【 「あじさい」 のアクセントは ○●●● か ○●○○ か? 】
〓このセツ、どうも、TV で、
アジサイ ○●○○ 低高低低
という発音を聞きます。
〓『日本国語大辞典』 では、
○●●●-● 標準語アクセント
●●●●-● 現代京都アクセント
としています。 ○●○○ は載っていません。
〓東京の ○●●●-●、 京都の ●●●●-●、 このタイプのアクセントを 「平板型」 (へいばんがた) と言います。
〓日本語のアクセントは、単語を単位とした高低アクセントで、古代のギリシャ語、ラテン語などと同じです。
古典ラテン語は、どの音節を高く発音するか
古代ギリシャ語 (古典ギリシャ語) は、どの拍 (ハク) を高く発音するか
という点が重要でした。すなわち、
Caesar [ káisar ] [ ↑カ↓イサル ] 「シーザー」 古典ラテン語
Ἀρχιμήδης Arkhimḗdēs [ arkʰimεέdε:s ] [ アルきメ↑エ↓デース ] 「アルキメデス」 古代ギリシャ語
ということです。
〓古代ギリシャ語が、古典ラテン語のように 「アクセントを音節単位」 でとらえずに、「拍を単位」 でとらえていたことは重要なんですが、これは意外に理解されていません。日本語もアクセントについては 「拍を単位」 としてとらえます。
〓日本語のアクセントの場合は、どの拍 (ハク) のあとで声の高さ (ピッチ) が急落するかが重要で、声が急落する直前の拍のことを 「アクセント核」 と言います。
〓以前、「永ちゃんのブルーレイ」 について書いたときに示した 「日本語の標準語アクセント」 の一覧を再掲しましょ。
●○○○○-○ アクセント核は1拍目 (語頭)
――――――――――
○●○○○-○ アクセント核は2拍目
○●●○○-○ アクセント核は3拍目
○●●●○-○ アクセント核は4拍目
○●●●●-○ アクセント核は5拍目 (語末)
――――――――――
○●●●●-● アクセント核がない 「平板型」 (へいばんがた)
○ …… 低い拍
● …… 高い拍
-○, -● …… 「~が、~を」 といった助詞
〓これは5拍の語の場合です。「5拍」 というのは、俳句で言う 「五七五」 などという場合の “日本語の音の数え方” の 「5音」 のことです。
〓上の一覧では、ナンのコトだかわからないので、具体的なコトバを入れてみましょ。
■○○○○-○ 「アカトンボ-が」、「マツダイラ-の」、「イヤリング-を」
○■○○○-○ 「オカーサン-が」、「ワシントン-の」、「ニジューマル-を」
○●■○○-○ 「ホトトギス-が」、「ウキブクロ-の」、「ユキダルマ-を」
○●●■○-○ 「サッポロシ-が」、「シホンシュギ-の」、「ナメラカサ-を」
○●●●■-○ 「ナミノハナ-が」、「ジューニガツ-の」、「ハツデンショ-を」
○●●●●-● 「ドラエモン-が」、「トナリムラ-の」、「ボールペン-を」
〓これは5拍語の場合ですが、ナン拍であろうと、これと同じ方式です。
〓■で示した拍が 「アクセント核」 です。つまり、
標準日本語アクセントは、考えようでは古典ラテン語や古代ギリシャ語と変わらない
と言えます。ただ、日本語の標準語の場合は、
アクセントのある拍だけが高くなるのでなく、
2拍目からアクセントのある拍まで “上がりっぱなし” になる
という特徴があります。
〓 ○●●●●-● という型、つまり、「ドラえもん」、「ボールペン」 などは、実は、「アクセント核」 がありません。ラテン語やギリシャ語には存在しない型です。つまり、
アクセントのある拍がない
のです。
〓しかし、アクセントがなければ、すべての拍が低くなるか、というと、そうではありませんで、逆に、アタマの拍を除いたすべての拍が高くなってしまうのです。おまけに、接尾する助詞まで高くなります。こういう型を、
平板アクセント
と言います。
〓現代京都のアクセントの場合は、オオザッパに言うと、こうした標準語アクセント (東京型アクセント) に加え、
アタマの拍が高い語と低い語
というバリエーションがあります。つまり、頭高 (あたまだか) の ●○○○○ のタイプを除くと、すべての場合で、東京型アクセントの2倍の種類のアクセントがあるのです。
〓具体的に3拍で示してみまひょ。
■○○-○ カラス-が、ミドリ-が 東京
――――――――――
■○○-○ イズミ-が、シズク-が、ツキヨ-が 京都
いわゆる、「頭高型」 (あたまだかがた) です。1拍目が高いので、京都アクセントでも1種類です。
