
ONE DAY 第5話
利雄は、落ち着かない日々を過ごし、ツーリング当日の朝が来た
ゴルフバックの中に、少ないヘソクリで買い集めたバイク用品を詰め
妻の玲子に何気ない顔で
「じゃ、行って来るから・・・」
と言って車に乗り込んだ。
いつもの通勤の道のりを車で走る。
胸は高鳴る一方である。
ふと、見上げると、空は、梅雨の合間の青空であった。
雑踏の中を潜り抜け、会社の駐車場に着くと、後輩達は
利雄の到着を待っていた。
「先輩!遅いですよ~!」
「ゴメゴメン・・・ 嫁さんに内緒なもんで、準備に手間取ってな!」
「へへ・・・ やっぱり家庭持ちは大変ですよね!」
「まあな・・・ で、オレが乗って行くマシンはどれかな?」
「これですよ」
一番、奥にSUZUKIの文字のシルバーに輝く1100が並んでいた。
「ほ~!こんなバイクがまだ、走ってんだ~!」
「カタナは色あせませんからね~!先輩の年代にピッタリでしょ!」
「そうだな・・ 若い頃、このバイクに憧れたもんだ、
でも高値の華でな・・・」
利雄は、持って来たバックをリヤシートにくくり付け、車から、真新しい
ヘルメットとグローブ、ジャケットを身に着ける。
「さあ!行こうか!」
「先輩!やる気満々ですね!」
「バ~カ!茶化すなよ!それに、オレ、久しぶりだから、
あんまり飛ばすと着いて行けね~よ、お手柔らかに頼むぞ!」
「はいはい、分かってますよ!一番近くのICから高速道路に
乗りますから・・・」
それぞれ、エンジンに火を入れ、4台のマシンは重低音を響かせ
コンクリートジャングルを走り抜けて行った。
利雄は、久しぶりという事もあり最後尾を陣取った、前の3台は、
さすがに若いだけあって、スイスイと車の間
をすり抜けるように走って行く。
3台目のバイクに着いて行こうと利雄も、一生懸命にカタナを
走らせるが、アクセルとブレーキとギアのタイミングが合わず、
ギクシャクしてしまう
「あいつら・・・ ゆっくり走れと言ったのに・・・・」
しかし・・・短い時間の中で利雄のライディングは少しづつ覚醒していく
そして、足回り、エンジン、キャブレターなど、改造された古めかしい
カタナは覚醒したライディングとシンクロしていった。
ほどなく、ICから高速道路に入る
「利雄さん!二つ先のパーキングで休憩しますから!よろしく!」
「あ~!分かった~!」
「あいつら、オレを置いてきぼりにするつもりだな・・・・」
と呟きながら、本線へ入り、後輩達をぶっちぎろうと加速していく
スピードメーターは、80、120、150、180km・・と踊り始める
「くお~!久しぶりの風圧はキツイな~!でも、こんなに飛ばせば
あいつらも着いて来れないだろう・・・」
と、その時である、カタナにしがみ付いて走る利雄の横を
3台のバイクが、いとも簡単に抜いていった。
「バ、バカな・・・ あいつら、いったい何キロで走ってんだ?」
利雄が驚くのも無理はない、利雄の時代は180kmは、途方もない
スピードだった。
「も、もしかして・・・このカタナも、まだ出るのか?」
おそる、おそる、アクセルを開けて行く、スピードメーターの針は
180、200、230kmまで達した
「なんだ!こりゃ~!こんな骨董品でも、こんなに出るものなのか?
そして、この安定感は、何なんだ!」
気合を入れなおし、利雄は脇を閉め、つま先をステップに乗せ換え
くるぶしでカタナをホールドし、アクセルをさらに開けて行く
「待ってろよ~!今に追いついてやっからよ~!」
空は青1色になり、中央分離帯は緑1色になり、前を走る車が
止まっているように見え始めた。
時折、追い越し車線へ出て来ようとする車があるが、
カタナのハイビームで驚かせ、利雄は、鬼のように走った。
「これだ・・・ この感じだ・・・ この緊迫感・・・ たまらない・・・」
しかし、走れども、走れども、前を走っているはずの後輩達の背中は
見えない・・ 後輩の言っていたパーキングの看板が見えてきた。
利雄は走行車線からパーキングのランプに入り、ゆっくりと速度を
落とした。
「何処にいるんだろうな~!お!いたいた!」
どのくらい時間のズレがあったのか分からないが、後輩達は、
タバコを燻らせ、缶コーヒーを飲みながら、笑っていた。
「先輩!やっと到着ですね!」
「お前達!飛ばすな~!」
「いやいや・・・ バイクが良いだけですよ!それより、どうでした?
