「モルモット」 と 「マーモット」。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

   げたにれの “日日是言語学”  モルモット





「モルモット」  と言えば、ペットとして子どもでも知ってますね。現在では、実験用の動物は、マウスやラットが主になりましたが、コトバとしては、


   【 モルモット 】 (比喩的に) 実験台にされる人。


という用法が、今でも残っています。


〓「モルモット」 という日本語の語源は、オランダ語の marmot [ ' マルモット ] です。英語でも marmot と言い、ヨーロッパじゅうの言語で、ほとんど、これに似た名前で呼びます。しかし、


   marmot  は 「モルモット」 とは、まったく別の動物


です。
〓日本人が 「モルモット」 と呼んでいる動物を他の言語でどう呼ぶか、並べてみましょうか。



     【 モルモット 】


   cavy [ ' ケイヴィ ] 英語
      guinea pig, guinea-pig  [ ' ギニー , ピッグ ] 英語
         ※“実験台にされる人” という意味の 「モルモット」 にあたる英単語はコレである。
   cavia [ ' カーヴィア ] イタリア語
   cuy [ ' クイ ] スペイン語
         ※ケチュア語の qowi [ こウィ ] より。
      conejillo de Indias  [ コネ ' ヒーりょ デ ' インディアス ]
         ※「ラテンアメリカのウサギ」 の意。
   cobaye [ コ ' バイユ ] フランス語
         ※ポルトガル語 cobaia から。
      cochon d'Inde [ コショん ' ダーんド ]
         ※「インドの豚」 の意。
   Meerschweinchen [ ' メーァシュヴァインヒェン ]  ドイツ語
         ※「小さな “ネズミイルカ”」。
           「ネズミイルカ」 Meerschwein は 「海の豚」 の意。
   cavia オランダ語。
   świnka morska  [ シ ' フィンカ ' モルスカ ] ポーランド語
         ※「海の子豚」 の意。ドイツ語の Meerschweinchen 「小さなネズミイルカ」 を

           「海の子豚」 と誤解釈した訳語だろう。
   porquinho-da-índia  [ ポル ' キンニョ ダ ' インディア ] ポルトガル語
         ※「インドの子豚」
      cobaia [ コ ' バイヤ ] ※カリブの現地語から。
   qowi [ こウィ ] ケチュア語 (クスコ方言)
         ※スペイン語 cuy の語源。



〓これだけ見た中に、「モルモット」 の “モ” の字も出てきませんね。インカ帝国の共通語であった 「ケチュア語」、あるいは、あとで出てくる 「ガリビ語」 などからヨーロッパの言語に借用された呼び名が、まず、あります。


〓その他には、やたらに 「豚、子豚」 が出てきます。その見た目が子豚に似ているからか、あるいは、16世紀にスペイン人がインカを征服したときに、当地では 「コウィ」 qowi を食用として家畜にしていたからでしょう。


〓今でも、「ふしぎ発見」 のミステリーハンターが、南米の奥地に入ると、

   「クイという “ネズミ” を食べる」

という場面がよく出てきます。番組の制作者は気づいていないのかもしれませんが、あれは、

   モルモット

ですよ。丸焼きになって出てくるのでわからないんですね。

〓ドイツ語の Meerschweinchen は、

   Meer [ ' メーア ] 「海」
   Schwein [ シュ ' ヴァイン ] 「ブタ」
   -chen [ ヒェン ] 「小さい~」 という接尾辞



に分解できます。これは、「海の子豚」 という意味ではないようです。それでは、だいたい、意味が通りません。


〓俗ラテン語で、「ネズミイルカ」 のことを、

   *porcopisce [ ポルコ ' ピッシェ ] “ブタ魚”

