空からオタマジャクシの降る天気でもあんめえし。あるいは、ゼロの語源。── 後編 | げたにれの “日日是言語学”

げたにれの “日日是言語学”

やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

     パンダ こちらは “後編” のアタマでござります。前編は ↓

         http://ameblo.jp/nirenoya/entry-10281642861.html



〓このセツ、写経が流行っているので 『般若心経』 (はんにゃしんぎょう) を書いたことがあるヒトもいると思いますが、この中に出てくる 「空」 も、この単語です。



   रूपं शून्यता शून्यतैव रूपम्
   rūpaṃ śūnyatā śūnyataiva rūpam
   [ ' ルーパん ' シューニヤター ' シューニヤタイヴァ ' ルーパム ]
   [ 'ru:pã 'ɕu:njata: 'ɕu:njataiva 'ru:pam ]
   「色即是空 空即是色」



rūpam [ ルー ' パム ] というのは、「物の外観、色、姿、形」 を言います。ここでは、「空」 に対して、śūnyam ではなく、ほぼ、同義の女性名詞、


   शून्यता śūnyatā [ ' シューニヤター ] <女性名詞主格>
      「カラであること、孤独であること、うわの空、“無”、“空”」


を使っています。
〓文頭の rūpam は、後続の ś- の影響で語末の -m が a の鼻母音になります。


〓サンスクリットは、現在時称では、「~である」 という、英語の be 動詞にあたるものを省略することができます。なので、


   rūpam  śūnyatā であり、
   śūnyatā  rūpam だ。


という文章になるのです。
〓2番目の śūnyatā のあとには、 iva [ イヴァ ] 「まさに、ちょうど」 という強調の副詞が置かれており、連声 (れんじょう) が起こって、


   -tā iva → -taiva


となっています。


〓とっとっと…… トラックを回っているつもりが、スタジアムの外を走ってましたがな……



               ぶーぶー               ぶーぶー               ぶーぶー



〓でですね、アラビアの数学者が、サンスクリットの śūnyam を意訳して、


   صفر ṣifr [ すぃフル ] [ sˁɨfr ] 「0」


としたのです。これは、


   صفر ṣafira [ さフィラ ] <動詞> 「カラである、欠けている」


という語根から派生した名詞です。同源の形容詞に、


   صفر ṣafr, ṣifr, ṣufr, ṣafir, ṣufur [ さフル、すぃフル、すぅフル、さフィル、すぅフル ]

           <形容詞> 「カラの、空洞の、欠けた」


があります。



   げたにれの “日日是言語学”-フィボナッチ
    レオナルド・フィボナッチ


〓中世ヨーロッパに “0” を紹介したのは、イタリアは、ピサのレオナルド・フィボナッチ Leonardo Fibonacci という数学者です。彼は、若いころ、アルジェリアに滞在し、ヒンドゥー=アラビア方式の算術体系を学びました。そして、ヨーロッパの算術の遅れていることを痛感し、


   “Liber Abaci” [ ' りベル ' アバチー ]   『算盤の書』 (1202)


を書きました。当時のヨーロッパの学術書の常識として、もちろん、ラテン語で書かれています。その第1章の冒頭に、



――――――――――――――――――――
Novem figure indorum he sunt 9 8 7 6 5 4 3 2 1

Cum his itaque novem figuris, et cum hoc signo 0, quod arabice zephirum appellatur, scribitur quilibet numerus, ut inferius demonstratur.


このインド人の9つの数字は 9 8 7 6 5 4 3 2 1 である。
このような9つの数字、および、アラビアで zephirum と呼ばれるところの という記号で、以下に示すとおり、いかなる数も書かれる。
――――――――――――――――――――



とあります。


〓正則アラビア語では “0” は ṣifr [ すぃフル ] ですが、12世紀のアルジェリアのアラビア語がこのとおりの発音だったとは限りません。

〓どのような発音であったとしても、フィボナッチは、ヨーロッパ人にナジミのある音として、すでに存在する


   zephyrus [ ' ゼぴゅルス ] (春の訪れを告げる) 「西風」


という語の男性語尾 -us を中性語尾 -um に変えて、zephyrum としたのでしょうか。真実は、墓石の下のフィボナッチに尋ねるしかありません。



   げたにれの “日日是言語学”-ウェヌスの誕生
    ボッティチェッリの 『ビーナスの誕生』 にはゼピュロスが描かれている。


   げたにれの “日日是言語学”-ゼピュロス

    左上におり、口で 「西風」 を吹かせている。

    ゼピュロスが抱いているのは “花の女神” クローリス。

    風とともに花が生まれている。


〓中世ラテン語では、母音 y [ y ] [ ユ ] が、発音しやすい i [ i ] に変じていたので、綴りのうえでも y の代わりに i と書かれることがあります。


