ブログの上では一度さらりと触れただけで、ちゃんとお話をしていませんでした。
最近、facebookの気軽さ・便利さに甘えてそちらにはちょいちょい書き込んでいるのですが・・・
いかんですな、ブロガーとして・・・
ということで。
えー、3月いっぱいで、大学を離れます。
4月1日付けで、県内の中核病院の救急・救命センターで働きます。
先週いっぱいで大学での正式な勤務は終わりました。
そして明日、新居へ引っ越し。
準備に追われています。
・・・と言っても、ほとんどが妻と、週末来てくれていたお義母さんがやってくれたので
僕は全くと言っていい程何もやってませんが(笑)
この異動が決まったのは、去年の夏頃でした。
普通の医局人事と違い、けっこう早い時期です。
実は、僕から医局の教授に申し出たんです。
しかも、初めは 『福岡に戻りたいと思っている』 と。
もともと僕は、将来的には父がやっている診療所で、
在宅医療・在宅ホスピスといった仕事をやっていきたいという目標があります。
そのための土台作りとして、今救急に従事しています。
ただ、今の時期に学ぶ場として救急を選んだと頭では分かっていながらも、
それでもどこかで “何かが違う” という迷いや、
早く次のステップに行きたいという焦り、ジレンマを抱えていたのも事実です。
そういった色々な意味で、今のままじゃいかんと思い、
僕の考えを教授に話したのが去年の夏頃でした。
将来的には福岡でやっていきたいということはもともと伝えていましたが、
わずか2年で終えることになる僕のわがままな申し出に、
当然ですが教授は驚いていました。
その日は一度持ち帰って頂いて、数日後、改めて教授からお話がありました。
それが、この異動のお話でした。
この病院は、大学を除くと県内で一、二番目くらいの規模の大きさで、
救命センターが立ちあがってまだ間もない病院です。
そこで、救急の医局出身のベテランの先生と、
僕のひとつ上の若い先生の常勤2名でやっています。
そういった環境で、救急医としてラスト一年間暴れてきたらどうだ、というお話でした。
僕自身にとっては、このまま福岡に戻るよりも確かに魅力のある道でした。
妻に相談したところ、快く背中を押してくれたので、このお話をお受けすることにしました。
大学では、当然毎日の当直もあり、昨年1月からはドクターヘリも始まり、
今でもマンパワーはギリギリです。
そんな中、大学にいる頭数が減ること自体は変わりないのに、
僕自身にとってよりよい道を考えて、示してくださった
教授の寛大な配慮には本当に感謝しています。
この異動が決まったことで、以降の約半年間、
それまで抱えていた迷いやジレンマが吹っ切れて、
今救急をやっていることに、より集中できるようになった気がします。
上に書いたように、この病院では一年間の予定です。
その先は、福岡の病院で働きながら、
それから徐々に実家の仕事にシフトしていこうと考えています。
ひとつの施設で一年というのはおそらくあっという間だろうと思いますが、
逆に期限が決まっていることで、やり残すことがないように集中してやれるだろう、
またそうしなければならないと思っています。
大学の救命センターでの2年間でお世話になった先生方、
看護師さん、コメディカルスタッフの方、
そして、関わった患者さん、その御家族。
それから、いつも急な飲みの誘いに付き合ってくれた後輩の皆・・・etc
ありがとうございました。
最後に。
知らない土地で不安や不満もたくさんあるであろう中、
何も言わずについてきて支えてくれる妻に感謝・・・
最近、facebookの気軽さ・便利さに甘えてそちらにはちょいちょい書き込んでいるのですが・・・
いかんですな、ブロガーとして・・・
ということで。
えー、3月いっぱいで、大学を離れます。
4月1日付けで、県内の中核病院の救急・救命センターで働きます。
先週いっぱいで大学での正式な勤務は終わりました。
そして明日、新居へ引っ越し。
準備に追われています。
・・・と言っても、ほとんどが妻と、週末来てくれていたお義母さんがやってくれたので
僕は全くと言っていい程何もやってませんが(笑)
この異動が決まったのは、去年の夏頃でした。
普通の医局人事と違い、けっこう早い時期です。
実は、僕から医局の教授に申し出たんです。
しかも、初めは 『福岡に戻りたいと思っている』 と。
もともと僕は、将来的には父がやっている診療所で、
在宅医療・在宅ホスピスといった仕事をやっていきたいという目標があります。
そのための土台作りとして、今救急に従事しています。
ただ、今の時期に学ぶ場として救急を選んだと頭では分かっていながらも、
それでもどこかで “何かが違う” という迷いや、
早く次のステップに行きたいという焦り、ジレンマを抱えていたのも事実です。
そういった色々な意味で、今のままじゃいかんと思い、
僕の考えを教授に話したのが去年の夏頃でした。
将来的には福岡でやっていきたいということはもともと伝えていましたが、
