※BL妄想書庫です
苦手な方はお気を付けください
「おはようございます、大野智ですっ」
「…はよーございまーす」
新たなルーティーンが始まって一ヶ月
「おーちゃん、おはよ~ん」
「おーちゃんじゃなくてオーシャンですよ、クリスティーさん」
先に身支度を終えたモーリスさんが冷静に訂正する
「そうそう!おーちゃんってぇ、海!ってかんじ!オーシャン、似合ってるよね~」
「ありがとうございま~すっ」
真新しい白シャツの胸元には木彫りのネームプレート
アルファベットは「O」
店で呼ばれるあだ名は、もはや人名でさえなくなった
「なーちゃん?ぼーっとしてるけど大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です」
「記念の日だから元気にいこ~!」
「はい」
和気あいあいとする休憩室
なぜこんなことになった…
約一ヶ月前
「新しい人を採用しましたのでよろしくお願いしますね」
オーナーがカウンターに入ってきた
これはとても珍しい事態
「5人が並んで立つ風景を思い描いたらパッと浮かびましたので、その方を正式に採用する際はお店の名前を変えようと思います」
「えっ?!」
そんなに簡単に?!
俺は驚愕したが、サムさんに聞くとそれほど珍しいことではないと言っていた
開業してからこれまでに、2回ほど変更されたことがあるらしい
始まった新人研修は、昼から夕方までの週5日
主にサムさんとモーリスさんが指導を行う
この店に相応しい言動、守るべきルール、接客、メニューの把握、レジ対応、開店閉店作業、掃除、洗濯諸々…
これは最低限だけど、一人で店に立つ前に覚えるべきことはたくさんある
例の新人は持ち前の美しい立ち姿、スマートな身のこなし、器用な手さばきを遺憾無く発揮し
遅い人だと三ヶ月以上を要する研修を一ヶ月で終えてしまった
「準備出来たか~?」
「は~い」
「じゃ、門のとこ行くぞ」
「わぁ~、いい天気だな~」
今日は門出に相応しく朝からすっきり晴れている
「オーナー、お待たせしました」
「はいはい、ご苦労様です」
研修を経てすでに顔見知りだが、新人の正式な初出勤日には全従業員が揃って出勤する
これは恒例行事で、俺の時も総出で迎えてくれたことを思い出す
「本日のオープンからこちらになりますので」
皆が見守る中、新たな店名が門に下げられた
Cafe Tempesta
「…てん…ぺすた?」
「英語じゃないな」
「イタリア語?」
「俺、あとで意味調べときます」とモーリスさんが言う
「頼む」とサムさんがぽんと肩に手を置く
さすがナイスコンビネーション
…俺もあとで教えてもらおう
「それでは今日もよろしくお願いしますね」
「よろしくお願いいたしますっ」
「ナターシャとオーシャン」
「は~い」
「今日はホールからな」
「はいっ」
俺だけに「また来週」と言うお客さまは周知されていたらしい
その人がグイグイ来ていることも知られていて、あの日のこともすぐに知れ渡り、ついにはこうして仲間として受け入れられてしまった
「あなた、どんな手使ったんです?」
「オーナーに雇ってくださいって言ってみた」
「オーナーに?よく分かりましたね」
「分かるよ、時々掃除してるじゃん、庭とか、外の道とか」
「庭じゃなくてテラスね、研修やり直しさせますよ」
「そうそう、テラスな!分かってるって~」
間が抜けて見えるのに、周りをよく見てるなと思う
あの人がオーナーだってこと、普通は分からないから
「そういえばクリスティーさんのこと、始めから相葉さんって呼んでましたよね
まさかそれもAだから、ですか?」
「会ったことあんだよ、相葉ちゃん」
「どこで」
「ラジオ関係の繋がりで挨拶したことある」
「そうだったんだ」
あれから何度か相談するうちに、クリスティーさんもラジオをやっていると聞いて驚いた
早速聴いてみたら、人柄そのままの優しさ溢れる番組だった
「おーい、そこの二人、オープンすっぞ~」
「はーいっ」
店内へ戻って、身だしなみをチェックする
「汚れ無し、傾き無し」
スタンバイOK
チリン
「こんにちは、いらっしゃいませ」
横に並んでいたオーシャンが、音も立てずに颯爽と駆け寄る
俺も先輩になったんだ、負けていられない
チリン
「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」
今までも色々あったし、これからも色々あるだろうけど
ここは俺のお気に入りの職場だ
終わり