〓当時のイタリアのラテン語では、次のような発音だったでしょう。


   zephirus [ ' ヅェフィルス ] [ 'dzɛfirus ] 「西風」
   zephirum [ ' ヅェフィルム ] [ 'dzɛfirum ] 「0」


〓ところが、フィボナッチが zephirum というコトバとともに 「0」 を紹介した約18年後の1220年ごろ、フランスに、


   cifre [ ' ツィフラ ] [ 'tsifrə ] 「0」


というコトバが登場しています。


〓フランス、12~13世紀の詩人・作曲家、ゴーチエ・ド・コワンシ Gauthier de Coincy (古綴 ~ Coinci) の1220年ころの著作に cifre 「0」 が出てきます。


〓ちなみに、このゴーチエ・ド・コワンシは、de Coincy というものの、これは貴族を示すものではありません。1178年に、北仏ピカルディ地方エーヌ県 (Aisne) の小さな町 “コワンシ” Coincy ── ほぼ、パリとランス Reims の中間地点にある ── で生まれました。この de は出身を示すものです。
〓1220年当時は、同じくエーヌ県のヴィク=シュル=エーヌで修道院長の職にありました。



〓これは、のちの15世紀末 (1486年) に、現代フランス語と同様の chiffre [ ' シフル ] 「数字」 となる単語ですが、この時点では 「ゼロ」 を意味していました。
〓もちろん、この cifre が zephirum から生じるハズはありません。

〓おそらく、フィボナッチが zephirum を造語した時期と前後して、イベリア半島の中世ラテン語およびカスティーリャ語 (スペイン語) に、半島南部のイスラーム圏からアラビア語の 「0」 ṣifr (スィフル) が入ったのでしょう。


〓イベリア半島のラテン語およびカスティーリャ語では、


   cifra [ ' ツィフラ ] 「0」


だったハズです。
〓当時のスペイン語では、 c [ ts ] でした。そして、アラビア語の ص  [ sˁ ] を写す際に、スペイン語では s ではなく、c [ ts ] を使いました。こちらのほうが近い音に聞こえたのでしょう。


〓13世紀初頭のイベリア半島では、キリスト教勢力のレコンキスタに大きな進展がありました。それまで、北部のキリスト教勢力と南部のイスラーム勢力が一進一退を繰り返していたものの、1212年の 「ラス・ナバス・デ・トローサの戦い」 «la Batalla de Las Navas de Tolosa» においてキリスト教勢力が勝利し、その後、1250年までにレコンキスタは、ほぼ、完了しました。
〓イベリア半島の南端部には、アルハンブラ宮殿で有名なナスル朝のグラナダが残り、1492年まで存続していました。


〓おそらく、13世紀初頭の急激なレコンキスタの進展は、カスティーリャ語やイベリア半島のラテン語に多くのアラビア語起源の単語を加えたハズです。 cifra [ ' ツィフラ ] “0” は、その1つでしょう。



〓この cifra はフランス、イギリス、ドイツに “0” を意味するコトバとして伝わっています。


   cifra [ ' ツィフラ ] スペイン語
    ↓
   cifre [ ' ツィフラ → ' スィフル ] 古フランス語。1220年初出
    ↓
   zifer [ ' ツィフェル ] 中期高地ドイツ語。
   cifre, ciffre, siphre, sipher [ ' スィフル、' スィフェル ] 中期英語。1385年ごろ初出


〓ドイツ語がフランス語から借用したのは、英語より早く、フランス語の初出年 1220年の直後であろうと思われます。というのも、こののち、フランス語の c は [ ts ] → [ s ] と変化するからです。ドイツ語は、語頭の子音を [ ts ] で借用しています。