と言ったようで、古フランス語に次のような語があります。

   porpeis, porpois [ ポル ' ペイス、ポル ' ポイス ] 「ネズミイルカ」。古フランス語

〓フランス語では、この単語は消滅してしまい、現代語では marsouin [ マルス ' ワん ] と言います。しかし、フランス語から入った英語では現代まで生き残りました。

   porpoise [ ' ポァパス ] 「ネズミイルカ」。英語



〓あるいは、それに影響されたのか、あるいは偶然なのか、ドイツ語でも 「ネズミイルカ」 のことを Meerschwein 「海のブタ」 と称しました。
〓中国語でも、イルカを 「海豚」 hǎitún [ はイとゥン ] と言い、洋の東西を問わず、イルカというのは 「ブタ」 に見えたもんなんだ、と、感心します。『日本国語大辞典』 で、「海豚」 という漢字表記を検索すると、古くは 14~15世紀のものが見つかります。


〓また、ガバッと道草を食ろうてしまいましたわいな。


〓上に見るように、世界中どこにも、「モルモット」 を 「モルモット」 と呼ぶところがないことがわかります。なぜ、日本語だけ 「モルモット」 を 「モルモット」 と呼ぶのか。
〓日本語の 「モルモット」 の初出は、明治9~10年ごろです。



   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

   「テンヂクネズミは俗にマルモットといふ。
   数年前に舶来すと雖 (いえ) ども近年殊 (こと) に多し。
   毛色種々有て美なるものなり」

                   『博物図教授法』 1876~77年 安倍為任 (あべ ためとう)


   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



〓ヨーロッパ人が、南米の 「モルモット」 を発見したときに、これをヨーロッパの 「マーモット」 と同一と考えたために、民間ではながらく 「マーモット」 と呼ぶ習慣があったんでしょう。
〓明治初期において 「近年ことに多し」 と言うんですから、早くから愛玩動物として人気があったようです。日本では、当時のヨーロッパの俗称が定着してしまった。
〓そののちに、当のヨーロッパでは、「マーモット」 と 「モルモット」 が別の生物であるという知識が普及し、「モルモット」 を 「マーモット」 と呼ぶ習慣がなくなった。と、こういうことですね。

   日本人は、屋根に上ったあとでハシゴをハズされて、
   しかも、ハシゴが無くなっていることに気づいていない


といった状態なワケです。
〓最近は、日本でも、「モルモット」 を “ケイビー” と呼ぶことがあるようですね。英語の cavy からでしょう。この英語の cavy は、ケチュア語の qowi 「コウィ」 と関係があるように見えますが、そうではなくて、学名である、

   Cavia porcellus [ ' カウィア ポル ' ケッるス ]  「カウィアにして、子豚」。学術ラテン語



の Cavia 「テンジクネズミ属」 からつくられた愛称形ですね。イタリア語、オランダ語の Cavia はラテン語をそのまま使っています。
Cavia 「カウィア」 という属名は、小アンチル諸島およびフランス領ギアナに住んでいた先住民族で、カリブ諸語に属する 「ガリビ語」 Galibi を話していたガリビ人による呼び名、

   cabiai [ カビアイ ]

に由来します。ポルトガル語の cobaia 「コバイヤ」 も語形が似ており、この言語か、近縁の言語から借用されたものでしょう。ケチュア語の qowi も語形が似ており、ナニかワクワクするものを感じますね。





   げたにれの “日日是言語学”-マーモット  マーモット



  【 「マーモット」 の語源 】


〓今度は、「マーモット」 をヨーロッパ諸語でナンと言うか、見ていただきましょう。



     【 マーモット 】


   marmot [ ' マァマット ] 英語
   marmotta [ マル ' モッタ ] イタリア語
   marmota [ マル ' モータ ] スペイン語、カタルーニャ語
   marmotte [ マふ ' モット ] フランス語
   marmota [ マル ' モッタ ] ポルトガル語
   marmotă [ マル ' モータ ] ルーマニア語
   marmot  オランダ語
   μαρμότα [ マル ' モータ ] ギリシャ語
   mormota [ ' モルモタ ] ハンガリー語
   ――――――――――
   Murmeltier [ ' ムルメるティーァ ] ドイツ語
       Marmotte [ マル ' モテ ]
   murmeldyr  デンマーク語
   murmeldjur  スウェーデン語
   murmeli [ ' ムルメり ] フィンランド語
   ――――――――――
   svišť [ ス ' ヴィシュチ ] チェコ語
   świstak [ シ ' フィスタック ] ポーランド語
   ――――――――――
   сурок surok [ スゥ ' ローク ] ロシア語