骨董品の乗り心地は?」
「いや~!びっくりしたよ~!オレ達の頃は、200km/hの壁が
あったんだ、だから、いかにカタナとは言え、いとも簡単に
それ以上、出ると思わなかったもんな!」
「先輩!浦島太郎状態ですね。僕らのバイクは、出せば、300km/h
くらい出るんですよ。」
「ホントかよ~!どうりで、追いつかないはずだよ~!」
「まあ・・ 怖くて300kmなんて、出した事はないですけどね!」
「そりゃ、そうかもね~!ところで馬力は、どのくらいあるんだ?」
「僕のは165馬力です、こいつのは、180馬力です、あいつのは、
なんと200馬力なんです。」
「なんだ、そりゃ~!オレの時代は、80馬力あったら、
凄かったもんな」
「ははは・・・ 時代は進化してますからね、じゃ、そろそろ
行きましょうか?」
「お!そうだな、で、また飛ばして行くのかよ?」
「いえ、次のICで降りるので、後は、ゆっくり行きますよ」
「お~ それが良いよ、あんまり飛ばすと神経が持たないよ」
4人は、笑いながら身支度を始めた
利雄は、その光景が、つい最近、見たバイクの集団とダブって見えた
そして、その非日常の空間に自分が溶け込んでいる事が
心地良かった。
4台のバイクは高速道路を降り、町並みを抜け、山間を通り
日本海側へ出た。
松林の間から薄いブルーの海が見え隠れし始めた
「お!潮の香りがする・・・こんなに、ゆったりした気持ちは
久しぶりだ~!」
最後尾を走りながら利雄は、ヘルメットの中で呟いた。
しばらく走ると、赤い鳥居が見えて来た。
「お!お稲荷さんか何か、あるのか?」
参道沿いには、何件かの土産屋が並んでいた。
すると、先頭が路肩に止まり、振り向きながら
「ちょっと休憩して、何か腹ごしらえでもしますか?」
「お~!良いね~!」
土産屋の店員に聞くと、さすがに海が近いだけあって魚が旨いという
「おい!海鮮丼を食べようぜ!」
朝から、ろくすっぽ食べてなかった利雄達は海の幸に、
がっついて食べた。
「いや~!旨いね~!こんな旨い海鮮丼、食ったの初めてだ!」
子供の修学旅行のように、はしゃぐ利雄を見て後輩達は
「利雄さん!会社にいる時とは別人のようですね」
と、突っ込まれて利雄は、少しだけ我に帰り
「そうね・・・・ 何か、一番、大切な事を、この20年くらい忘れていた
ような気がするよ、今日は何を見ても何を食べても最高!
に感じるわ!」
「そう言ってもらえると、誘った甲斐が、ありますね!」
「うん、そして、この潮風と匂いがまた良いんだ~!」
と言いつつ利雄は、先日、バイク屋のオヤジの言った
「バイクは迷いながら乗るもんじゃね!」
の言葉を思い出していた。
「ホントだね・・・・ あのオヤジの言った意味は、これだったんだ・・・」
と呟いていた。
空腹だった腹も満たされ、利雄達は、また走り出した。
ひらけた日本海を後にして、今度は新緑の山間を走り抜ける。
前の3台は水を得た魚のように、ワインディングを攻めて行く。
ここに来ると、20年のブランクが利雄を苦しめた。
「お~っと!危ね~!危うく突っ込むとこだったぜ・・・」
昔、自分がレプリカで走っていた時の事を思い出し、あらためて
脇を締め、つま先をステップに乗せ、くるぶしで車体を
ホールド し直した。
「よし!これだ!」
ちょっと、後輩達と空いた間を取り戻すが如く、カタナを加速させる。
利雄のカタナは有り余るパワーで、いとも簡単に加速する
そして、迫るコーナー、フロントブレーキレバーを2本指で絞り込む
同時にリヤブレーキも軽く当てる、ギアは1段落としだ。
ブレーキを離した瞬間、腰を少しだけインに落とし、コーナーの
出口を睨みつけて、アクセルを空けて行く。
「この感じだ!」
いくつかのコーナーをリズム良く、すり抜けて行くうちに、前方の
後輩達が見えて来た。
4台のマシンは、新緑の油絵のような景色の中を風に溶け込むように走って行く。
どれくらい時間が経ったのだろう、しばらく走ると山の間から、町並みが
見えて来た。
「利雄さん!もう少しで、宿に着きますよ」
「おう!久しぶりのワインディングで、足がクタクタだ~!」
利雄達は、陽が落ちかけた、夕暮れのラッシュの中を宿へ向かった。
そして国道から県道へ入り、繁華街の裏手にある、小さな旅館へ着いた。
「おい!こんな小さな旅館で大丈夫なのかよ?」
「ハハハ・・・ ちいさな旅館だから、良い事もあるんですよ」
「へ~!まあ・・・ お前達が言うんだから、間違いないんだろうね・・・」
バイクを駐車場に止め、荷物をリアシートから降ろし、みんなで
旅館に入ると
「あら・・・ お帰りなさい~!」
と若女将が奥の部屋から出て来た。
「お帰り~って・・・・」
利雄の困惑する顔に、後輩達は
「ね!良い感じでしょ!ここは、こういう所なんですよ」
利雄は、ニコニコしながら
「へ~!女将は若いし、気立ては良いし、オレの知らない所で
良い思いをしていたんだな~!お前達は・・・・」
「まあまあ・・・ それより、部屋へ荷物を持って行きましょう」
通された部屋は、古いが掃除の行き届いた、年輪を感じさせる
部屋だった。
窓際の小さな廊下からは、日本庭園とまでは行かないが、池があり、
その脇に火の点いた灯篭があり、昼間の疲れを癒すには、
ちょうど良かった。
「ここの旅館、ホント良い感じだよな~!贅沢とは、この事だな!」
「でしょ!バイクで、ここに来ると、戦争のような毎日から開放されるん
ですよ!」
利雄達は、女将の運んでくれる、海の幸、山の幸と地酒に酔いしれ
充実感と脱力感の中で、いつしか眠りについた。
つづく