○■○-○ カキネ-が、ツキヨ-が 東京
――――――――――
○■○-○ ツクシ-が 京都
…………………………
●■○-○ ミドリ-が、シッポ-が 京都
2拍目に 「アクセント核」 があるタイプです。東京の1種類に対して、京都では、
低く始まる語と、高く始まる語があります。近畿・四国に分布する 「京阪式アクセント」 でも、
後者の ●●○ の型は少なくなっており、 ●○○、○●○、●●● などに移行しつつあります。
○●■-○ シズク-が、シッポ-が 東京
――――――――――
○○▼-○ マッチイ-が 京都
●●▼-○ (存在しない型) 京都
※▼は1拍の中で 「声の下降」 が起こるもの。
いわゆる、「尾高型」 (おだかがた) です。3拍目に 「アクセント核」 があるタイプ。東京では少なくないが、「京阪式アクセント」 では
「○ッ○」 (出っ歯、マッチ、ぎっちょ、のっぽ) というタイプの単語の一部のみが取る稀 (まれ) な型。
語頭から高く始まる語の例はありません。また、4拍以上の語の場合、
「京阪式アクセント」 に 「尾高型」 はなく、すべて、↓ の 「平板型」 になります。
○●●-● ツクシ-が、サクラ-が 東京
――――――――――
○○○-● カラス-が 京都
※単独では 「カラス」 ○○●、助詞が付くと ○○○-●。
平板なので、アクセントの山がどんどん後ろに逃げてしまう。
…………………………
●●●-● サクラ-が、カキネ-が、イズミ-が 京都
いわゆる、「平板型」 です。京都アクセントの場合、2拍目から高くなる東京アクセントと違って、
助詞などが付くと、どんどん後ろに後退して行ってしまいます。音として現れる現象は異なっていますが、
その違いは、あらかじめ2拍目から上げっぱなし (東京) にするか、
最後だけ上げるか (京都) に過ぎず、「アクセント核」 がない、という点は同じです。
「京阪式アクセント」 では、単語のアタマから高く始まる 「平板型」 もあり、同じ 「平板型」 でも2種類あることになります。
〓どうですか。これが日本語の2大アクセントの対比です。
〓とっとっと、そーぢゃなかった。
〓「あじさい」 のアクセントですよね。つまり、「あじさい」 の東京・京都におけるアクセントは、
○●●●-● 「あじさい-が」 東京
●●●●-● 「あじさい-が」 京都
です。たった今、ベンキョしたところの 「平板型」 アクセントですね。京都だと 「平板型」 が2種類あるんでしたネ。つまり、4拍の語だと、
○○○○-● …… 低起式 平板型 (ていきしき へいばんがた)
●●●●-● …… 高起式 平板型 (こうきしき へいばんがた)
ですね。つまり、アタマから高いタイプの 「平板型」 です。ムズカシイ言い方では 「高起式 平板型」 と言います。“高く起きて平らな型” です。
〓「あじさい」 の京都アクセントには、古い時代の記録もあって、
○●●● 「アヅサヰ」 [ アドゥサウィ ] …… 平安時代 ※「あづさゐ」 は 「あぢさゐ」 の異形。
○○●● 「アヂサヰ」 [ アディサイ ] …… 鎌倉時代
となっています。これが、なんで、現代京都アクセントで ●●●●-● になるのか、アッシには訊かんでくだされ。わかんない。
〓いずれにしても、東京のアクセントでは、「あじさい」 は ○●●●-● でした。アッシが子どものころから聞いている、東京 足立区の発音も ○●●●-● でした。 ○●○○ というアクセントは記憶をたどっても聞いたオボエがない。
〓すでに申し上げたとおり、『日本国語大辞典』 には、この 「平板型アクセント」 しか載っていないし、『NHK日本語発音アクセント辞典』 (1998年版) も同様です。
〓ところが、『新明解 国語辞典』 には変化があらわれています。すなわち、
『新明解』 第3版 (1981) まで ○●●●-● のみ
『新明解』 第4版 (1989) から ○●○○ も並記
となっているのです。すなわち、
東京では、1980年代に 「あじさい」 (低高低低) というアクセントが広がり始めた
と言えるでしょう。
〓そこで、ネットで、東京周辺のヒトたちが 「あじさい」 をどのように発音しているか、を調べてみると、もとの江戸を囲む地域では、このようになっている、という証言があります。
○●○○ …… 群馬県全域という / 西関東方言
○●○○ …… 高崎 (群馬県) / 西関東方言
○●○○ …… 東信 (長野県上田・佐久) / 東海東山方言 <中部方言>