〓この単語は、おそらく、イタリア語にも入ったと考えられます。しかし、イタリア語には、すでに “0” をあらわす zephirum があったために、


   cifra [ ' チーフラ ] 「アラビア数字」。イタリア語


というふうに語義が横スベリしたのであろうと考えられます。そのように考える理由については後述します。



〓14世紀のイタリアでは、フィボナッチの造語した zephirum というラテン語彙が、徐々にイタリア語化されていきます。


   zeuero [ ' ヅェーヴェロ ] 1307年 Jacopo da Firenze
   ceuero [ ' チェーヴェロ ] 1370年 Giovanni de' Danti d'Arezzo


zeuero は、イタリアの数学者、ヤーコポ・ダ・フィレンツェの記している語形です。ラテン語の中性語尾 -um は、イタリア語では -o となります。また、ph と書かれているのは f の古典風の綴りにすぎません。また、真ん中の音節の -i- はアクセントが無いため、弛緩して -e- となります。



   ζέφυρος zéphyros [ ' ゼぴゅロス ] 古典ギリシャ語
    ↓
   zephyrus [ ' ゼぴゅルス ] 古典ラテン語
    ↓
   zephirum [ ' ヅェフィルム ] 1202年。イタリアの中世ラテン語 (フィボナッチ)
    ↓
   *zefiro [ ' ヅェフィロ ] イタリア語形
    ↓
   zevero [ ' ヅェヴェロ ] 1307年。ヤーコポ・ダ・フィレンツェの語形
    ↓
   zero [ ' ヅェーロ ] 15世紀。イタリアのルネッサンス期



[ f ] → [ v ] という変化は母音に挟まれた子音の有声化によるものです。



〓ルネッサンス期のイタリア語は、建築、財政、軍事、航海術、芸術、服飾、音楽、食、文学など、あらゆる分野にわたって、ヨーロッパじゅうの言語に借用語を提供しました。


〓以前、「カーネル・サンダース」 について書いたとき、


   「兵士」 を意味するヨーロッパじゅうの言語の soldat という単語はイタリア語起源


だということを書きましたが、どうやら、zero も同様と言えます。そして、zero とペアで cifra 「アラビア数字」 という単語も輸出しています。ここが重要ですね。たとえば、フランス語を見てみましょう。



   cifre [ ' スィフル ] 「0」。フランス語
    ↓
    ↓←── zero [ ' ヅェーロ ] 「0」。イタリア語
    ↓←── cifra [ ' チーフラ ] 「アラビア数字」。イタリア語
    ↓
   zéro [ ゼ ' ロ ] 「0」。フランス語。1485年初出
   chiffre [ ' シフル ] 「アラビア数字」。フランス語。1486年初出



〓どうです? この2つの単語のフランス語における初出は、たった、1年しか違いません。zero 「0」 の導入は cifra 「アラビア数字」 とペアになっていることの証拠です。


〓なかには、フランス語の cifre が chiffre になったと考えるヒトもいるかもしれませんが、フランス語では、


   ci [ ki ] ラテン語 → [ tsi ] 古フランス語 → [ si ] 現代フランス語
   ca [ ka ] ラテン語 → cha [ tʃa ] 古フランス語 → [ ʃa ] 現代フランス語


のようにして、ch [ ʃ ] という子音が生じたものであって、基本的に、外来語以外には -chi- という音節はあらわれません。そして、イタリア語の -ci- [ チ ] が借用される場合、まさに、フランス語で -chi- [ シ ] となるのです。
〓つまり、古フランス語の cifre と、現代フランス語の chiffre は、似ているけれども、直系の関係ではないわけです。


cifra が 「アラビア数字」 の意味に変化したのが、イタリア語においてである、と考えうるのは、上のフランス語の例もそうですが、さらに、


   現代ヨーロッパの言語では cifra の系統の単語の意味がすべて 「アラビア数字」 になっている


という事実があげられます。個々の言語の内部で別々に起こった変化だとすれば、すべての言語で統一が取れるわけがなく、これはすなわち、


   ルネッサンス期に 「文化の元締め」 であったイタリア語が及ぼした影響


と考えざるをえません。


〓英語の場合を見てみます。



   cifre, sipher [ ' スィフル、' スィフェル ] 「0」。中期英語。1385年ごろ初出
    ↓
   cipher [ ' サイファー ] 「アラビア数字」。1530年初出
   zero [ ' ズィーロウ ] 「0」。1604年初出
   nought [ ' ノート ] [ 'nɔ:t ] 「0」。1660年初出



〓英語の場合は、先に、cipher が 「アラビア数字」 の意味で使われ始めています。 zero が導入されるのは74年後なので、いったい、そのあいだ、英国人は 「0」 をナンと呼んでいたんでしょう。



