日本のレンゲツツジ。 Rhododendron molle ssp. japonicum
〓ツツジの美しい頃合いですね。
〓ところで、オリからの漢字ブームで、“Qさま!!” あたりのクイズ番組でも、「躑躅」 をナンと読む?という問題が出ることがあります。この漢字を 「つつじ」 と読むと知って、
「なぜ、足だらけなんだ?」
と、眉毛を段違いにしながら、独りごちたヒトも多いハズです。
躑躅 「つつじ」
〓何とも 「ぶすい」 な字面ですね。この漢字の由来を調べると、意外なことがわかります。
〓漢和辞典で、この2つの漢字を調べると、こんなふうになってます。
【 躑 】 [音読み] テキ。 [訓読み] たちもとお・る。
【 躅 】 [音読み] チャク。 [訓読み] たちもとお・る。
〓語義は、どちらも、同じと言ってよいようです。
◆語義 …… 行きなやむ。行きつ戻りつする。足もとがふらつく。
〓訓読みの 「たちもとおる」 というのは、もちろん、日本語です。現代では聞きません。古語です。
【 たちもとおる 】 [ 躑る ] めぐる、まわる、徘徊する。
〓では、今度は、中国語辞典で 「躑」、「躅」 を調べてみましょう。
【 躑 】 zhí [ ちー ] ※簡体字では 「踯」
(~躅で)
(1)行きなやむ。 =to pace up and down, to loiter
(2)ツツジ。
【 躅 】 zhú [ ちゅー ]
(1)足踏みする。 =to pace up and down, to loiter
(2)後退する。
(3)行きなやむ。
(4)足跡。
(5)事跡。功績。
(躑~で)
(1)行きなやむ。 =to pace up and down, to loiter
(2)ツツジ。
〓どちらの文字も、現代中国語では、ほとんど、「躑躅」 zhízhú 「チーチュー」 という組み合わせでしか使いません。
「足もとがおぼつかなくなること」
「ツツジ」
という2つの義で用いるようです。なんで?
【 本来は 「羊躑躅」 だった 】
〓「躑躅」 という語は、もともと 「羊躑躅」 yángzhízhú [ ヤンちーちゅー ] で、「ある植物」 を指していたようです。その植物の名前は、
Rhododendron molle var. molle
[ ロド ' デンドロン ' モッれ ワ ' リエタース ' モッれ ]
[ 和名 ] シナ レンゲツツジ
[ 英名 ] Chinese azalea
※花の本来の色は 「黄色」。
※学名の語義は 「柔らかいシャクナゲの柔らかい変種」。
〓なんか、「モッレ、モッレ」 言うてますけど、これまでの学名のハナシを読んでくださった方なら、この花のもともとの学名が Rhododendron molle であり、この花に、別の変種が発見されたために、 molle が自動的に繰り返されたのだ、ということが、ナンとなく了解できたと思います。
〓ラテン語で 「柔らかい」 という形容詞を mollis [ ' モッりス ] と言います。 -is に終わる形容詞では、男女は同形の -is の語尾を取り、中性のみ -e となります。
〓 dendron は学名用に借用される、「木」 を意味する中性のギリシャ語名詞です。なので、形容詞は molle 「モッレ」。
〓ラテン語で 「木」 は arbor [ ' アルボル ]。
〓「シナレンゲツツジ」 というのは中国原産のツツジで、日本の 「レンゲツツジ」 は、“亜種” とされています。“亜種” というのは、隔絶された地域 (この場合は日本列島) にまとまって分布する、形態上の変異を持つ種のことで、ラテン語、英語では、
subspecies [ スプス ' ペキエース ] ラテン語音
[ 'sʌbˌspi:ʃi:z, -si:z ] [ ˈ サブス ˌ ピーシーズ、~スィーズ ] 英語音
と言います。 -iēs に終わるラテン語の名詞は、主格において単複同形という不規則な変化をします。英語もそれを踏襲しているので単複同形です。
〓この subspecies は、学名では ssp. と略します。なので、