――――――――――
○●●● …… 神奈川のどこか / 西関東方言
○●●● …… 神奈川県西部 / 西関東方言
〓これらの方言は、「アクセントのタイプ」 としては、いずれも 「東京式アクセント」 を有する地域です。つまり、東京と同じ体系のアクセントを持つ、ということです。
〓ただし、「体系が同じ」 というだけで、すべての単語のアクセントが東京方言と同じである、という意味ではありません。
〓江戸というのは、周囲を 「西関東方言」 に囲まれていました。すなわち、今の
群馬県・埼玉県・千葉県・東京都多摩地域・神奈川県・山梨県東端部
にあたります。17世紀に誕生した人工都市 “江戸” は、こうした方言圏の中の 「浮島」 (うきしま) だったと言っていいでしょう。
〓東信 (とうしん) 地方 (上田・佐久) というのは、長野県の一部です。ここは、
江戸を取り囲む 「西関東方言」 を、さらに西から包み込むような 「中部方言」 <東海東山方言>
に属します。
〓しかし、東信地方 (上田・佐久) は、実は、山梨・群馬・埼玉に接する “長野県の東端に飛び出た地域” で、必ずしも、江戸から遠かったというわけではありません。
〓どうも、 ○●○○ という型の 「あじさい」 のアクセントは、こうした周辺地域から流入したのではないか、考えられます。神奈川のアクセントが ○●●● なのは、逆に、東京アクセントが流出した可能性があります。
〓ところで、江戸の北東には、やはり、江戸時代以来、江戸・東京に多数の人口が流入したと考えられる 「東関東方言」 があります。これは、つまり、
「栃木弁」、「茨城弁」
です。
〓よく、「ケンミンSHOW」 とか 「珍百景」 などでは、群馬県・栃木県・茨城県のあたりでバトルがくりひろげられますが、
アクセントから言うと、「群馬県」 と 「栃木県・茨城県」 のあいだには
截然 (せつぜん) とした違いがある
のです。
〓栃木・茨城で話されている 「東関東方言」 のアクセントの型は、“崩壊アクセント” とか “無アクセント” と呼ばれ、
コトバにアクセントが無い方言
なのです。
〓この地域出身のタレントのシャベリを思い出せば、「無アクセント」 というものがすぐにナットクできましょう。つまり、
U字工事、つぶやきシロー、ガッツ石松 (栃木)
磯山さやか、マギー司郎 (茨城)
といったヒトたちのアクセントですネ。
〓この無アクセント地域は、栃木・茨城から北へむかって、福島県、さらに、山形・宮城の両県の一部におよびます。
〓福島県の出身者だと、“スリーアミーゴス” のひとり、俳優の斉藤暁 (さいとう あきら) さんの発音に “無アクセント” のクセがよく出ています。単語のアクセントとは関係なく、とにかく、シャベリのコトバジリがヒュウッと上がるんですね。
〓江戸というのは、関東平野のタダナカに人工的に開かれた都市ゆえ、そこには、周囲とは異なった方言 「江戸ことば」 が生まれました。それゆえ、周囲の関東方言からは “浮いた” 存在になりました。
〓そうした “言語の浮島・江戸” には、つねに、周囲から労働者が流入していました。とりわけ、江戸で大火 (たいか) があると、密集して住んでいた町人には大勢の焼死者が出て、周辺地域からの新たな労働力の供給を必要としました。
〓“無アクセント” の 「東関東方言」 を話す、関東の北東部 (栃木・茨城) のヒトたちも江戸・東京に多く流入したでしょうが、もともと、このヒトたちのコトバにはアクセントがなかったので、江戸・東京アクセントに与える影響がなかったのでしょう。
〓しかし、江戸・東京と同じアクセント体系を持ち、四方を囲むように住む 「西関東方言」 や 「中部方言」 の話者が江戸・東京に流入した場合、
出身地のアクセントと、江戸・東京アクセントが微妙に異なっていても、
それに気づかずに使い続け、やがて、それが、江戸・東京方言のアクセントが紛れ込む
ということはあったに違いないし、これからもあるに違いありません。
【 ハイドランジアが咲いている 】
〓「ステレオポニー」 というスリーピースの女性バンドがありますね。二十歳デコボコの3人組で、若いのに端正な音を出すなあ、と思っておりました。
〓昨年の6月です。 TV で、
ステレオポニー 『ハイド.ランジアが咲いている』
※タイトルにドットが入っている。理由は知りまへん
というスポットCMが流れていました。
〓アッシは、「あれッ?」 と思ったんですね。これはまったく正直なところ、
「ハイドランジア」
というコトバを知らなかったのであります。