〓ほとんどの言語が marmot(a) という語形をとっています。これは、おそらく、1758年にリンネが命名した

   Marmota marmota [ マル ' モータ マル ' モータ ]

が普及したものと考えるべきでしょう。語形の統一の在り様が 「自然言語」 らしからぬ様相を呈しているのです。
〓ドイツ語、および、北欧諸語では、 「ブツブツいう動物」 という命名法です。フィンランド語はスウェーデン語からの借用でしょう。
〓チェコ語、ポーランド語というスラヴ語は、 「ヒューッという音」、「ヒューッと鳴くもの」 という命名です。

Marmota という学名に対する古典ラテン語彙は存在しません。フランス語の

   marmotte [ マル ' モット ] 「マーモット」。フランス語

をもとにしたものでしょう。面白いのは、フランス語の marmotter [ マルモ ' テ ] という動詞は 「ブツブツつぶやく」 という意味です。

〓俗ラテン語では、もともと、「マーモット」 を

   mus montis [ ' ムース ' モンティス ]  「山のネズミ」。古典ラテン語

のように言ったと思われます。それが、俗ラテン語で、

   mure(m) montis [ ' ムーレ(ム) ' モンティス ] 対格
     ↓
   *muremonti [ ムレ ' モンティ ] 俗ラテン語

のように一語になったのでしょう。実際、古期高地ドイツ語に次のような語形が残ります。

   murmenti [ ムルメンティ ] 古高地ドイツ語
   muremunto [ ムレムント ] 古高地ドイツ語

〓現代ドイツ語の Murmeltier 「ムルメルティーア」 は、 murmenti 「ムルメンティ」 に似てますね。
〓俗ラテン語の *muremonti は、「ミッシングリンク」 を通って、1200年のフランス語の文書に、突如、

   marmotte [ マル ' モット ]

で登場します。このヘンは似た音の単語が多く、干渉を受けたのかもしれないし、あるいは、フランス語の marmotte は俗ラテン語の *muremonti にはさかのぼらないのかもしれません。
〓英語には 1607年に入っています。

〓いずれにせよ、フランス語の marmotte がリンネによって Marmota という学名に採用されたことで、この Marmota という単語がヨーロッパじゅうに広まったわけです。
〓おそらく、こういうコトバを採用したのは、学者とか、都会に住むニンゲンであって、ヨーロッパ各地の山岳部には、それぞれに、それぞれの 「マーモット」 を呼ぶコトバがあったハズで、それは今でも生きているに違いありません。
〓実際、イタリア、フランス、スイス、ドイツの接する国境地帯のヨーロッパアルプスで話されるロマンシュ語では、「マーモット」 に対して、次のような語彙があります。

   muntanella 「ムンタネッラ」
   muntaniala 「ムンタニアーラ」
   muntaneala 「ムンタネアーラ」
   muntanela 「ムンタネーラ」

〓いずれもラテン語の montanus [ モン ' ターヌス ] 「山の住人」 に “指小辞” が付いたものでしょう。 「小さな山の住人」 という意味です。

〓学名というのは、確かに、人々の認識を正す働きがありますが、その一方では、「コトバの画一化」、「方言語彙の一掃」 という結果ももたらすことがあるんですね。


〓本日は、「モルモット」 は 「モルモット」 を指すコトバではない、ということと、「モルモット」 のもとの意味は、「山のネズミ」 だった、というハナシでござりました。