レンゲツツジ Rhododendron molle ssp. japonicum
[ ロド ' デンドロン ' モッれ スプス ' ペキエース ヤ ' ポニクム ]
となります。
〓日本のレンゲツツジは、全木 (ゼンボク=木全体) に “グラヤノトキシン” grayanotoxin という毒があり、食害で問題になっている野生の鹿もレンゲツツジは食べないそうです。
〓中国の 「シナレンゲツツジ」 には、“ロミトキシン” rhomitoxin という毒があり、血圧を低下させる作用、鎮静作用があるそうです。
〓羊が誤ってシナレンゲツツジの葉を食べると、「足もとがおぼつかなくなり、死んでしまう」 ので、「羊躑躅」 (ヤンチーチュー) と呼んだ、と言います。
〓また、羊は毒であることを知っているので、シナレンゲツツジを見ると、前に進まなくなるから、とも言います。
〓平安時代に、中国から日本に渡ってきた 「本草書」 (ほんぞうしょ=漢方薬としての動植物・鉱物の薬効を記した図鑑) には 「躑躅」 が載っていました。
〓これを日本のツツジに当てた表記は、『大日本国語辞典』 で調べると、『蜻蛉日記』 (974年ごろ成立) における、
みちのくの 躑躅の岡の くまつづら
とあるのがいちばん古いようです。
〓この 「躑躅の岡」 (つつじのおか) というのは、現在の仙台市 宮城野区 榴ヶ岡 (つつじがおか) のことです。古来は、ツツジの多い丘陵地で、東北でありながら、京の人々にも 「歌枕」 (うたまくら=和歌に詠み込まれる名所) として知られていました。
〓今では、「つつじヶ丘」 という地名は、日本じゅうにゴロゴロしています。そうした地名の雛形 (ひながた) になったのが、この仙台の “元祖 つつじヶ丘” ということですね。
〓おもしろそうなので、ひとつ、インターネット上の 「国土地理院 20万分の1地勢図」 で “つつじがおか” を検索してみると、およそ、38ヶ所にのぼります。
【 つつじが丘 】 9ヶ所
岩手県盛岡市、茨城県牛久市、新潟県胎内市、石川県金沢市、岐阜県各務原市、
愛知県名古屋市名東区、三重県津市、鳥取県倉吉市、佐賀県伊万里市
【 つつじヶ丘 】 7ヶ所
茨城県つくば市、栃木県日光市、群馬県北群馬郡榛東村、山梨県北杜市、
長野県北佐久郡立科町、長野県上伊那郡宮田村、島根県簸川郡斐川町
【 つつじが丘○丁目 】 8ヶ所
東京都昭島市、神奈川県横浜市青葉区、愛知県豊橋市、愛知県知多市、
兵庫県神戸市垂水区、兵庫県川辺郡猪名川町、和歌山県和歌山市、長崎県長崎市
【 つつじが丘団地 】 2ヶ所
愛知県犬山市、岡山県備前市
【 つつじヶ丘団地 】 2ヶ所
福岡県太宰府市、鹿児島県日置市
【 躑躅ヶ岡 】
群馬県館林市
【 榴岡○丁目 】 ※「元祖 ツツジガオカ」
宮城県仙台市宮城野区
【 つつじヶ丘○丁目 】
福岡県大野城市
【 東/西つつじヶ丘○丁目 】
東京都調布市
【 つつじヶ丘町 】 (つつじがおかちょう)
福井県鯖江市
【 三国町つつじが丘 】 (みくにちょう つつじがおか)
福井県坂井市
【 つつじが丘北/南○番町 】
三重県名張市
【 つつじが丘北/南○丁目 】
兵庫県三田市
【 花屋敷つつじガ丘 】
兵庫県宝塚市
■ 京都府 亀岡市の “つつじヶ丘○○台”
【 東つつじヶ丘曙台 】 (~あけぼのだい)
【 東つつじヶ丘都台 】 (~みやこだい)
【 西つつじヶ丘大山台 】 (~だいせんだい)
【 西つつじヶ丘美山台 】 (~みやまだい)
【 西つつじヶ丘霧島台 】 (~きりしまだい)
【 西つつじヶ丘五月台 】 (~さつきだい)
【 南つつじヶ丘大葉台 】 (~おおばだい)
【 南つつじヶ丘桜台 】 (~さくらだい)
【 高田純次的 「つつじ」 の語源 】
〓“語源” をうたう辞典で 「つつじ」 を調べてみると、およそ、その語源説は十指にあまり、そのどれもが 「ドングリの背比べ」 としか思えず、ガッカリします。
〓西欧諸語 (インド=ヨーロッパ語族) の語源というのは、紀元前からの資料を残すラテン語やギリシャ語、あるいはサンスクリットがあるために、「一応、納得のゆく程度には語源が判明」 します。