わずか2年で終えることになる僕のわがままな申し出に、
当然ですが教授は驚いていました。
その日は一度持ち帰って頂いて、数日後、改めて教授からお話がありました。
それが、この異動のお話でした。
この病院は、大学を除くと県内で一、二番目くらいの規模の大きさで、
救命センターが立ちあがってまだ間もない病院です。
そこで、救急の医局出身のベテランの先生と、
僕のひとつ上の若い先生の常勤2名でやっています。
そういった環境で、救急医としてラスト一年間暴れてきたらどうだ、というお話でした。
僕自身にとっては、このまま福岡に戻るよりも確かに魅力のある道でした。
妻に相談したところ、快く背中を押してくれたので、このお話をお受けすることにしました。
大学では、当然毎日の当直もあり、昨年1月からはドクターヘリも始まり、
今でもマンパワーはギリギリです。
そんな中、大学にいる頭数が減ること自体は変わりないのに、
僕自身にとってよりよい道を考えて、示してくださった
教授の寛大な配慮には本当に感謝しています。
この異動が決まったことで、以降の約半年間、
それまで抱えていた迷いやジレンマが吹っ切れて、
今救急をやっていることに、より集中できるようになった気がします。
上に書いたように、この病院では一年間の予定です。
その先は、福岡の病院で働きながら、
それから徐々に実家の仕事にシフトしていこうと考えています。
ひとつの施設で一年というのはおそらくあっという間だろうと思いますが、
逆に期限が決まっていることで、やり残すことがないように集中してやれるだろう、
またそうしなければならないと思っています。
大学の救命センターでの2年間でお世話になった先生方、
看護師さん、コメディカルスタッフの方、
そして、関わった患者さん、その御家族。
それから、いつも急な飲みの誘いに付き合ってくれた後輩の皆・・・etc
ありがとうございました。
最後に。
知らない土地で不安や不満もたくさんあるであろう中、
何も言わずについてきて支えてくれる妻に感謝・・・
僕ら医者は、患者さんの病気や怪我を治療をするのはもちろんですが、
病気の状態や、どんな治療をしていくのかを、
患者さん本人またはその家族に説明するのも大事な仕事です。
特に、重症の患者さんが運ばれてくる救命センターにいる僕らは必然的に、
とても重い話をしなければならないことも多々あります。
救命できなかったこと、
もう数日程度しかもたないであろうこと、
当面呼吸は保たれるだろうけど意識が戻る可能性は非常に低いであろうこと、
ひとまず命をつなぎ、これから非常に厳しい戦いが続くこと、
あるいは、ここまでやってある程度今後の見通しが立ったという、良い面の話も・・・
悪い知らせを伝えることは、僕ら医療者にとっても辛いものです。
患者に対する時は冷静かつ客観的でいられるものですが、
家族の思いに触れると一転、思わず感情の部分が大きくなってしまうことがあります。
絶望的な知らせに、悲しみに暮れたり、茫然としたり、
希望が見えた時に、とても嬉しそうな顔を見せたり・・・
いろいろな家族がいます。
そんな家族にとって、患者さん本人はどんな存在だったのか。
どんなおじいちゃんorおばあちゃんだったのか。
どんなお父さんorお母さんだったのか。
愛された人だったんだろうな、と思いを馳せることもあれば、
悲しいけれど、家族関係があまり良好じゃなかったんだな、と思うこともあります。
良い話ばかりではないけれど、とても重いプレッシャーのかかる仕事だけれど、
家族の思いに触れる機会となる病状説明が嫌いじゃありません。
家族の思いは、患者さん本人に力を与えるだけでなく、
その治療にあたる僕らにも頑張る力を与えてくれます。
救命できなかったこと、
もう数日程度しかもたないであろうこと、
当面呼吸は保たれるだろうけど意識が戻る可能性は非常に低いであろうこと、
ひとまず命をつなぎ、これから非常に厳しい戦いが続くこと、
あるいは、ここまでやってある程度今後の見通しが立ったという、良い面の話も・・・
悪い知らせを伝えることは、僕ら医療者にとっても辛いものです。
患者に対する時は冷静かつ客観的でいられるものですが、
家族の思いに触れると一転、思わず感情の部分が大きくなってしまうことがあります。
絶望的な知らせに、悲しみに暮れたり、茫然としたり、
希望が見えた時に、とても嬉しそうな顔を見せたり・・・
いろいろな家族がいます。
そんな家族にとって、患者さん本人はどんな存在だったのか。
どんなおじいちゃんorおばあちゃんだったのか。
どんなお父さんorお母さんだったのか。
愛された人だったんだろうな、と思いを馳せることもあれば、
悲しいけれど、家族関係があまり良好じゃなかったんだな、と思うこともあります。
良い話ばかりではないけれど、とても重いプレッシャーのかかる仕事だけれど、
家族の思いに触れる機会となる病状説明が嫌いじゃありません。
家族の思いは、患者さん本人に力を与えるだけでなく、
その治療にあたる僕らにも頑張る力を与えてくれます。