〓イタリア語の影響がどれだけ強かったか、一覧にして見てみやしょう。



   【 「0」 を zero の系統で呼ぶ言語 】

   zero [ ' ヅェーロ ] イタリア語
   ――――――――――――――――――――
   zéro [ ゼ ' ロ ] フランス語
   zerò  オクシタン語
   zero 英語  ※他に nought, naught
   cero [ ' せロ ] スペイン語、ガリシア語
   zero [ ' ゼルゥ ] ポルトガル語
   zero  アルバニア語、バスク語、カタルーニャ語、ルーマニア語、ブルトン語
   ceru  レオン語
   zero [ ' ゼーロ ] ポーランド語



   【 「0」 をラテン語 nullum “無” の系統で呼ぶ言語 】

   Null [ ' ヌる ] ドイツ語
   nul  オランダ語、アフリカーンス語、デンマーク語
   noll  スウェーデン語
   núll  アイスランド語
   nulla [ ' ヌッら ] ハンガリー語
   null  エストニア語、ノルウェー語 (ボクモール)
   nolla  フィンランド語
   nol'la  サーミ語
   nulis  リトアニア語
   nulle  ラトヴィア語
   ноль nol' [ ' ノーり ] ロシア語 (←ドイツ語)
   нуль nul' ウクライナ語
   нула nula ブルガリア語
   nula  ボスニア語、チェコ語
   нол nol ウズベク語
   ――――――――――――――――――――
   μηδέν midén [ ミデヌ ] 現代ギリシャ語
     ※古典ギリシャ語 μηδείς mēdeís [ メーデ ' イス ] の中性形。 “nothing” の意。
      ラテン語 nullum と同じ造語法。
   ――――――――――――――――――――
   nought, naught [ ' ノート ] 英語
     ※英語の “無” にあたる語を 「0」 に転用したもの。
   


   【 「0」 をアラビア語 ṣifr の系統で呼ぶ言語 】
   صفر ṣifr [ ' すぃフル ] アラビア語
   صفر sefr [ ' セフル ] ペルシャ語
   sıfır [ スフル ] トルコ語
   sifir  クルド語



〓ご覧のとおり、ヨーロッパには 「0」 を ṣifr の系統のコトバで呼ぶ言語は、ほぼ残っていません。同じく、cifra の系統のコトバがどういう意味に転じたか調べてみましょうか。



   【 「アラビア数字」 を cifra の系統で呼ぶ言語 】
   cifra [ ' チーフラ ] イタリア語
   ――――――――――――――――――――
   chiffre [ ' シフル ] フランス語
   cifra [ ' すぃフラ ] スペイン語
   cifră [ ' ツィフラ ] ルーマニア語
   cipher, cypher [ ' サイファー ] 英語
        ※英語では、「アラビア数字」 という語義を通り越して、「暗号」 に転じた。
   Ziffer [ ' ツィファ ] ドイツ語
   cijfer [ ' セイフェル ] オランダ語
   siffra  スウェーデン語
   sifr  ブルトン語
   shifër  アルバニア語
   ċifra  マルタ語
   цифра tsifra [ ' ツィーフラ ] ロシア語
   cyfra [ ' ツィフラ ] ポーランド語
   cifra [ ' ツィフラ ] チェコ語  ※ šifra [ ' シフラ ] で 「暗号」 を指す。
   cifra  クロアチア語、ボスニア語
   цифра tsifra セルビア語、ブルガリア語、ウクライナ語


   ―――――――――― ただし ――――――――――
   cifra [ ' スィフラ ] 「0」。ポルトガル語  ※ zero のほうが主要な単語



〓イタリア語式に、


   zero 「0」 ── cifra 「アラビア数字」


という単語のペアを持っているのは、


   フランス語、英語、スペイン語、アルバニア語、
   ルーマニア語、ポーランド語、ブルトン語


です。また、


   nullum 「0」 ── cifra 「アラビア数字」


というペアを持っているのは、


   ドイツ語、オランダ語、スウェーデン語、
   ロシア語、ウクライナ語、チェコ語、ボスニア語


です。むしろ、zero を持っているが、cifra を持っていない言語のほうが少ないんです。


〓現代ヨーロッパの言語で、cifra が 「0」 の意味を保っている言語はポルトガル語のみ。それとても、「0」 を指す単語で主要なのは cifra ではなく zero です。

