‘一人行方不明だってさ、グループから離れてしまって、テントもリュック持ってないだって、もしかして崖から落ちたのかもしれないって。
‘いつから?
‘おとといから、まだ少年だよ、15才位の。
夜中は非常に寒かった、昨日も一昨日も。雨も降ったし、テントも着替えも食べ物もなくどうやっているのだろう。
とつぜん私の問題なんか小さなものになった。そんな事で悩んでる自分が恥かしくなった。
隣のグループはテントをしまい出発する支度を終えていた。
‘もう出発ですか?
声をかけた。
‘ええ、帰ります。
ガイドが答えた。
‘この気候では無理ですよ。2000メートル超えると雷の事故が多いので。
そうか、もうだめだ。私達も帰ることになるのか。
‘まったく、私達これで三回目よ。来年また挑戦か。
グループの女性がいった。リオっ子独特の言い回しで。
3回。3回目か。
急に私はどれだけ甘んじていたか分った。山は生半可なものではなかった。
中止してもまた来ればいいんだ。
初めて分った。
今やめる事は挫折ではないんだと。
目的を達する事が出来なかったなんて思うのはやめよう。
目的をまだ達していないんだと思ったら、果てしない可能性が出てくる。
目をつぶり車のイメージをかき消した。
K.が言った。
‘ねえ、公園の入り口に酒屋があったよね。
‘うん、あったね。
‘あそこでさ、一杯飲もうよ。バスに乗る前にね。
‘OK.リオのビールは美味しいんだ。
頭のなかで車の変わりに冷たいビールのイメージを描いた。
それからまた来年の計画を練りながらの乾杯。
気が軽くなり帰り支度を始めた。
つづく
あの時の写真が見付かりました。アナログで撮ったものなのをデジタルに変えたのでだいぶ質が落ちてます。