
ONE DAY 第9話
数日が過ぎ、ツーリングの前夜、ユウジから1通のメールが
届いた。
「ユウジのヤツ、心配症だな・・そんなに念を押さなくても・・」
と携帯電話を開けてみると。
「ゴメ~ン!!急な仕事で、行けなくなっちまった。」
「な・・何~?」
利雄は、すぐにユウジに電話をかけた。
「何やってんだ!お前!」
「ゴメン・・ゴメン・・・オレも楽しみにしていたから
一生懸命に仕事をこなしていったんだ・・・けど・・
後輩のヤツが穴を空けやがって・・・オレが尻拭いを
しなけりゃならなくなったんだ・・・」
「え?後輩の・・・・」
年齢的に、良くある話である、利雄にも、最近、似たような事
が、あったため、それ以上、強くは言えなかった。
「分かった・・・・」
「ホント、ゴメン!!この穴埋めは、きっとするから・・・」
利雄は、少し落胆した声で
「いや・・いいよ、オレにも、良くある事だ、気にするな」
そう言いながら、携帯のボタンを押した。
「参ったな・・・」
子供のように、明日の事を楽しみにしていた利雄は、
一旦は落胆したものの、ふと・・我に帰り。
「待てよ・・・何も、あいつが居なくても、良いんだよな・・・
ちょっとドキドキするけど、何十年かぶりに、一人旅と行くか!」
利雄は、地図を引っ張り出し、宛もなく捲り始めた。
「え~っと・・何処へ行こうか・・?」
しかし、バイクの旅から数十年、離れていた利雄は、家族で行く
レジャーランドは分かっても、自分が行きたい所・・が思い浮かばない
「う~ん・・分からん・・・」
睡眠だけは、取っておかなければ・・・とベッドに入る
「もう、寝よ、寝よ!明日も早いからな・・・・」
部屋の電気を消し、目をつむる。
少し気疲れをしたせいか、すぐに落ちてしまった。
しばらくして
「う~ん・・・良く寝たな・・・何時だろ?」
「ん?」
枕元の時計を見た利雄は、驚いて見直した。
「え?まだ、こんな時間なのか・・・」
熟睡した利雄は、たった2時間で目が覚めてしまったのだ。
「仕方ない、もう1回、寝直そう・・・」
しかし・・・・
暗闇で目を閉じるが、頭の中は自分が、走るであろう道や景色が
鮮明に広がって行く。
若い頃と違って体力を温存するために、無理に寝ようとするが
しかし、寝ようとすればするほど目は覚めるばかり・・・
「もう、だめだ!!」
意を決した利雄は、薄暗い電気の下で、旅の荷物をまとめ
出発する事にした。
寝静まった我が家を、まるで泥棒のように、足音と息を殺しながら
家を出た。
それは最近の利雄に取って意外にスリリングな事であった。
「みんなに気づかれなかったかな・・・
オレ、何かスッゲ~!悪い事をしているようだな・・・へへへ」
日常とは全く違う、時間の流れの中で利雄は、ヘラヘラと
笑いながら、会社へ向かった。
キーッ、ゴワゴワ・・・・ ズオンズオン・・・
地下駐車場にカタナのエンジン音が響き渡る
ゆっくりとオイルをエンジンに行き渡すように暖気運転をする
その横で荷物を積み、ライディングギアを身に着ける。
「さて!一人旅だ!今回も、よろしく頼むぜ・・・」
利雄は、相棒のカタナに話しかけながら、チョークを
戻し、2~3回アクセルを煽ってゆっくりローギアに入れて
会社の前の大通りに出た。
シールドを開けて、深呼吸をする。
少し冷たい空気が利雄の体の中に入る。
「あ~!気持ち良い~!じゃあ・・行くか!」
まだ、薄暗く静まりかえった、人気のないビルの中を低い
エキゾーストノートを響かせながら出発した。
それは、利雄の20年ぶりの宛のない旅の始まりである。
「さあて・・・どっちへ行こうか・・・・」
結局、行き先も何も決めていないままだった。
「とりあえず、南に行ってみようか・・・」
利雄は街道筋から国道へ出て、都市高速に乗って南へ向かった。
ビルの隙間から朝日が少しづつ陽がさし始め、気温も少しづつ
上がり始めた。
土曜日の早朝のせいか、高速道路は時折大型トラックと出会うだけである。
「まだ風が、つめて~な・・・」
80km/hくらいで流しながら、シールドを開けると
冷たい風が頬を抜けていく。
小一時間くらいだろうか、エンジンも暖まり、順調に
飛ばしていると、バイクのテールランプを発見した。
少しづつ近づいて行くと、カワサキのスポーツバイクだった。
追い抜くのは、容易い事だったが、急ぐ旅でもないので
しばらく着いて行く事にした。
ふと、テールランプから目線を上げると、ヘルメットの
後ろから、長目の髪が揺れている。
「女なのか・・・・?」
赤いブルゾンに派手目の革ツナギ、レーシングブーツ
利雄は、つい見とれてしまった。
「昔は、こういう姿を見たもんだが、最近は珍しいよな・・・」
とその時、カワサキは、左のウインカーが瞬き始め、ゆっくりと
インターチェンジのランプを降りて行った。
「え?もう終わりかよ・・・」
よく見ると、彼女は手を上げている。
利雄は、慌てて手を上げるが、その後ろ姿は、
振り返る事もなく髪をなびかせながら消えて行った。
「へへ・・・バイク乗りだけのあいさつか・・・・何か、
盛り上がってきたな~!お!燃料も少なくなってきたから
次のインターで降りてみるか・・・」
インターから国道へ降りると、ふと硫黄の臭いがした。
「ん?温泉町なのか・・・?」
国道から更に細い旧道筋へ入ってみる。
「ふ~ん・・・昔は賑やかだったんだろうな・・・」
利雄は、シールドを開け、硫黄の臭いに導かれるように
トロトロと走って行った。
赤い鳥居が目についた。
「そう言えば、朝から何も食ってね~や・・・何か食うもんは、と・・」
この辺りの名物だろうか、参道沿いには、すり身の天ぷら屋が
軒を連ねている。
「お~!これこれ!おばちゃん!これ2枚、ちょうだい!」
「いらっしゃい!2枚で良いんだね!」
「うん!腹減ってんだ!そのままで良いよ!」
「はいはい、ありがとうね!で、何処から来たんだい?
バイクに乗って来たんだろう?」
「そうそう、何処って・・・そう、北から・・・」
「何だい、そりゃ・・」
「ハハハ・・・・ ありがと!おばちゃん!」
「気をつけて、お行きよ!」
利雄に取って、この他愛ない会話が、すごく嬉しかった。
「そう言えば、最近、実家に帰ってないな・・・・ お袋
元気しているかな・・・」
そう思いながら、辺りを見回すと、古い記憶が蘇ってきた。
「あれ・・・?あそこの角を曲がると・・・植物園があったような・・・
そうだ、そうだ・・・ ここは、昔、子供達が、まだ小さかった頃に
来た事があるぞ!」
利雄の脳裏には、長女がヨチヨチと歩き、花壇の花に小さな顔を
寄せて笑っていた時の事が浮かんで来た。
「すっかり、忘れてたな・・・・」
利雄は、緩んだ時間の中で、懐かしい思い出の世界へ入って
行った。
そして、20年前に過ごした街へ行ってみようと思った。
「そうだ!喫茶店のマスターんとこに行ってみよう!
元気してるかな?」
つづく