〓しかし、日本語はそういうワケにいきません。同系語が特定されていないからです。おそらく、これからも特定されないでしょう。ということは、言い換えると、日本語の単語の語源は、これからもハッキリしない、ということです。
〓コトバの由来というのは、比較する相手の言語が多いほどハッキリします。
〓数学で、「円・円弧から、円の中心を求める作図」 という問題をやったことがあると思います。「円から中心を求める」 のは比較的カンタンですね。しかし、「円弧が小さくなるほど、中心を求めるのは難しく、不正確」 になります。
〓言語というのも、それと同じで、参考にできる言語が多いほど、もとの語形や語源は特定しやすく、少ないほど困難で不正確になります。
〓日本語の単語の多くが 「語源不明」 なのは、比較対象とする言語がないからです。
〓そういうことで、「つつじ」 の語源は?と訊かれたら、まっとうな言語学者は、即座に、「わかりません」 と涼しい顔で答えるハズです。
〓しかし、以前、「つつじ」 の語源説として面白いものを読んだことがあります。「どうせ、そんなハズはないだろう」 と思いながら、「これが本当であってくれれば」 と願うような語源説というのが、ときどき、あります。
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【 躑躅 】
「躑」 は 「ツツッと進む」、「躅」 は 「ジッと止まる」 意。
よって、「躑躅」 で 「ツツッジッ」 である。
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〓この説を読んだときは、爆笑しました。
〓しかし、この説と、先の中国語の 「羊躑躅」 (ヤンチーチュー) の語源とを考え合わせると、
よろけながらツツッと進んでは、ジッと止まる羊
のようすが思い浮かんで、妙にリアルに感じます。その光景に出演しているのは、どっちかというと、ニック・パークのつくるショーンのような羊、という感じがします。
〓残念ながら、この語源説のアリバイは簡単に崩せます。
〓「つつじ」 の初出は、10世紀後半で、『うつほ物語』 (うつおものがたり=通例、『宇津保物語』) に 「つつし」、「つつじ」 で登場します。
〓ところが、「にほふ」 (匂う) に掛かる枕詞 (まくらことば) として、8世紀の 『万葉集』 から、
「つつじはな」
というコトバがありました。これは、人の姿かたちの美しさを 「つつじはな にほふ」 と形容するもので、その意味は、「匂いがする」 というのではなく、「赤いツツジの花のように光り輝く」 という意味でした。
〓いずれにせよ、「つつじ」 は8世紀には、すでに存在したコトバなのです。
〓のちの日本語には、「躑躅」 (テキチョク) という漢語も登場しました。11世紀から用例がありますが、いずれも漢文の中における使用で、「躊躇」 (チュウチョ) と同義でした。すなわち、“ためらうこと” を意味します。
〓16世紀、すなわち、江戸時代に入る少し前になると、
【 躑躅 】 [ テキチョク ]
(1)足踏みすること。地団駄を踏むこと。
(2)「つつじ」 の漢語名。
が、ほぼ、同時に登場します。「ツツッジッ」 という語源説も、このあたりから登場しているんでしょう。
〓名探偵ならば、以上の証拠から 「ツツッジッ」 説がニセモノであることは、すぐに見破れるハズですね。すなわち、
8世紀 ── 「つつじ」 というコトバが存在した
10世紀 ── 「つつじ」 の表記に中国語の 「躑躅」 が当てられる
16世紀 ── 「躑躅」 (テキチョク) “足踏みする” というコトバが登場する
――――― よって ―――――
「躑躅」 から 「ツツッジッ」 というコトバが生まれたハズはない
〓世の中、コジツケ語源説というのは、数々ありますが、ここまで “高田純次的” だと、思わずニンマリしちゃいます。
〓これから、「躑躅」 という字面を見たら、足がいっぱいあるのは羊がよろけている からだ、と思い出してください。そのときの羊の足どりは 「ツツッジッ」 ですね。真っ赤なウソだ ということだけは忘れないように……