〓つまり、文化的に上位にあったルネッサンス期のイタリアからヨーロッパじゅうに呈示された


   cifra = 「アラビア数字」


という “常識” が、それぞれの言語圏でショックを生み出したに違いないのです。 cifra = 「アラビア数字」 はヨーロッパ中の cifra の語義を塗り変えました。





  fafrotskies の語源 】



〓で、fafrotskies なんですが、


   what “FAlls FROm The SKIES” 「空から降ってくるもの」


の略だそうです。不可算名詞 (ふかさんめいし= a もつかず、複数形もない) であり、複数名詞のような語形をしているけれども単数扱いです。


〓ここで、サンダーソンが “from the sky” でなく、“from the skiesとしている点を見逃してはいけません。
〓「空」 sky に複数形がある、というのは、日本人からするとフシギです。しかし、英語では、たとえば、


   “天候” の観点から 「空」 に言及するときに複数形を用いる


のです。たとえば、天気予報を引用するなら、


   Today's forecast calls for clear / sunny / cloudy skies.
   天気予報によれば、今日は、晴天/曇りらしい。


となります。
〓あるいは、次ような例でも複数形になります。



   Rain falling from the skies over Milwaukee contains levels of mercury more than ten times

   higher than what the U.S. Environmental Protection Agency considers "safe" for the Great

   Lakes and other waterways, a new report reveals.

   ミルウォーキー上空から降る雨には、米国環境保護庁が五大湖およびその周辺の河川にとって “安全” とみなす

   基準の10倍以上の水銀が含まれていることが、あらたな調査報告からわかった。



〓こういう場合、インターネットというのは便利です。


   rain falling from the sky …… 8,470件
   rain falling from the skies …… 8,200件


〓つまり、ネイティヴでも 「雨」 が降ってくるモトになるのは、sky / skies で判断が五分五分です。


〓次の用例を見ると、別に、降ってくるのは 「雨」 でなくてもいいらしい。


   The task of defending Earth from objects falling from the skies seems most fitting for NASA.
   空から降ってくる物体から地球を守るという任務にいちばんふさわしいのはNASAではなかろうか。


〓どうも、「天候」 であるとか、「何かが降る」 という場合に、sky は複数形になるようです。



〓これには、おそらく、中期英語で起こった 「ある語義の変化」 が影響しているようです。

〓古期英語 (700~1100) には、次のような単語がありました。


   heofon [ 'heofon, 'heovon ] [ ' ヘオフォン、' ヘオヴォン ] 「空」。
   sċēo [ 'ʃe:o ] [ ' シェーオ ] 「雲」。
         ※現代語 cloud は、古英語では 「岩山」 の義。1280年ころから 「雲」。


heofon は現代語では heaven 「天国」 に転じています。ドイツ語の Himmel と同源の語です。古英語の後期になって、「天国」 の語義を獲得しました。


〓これが中期英語でこうなります。



   sċēo 「雲」
    ↓
   skie [ 'ski: ] [ ス ' キー ] <可算名詞> 「雲」。1250年ころ~16世紀半ば
    ↓
   cloud [ 'klaʊd ] [ ク ' らウド ] <可算名詞> 「雲」。1280年ころ~



   heofon 「空」
    ↓
   skie(s) [ 'ski:s ] [ ス ' キー(ス) ] <しばしば複数形で> 「空」。13世紀末



〓ここから何が起こったか読み取れるでしょうか。


〓最初に起こったのは、「雲」 という単語が、sċēo 「シェーオ」 から skie 「スキー」 に変わったことです。これは同源の単語なんですが、sċēo が英語本来の単語であったのに対し、skie は古ノルド語 (古北欧語)、すなわち、北欧から移住してきたヴァイキングのもたらした単語である、と言うことです。
〓ヴァイキングの持ち込んだ古ノルド語は、本来の英単語に取って替わることもあったし、語義の異なる単語として、英単語と併存することもありました。

