
ONE DAY 第8話
利雄は、晴れてカタナ乗りになった、昨日までの、しょぼくれた自分とは
何か、違ったような気がした。
時計が夕方4時を過ぎると、ソワソワして仕事が手に着かない。
書類を整理するが、ふと時計を見るが、先ほどから、まだ10分しか
経っていない。
「早く5時にならないかな・・・・」
今日は、嫁さんには、残業で遅くなると、あらかじめ言ってある。
会社のロッカーには、ライディンギアがすべて用意してある。
待ちどうしい中で、利雄は、自分が十代の頃、初めてバイクを
買った時の事を思い出していた。
「よっしゃ!5時だ!課長!すいません!今日は家内の
具合が悪いので、これで失礼します」
利雄は、何か言いかけた課長に目もくれず、そそくさと
ロッカーの荷物を持って、地下の駐車場へ向かった。
会社の営業車の前を通り過ぎ、奥の方へ歩いていく
シートカバーを待ちかねたように、はぐると後輩から
譲り受けたカタナが利雄を待っていた。
「待たせたな・・・ キーを差し込み、タンクとシ-トの間に
あるチョークを回してスターターボタンを押す
キュルキュル・・ ボッボッボッ・・・ ズィーン・・・
暖気運転をしながら、ライディングギアを身に付ける。
少し力を入れながらグローブに指を通し、アクセルを軽く
ひねってやる
ゴワッ・・ゴワッ・・
「さあ!今晩は本当の意味での、復活だ!思う存分走ろうぜ・・」
利雄は会社の駐車場を出て、イルミネーションの瞬く摩天楼の灯りに
溶け込むように加速していった。
「最高~だ!俺は、今まで何を我慢していたんだろう・・・
自分のための時間をつくる事に何の抵抗を感じていたんだろう・・・」
利雄は、接待ゴルフを自分の楽しみと勘違いしていた事を
改めて感じた
「バイクに乗る事が、こんなに心の開放につながるなんて・・・・」
少しづつ、老いて行く体の中で、精神的には、あの・・20代の、今にも
爆発しそうな気持ちに近づいていった。
ふと、胸の辺りの微かな振動に気づく
「ん?何だろう・・・ もしかしたら・・・」
利雄は、鳴っている携帯電話の主が嫁さんかと思った。
「くそ・・・ 邪魔しやがって・・・」
カタナを路肩に止め、携帯電話を開いてみると、電話の主は
ユウジだった。
「なんだよ?この忙しい時に」
「や~!利雄君!復活おめでとう!」
「な・・なんだよう?」
「お前、今、カタナに乗ってるだろう・・?」
「な・・・何で、分かったんだ?」
「今、カタナが走っていったから、もしかしてお前じゃねぇ~かなって思 って電話してみたんだよう!ホントにお前だったんだ!」
「今、この間のバイク屋にいるんだ、良かったら寄らないか?」
利雄は、もう少し走りたかったが
「おう!分かった!寄るわ!」
利雄は、またカタナのエンジンをかけ、ユウジの元へ向かった。
ズオン・・ズオン・・
ウインカーをつけ、大通りの歩道にカタナを乗り上げると
ニヤニヤと笑いがながら、バイク屋の軒先でユウジが待っていた。
「ほ~!中々、良いじゃあね~の!」
恥ずかしそうに利雄は
「うん・・まあまあだろ?」
「お前は、昔から、そうだような!」
「何がだよ?」
「嬉しいなら、嬉しそうな顔をしろ!このやろう!」
ユウジは、利雄の頭を羽交い締めにした。
「分かった!分かった!分かったから離せよ!」
「お前のお陰で、自分の居場所を見つけたよ、ありがとな!」
「どういたしまして!俺は、お前に取って悪友だもんな!
ハハハハ・・・」
二人は、40才をすぎたけど、高校生のような顔で笑った。
「ところでよ!今度、1泊で、ちょっと遠出しようと思ってんだ・・・
お祝いと言っちゃあなんだけど、いっしょに行かないか~?」
「良いね~!いつだ?俺はいつだってOKだぜ!」
「ほ~!この間のガンジガラメのおっさんの言葉とは
思えないね ~!」
「冷やかすな!いつだ?」
「来週は、どうだ?土、日だ!」
「OK!何時に出る?」
「そうだな・・・ 早い方が良いだろ・・・」
「何処へ行くんだ?」
「いや、まだ、決めてないんだ・・・ 観光地よりも・・・
気持ちの良い道を走りたいだろう?」
「良いね~!俺は、しばらくバイクから離れていたから
ルートは、お前に任せるよ!」
「よし!お前が発狂するくらい、綺麗な景色を見せてやるぜ!」
と店の中から
「ユウジ!店先での立ち話も何だろ、中に入れや!」
とバイク屋のオヤジの声がした。
二人は店内に入り
「おやっさん!こいつ、覚えてる?」
「ああ、覚えてるさ~!悩んだ挙句、カタナ乗りになったんだな」
「はあ・・・後輩が自分の代わりに乗ってくれって言うもんで・・・」
「まあ、動機は、どうあれ、1歩、踏み出しんだ、
楽しまなきゃ、そんだろ・・・」
「この間、おやっさんに言われた事、今、何となく分かるような
気がします。そして自分の人生についても考えるように
なりました。」
「それで良いのよ!世の中、我慢しなければならない事ばかりだ・・
だけど、我慢ばかりしていても何も始まらない
自分の人生なんだから楽しまなければ損だろ?しかし自分で
踏み出さなければ、誰も、やってはくれないぞ・・・
ただ、一人者じゃないから、無傷で帰る事だけは考えないとな・・」
「そうですね・・ホントに、その通りです。今から色々と
お世話になるかもしれませんが、よろしくお願いします。」
「あ~!俺は、しがないバイク屋だから、安全に走るように整備
する事しかできないが、何かあったら、いつでも寄ると良い
まあ・・遊んでばかりでも、困るがな・・・」
と二人はユウジの方を見る。
「え?なんだよ・・二人して・・・アハハハハ・・・」
店内は、3人の笑い声が響いた。
ユウジの誘いに利雄は気持ちがウキウキしていた。
ニヤケル顔を悟られないように、家族の前では
なるだけ、ぶっちょう面をして過ごした。
それは、高校生の時にタバコを吸い始めた時の
感じに良く似ていた。
その時、1通のメールが利雄の元に届いた。
「嫁さんにバレずに、やってるか?\(^o^)/
手筈通り、今度の土曜日、AM7:00イチョウ並木の
コンビニで待つ。 何かオレ達、スパイみたいだな・・へへ」
「あのバカ・・・」
利雄は、ニヤケながら
「OK!!お前こそ、遅れるなよ!!」
と返信した。
利雄は、毎日、黙々と働いた、取りつかれたように働いた。
正直、自分でも、楽しみがあるという事は、こんなに生活に
張りがあるものなのか・・と驚いていた。
何よりも、今回は借り物ではなく、自分のカタナなのだから・・・
つづく