〓これは、ある種、多言語を食い散らかすことによる弊害なのですね。
〓ヨーロッパの言語では、日本のアジサイを、軒並み、 hortensia の系統の名前で呼ぶんですネ。
hortensia [ ɔʁtɑ̃'sja ] [ オルタんスィ ' ア ] フランス語
ortensia [ ɔr'tɛnsja ] [ オル ' テンスィア ] イタリア語
hortensia [ オル ' テンスィア ] スペイン語
hortênsia [ オル ' テんスィア ] ポルトガル語
hortènsia カタルーニャ語、バレンシア語
hortensia ガリシア語
――――――――――
Hortensie [ hɔʀ'tɛnziə ] [ ホル ' テンズィエ ] ドイツ語
hortensia [ hɔʀ'tɛnzia ] [ ホル ' テンズィア ] オランダ語
hortensia デンマーク語、ノルウェー語
hortensiasläktet スウェーデン語
――――――――――
гортензия gortenzija [ ɡɐr'tɛnzʲɪjə ] [ ガル ' テンジヤ ] ロシア語
гортензія gortenzija [ ホル ' テンジヤ ] ウクライナ語
hortenzie チェコ語
hortensja [ ホル ' テンスィヤ ] ポーランド語
hortenzija, хортензија セルビア・クロアチア語
――――――――――
ορτανσία ortansia [ オルタン ' スィア ] ギリシャ語
hortenzija リトアニア語
――――――――――
hortensiat フィンランド語
hortensia エストニア語
hortenzia ハンガリー語
――――――――――――――――――――
hydrangea 英語
hidorangeo [ ヒドラン ' ゲーオ ] エスペラント
〓だから、てっきり、英語でも hortensia 「ホーテンズィア」 だと思っていたんすね。
〓実際、英語で 「あじさい」 を指す “一般名” common name には、
hortensia [ hɔɚ'tenᵗsiə | hɔ:'tenᵗʃə ] [ ホァ ' テンスィア | ホー ' テンシャ ]
という語もあります。しかし、 hydrangea ほど一般的ではないうえに、「ハナガサギク」 (花笠菊) という別の花を指す場合もあるのです。
〓「ハナガサギク」 というのは、キク科オオハンゴンソウ属 (ルドベキア属) の 「オオハンゴンソウ」 Rudbeckia laciniata ── 日本では、単に、「ルドベキア」 と言うと、これを指すことが多い ── の変種で、
Rudbeckia laciniata var. hortensia
のことです。変種名が hortensia であるために、
「アジサイ」 を指すコトバとして一般的でない hortensia を乗っ取ってしまった
んですね。つまり、英語では、
hortensia と言えば、キク科のルドベキアの一種を指し、
また、「アジサイ」 を指す場合もないではない
という状況です。それゆえ、英語で 「アジサイ」 と言えば、まず、第一に、
hydrangea [ haɪd'ɹeɪndʒə, -'rændʒə ] [ ハイド ' レインヂャ、~ ' ランヂャ ]
なのです。
〓そして、この語形は、大陸ヨーロッパ人のほとんどに通用しない語形です。そんなわけで、アッシは、英語で 「アジサイ」 を指す単語が 「ハイドレインジャ」 であることを知らなかったんすね。
〓 hydrangea は、カナに写すなら 「ハイドレインジャ、ハイドランジャ」 ですね。語末の -gea を [ ~dʒiə ] で発音するヒトもいるようです。
〓余談ではありますが、アッシは、「ハイドランジャ」 と聞いて、「ウルトラセブン」 に出てきた “ウルトラ警備隊” の潜水艦 「ハイドランジャー」 を思い出したのですよ。「ん? 潜水艦が “アジサイ号”?」
〓しかし、似てはいるが、たぶん、あちらは、
hydro- 「水の」 + ranger 「警備官、監視官」
だろうと思います。「ハイドランジャ」 ではなく、「ハイドランジャー」 ですもんね。
〓「アジサイの話」 は、まだまだ、先がありんす。そっすね、これで 1/4 くらいです。
「アジサイの話・2」 はこちらでござんす ↓
http://ameblo.jp/nirenoya/entry-10595159186.html