〓ゲルマン語で sk- で始まる単語の場合、古ノルド語系の語彙は、語頭に sk- を保存し、本来の英語では口蓋化を起こし、 sh- に変化しています。たとえば、


   shirt 英語 ── skirt ノルド語


などがそうです。


〓理由はわかりませんが、中期英語の時代の13世紀の半ばに、「雲」 という単語は、本来の sċēo からノルド語の skie に変わりました。


〓ところが、古英語の時代から、「空」 と 「天国」 の両義に使われていた heofon 「ヘオヴォン」 が嫌われたのか、「雲」 を指す skie はデビューしてまもなく、13世紀末に 「空」 の意味でも使われるようになります。
〓おそらく、それを嫌って、「雲」 に cloud という新しい単語が当てられました。しかしskie(s) が 「雲」 と 「空」 の両方を指す時期は、14世紀、15世紀、そして、16世紀の前半まで続くのです。

〓おそらく、天候について言うときに skies 「スカイズ」 という複数形を用いるのは、この時代の慣用表現が伝えられているのでしょう。中期英語の skies は、「雲」 のみでなく、「霧」、「かすみ」 なども指したようで、中期英語時代の英国人は、「雲、霧、かすみ」 の集まった総体が 「空」 である、と認識していたかもしれません。


〓ですから、“to fall from the skies” と言う場合、“to fall from the clouds” の意味の化石的表現かもしれないのです。



〓こうして見ると、サンダーソンが


   what “falls from the skies” 「空から降ってくるもの」


と sky を複数形にした理由がわかります。


〓実は、この単語、英語圏でどう発音するのが正当なのかを調べたのですがわかりませんでした。誰ひとり、fafrotskies の読み方について言及していないのです。
〓サンダーソンが、オカシナ方法で略語をつくって、意識的に、ロシア人の名前風の単語をこしらえたのだとすれば、


   fafrotskies [ fə ' frɑtskiz ] [ ファフ ' ロツキィズ ] 「ファフロツキーズ」


でしょう。しかし、そういう意図ではなく、ただ、ヘンな略し方をしただけならば、あるいは、


   fafrotskies [ ' fæfrəts ˌ kaɪz ] [ ' ファフラツ ˌ カイズ ] 「ファフロツカイズ」


かもしれないですね。


〓また、日本語表記のフシギもあります。日本語では、ダンゼン多い 2,750人が、


   “ファフロッキーズ”


と書いています。ナンとも “残念感” のただよう表記です。

〓“超常現象を分析する力” のごく一部を 「ファフロッキーズ」 の小さい “ッ” にも振り向けてもらいたかった。


   英語で fafrotskies を 「ファフロッキーズ」 と読むことはありえねえ


でガショウ。というか、英語に 「促音」 はありゃあせん。


〓要は、誰かの書いた 「ファフロツキーズ」 というコトバを 「ファフロッキーズ」 と写しまちがえた人物がいて、その誤表記が次から次へと複製された、ということでしょう。(ちなみに、「ファフロツカイズ」 と書いているヒトはいませんでした)

〓大きな 「ツ」 を小さい 「ッ」 とカン違いする例は、昔からあります。「ツ」 の頻出するロシア語で多かったようです。


   Камчатка Kamchatka [ カム ' チャートカ ]
     「カムチャツカ」 → 「カムチャッカ」

   Водка Votka [ ' ヴォートカ ]
     「ウオツカ」 → 「ウオッカ」


〓 NHK は、なぜか、今になって、「カムチャカ」、「ウオカ」 と言い直していますが、さすがに 「今さら余計なことだろう」 と思います。もし言い直すなら、


   「カムチャートカ」、「ヴォートカ」


とすべきですね。そうしないなら、「カムチャッカ」、「ウオッカ」 のままでケッコウ。

〓ふた昔前には、「トロッキー」、「トロッキスト」 というのもあったようです。


   Троцкий Trotskij [ ト ' ローツキイ ]
     「トロツキー」 → 「トロッキー」

   Троцкист Trotskist [ トラツ ' キースト ]
     「トロツキスト」 → 「トロッキスト」


〓あるいは、「~ツキ」 に終わるポーランド人の名前も 「~ッキ」 になっていることが多いです。「タデウシュ・ウォムニッキ」 Tadeusz Łomnicki というぐあいです。

〓判断がむずかしいところですが、「タマラ・ド・レンピッカ」 Tamara de Lempicka とか 「オシップ・ザッキン」 Ossip Zadkine なんてのも、かなり、グレーな感じです。


〓なぜ、空からオタマジャクシが降るのか、もフシギではありますが、アッシにとっては、“ファフロッキー” のたぐいの、コトバの出入りのチグハグさかげんのほうが、はるかにオモシロイのでございますよ。