公開練習の後。
ゆづは、いつも深々とお辞儀をする。
わたしは、いつも少し戸惑ってしまう。
なぜなら、演技前の、必死にあがいている姿を
見てしまったように感じるから。
頭を下げるのはこちらのほうだ、と思うから。
練習の最中、ゆづは観客席に目をやることはない。
滑走中に笑みを浮かべることもほとんどない。
限られた時間、すさまじい集中力で練習をこなしていく。
コーチのところに戻って言葉を交わす以外は、
何かを指さしたり、呟いたり、
ひとり、リンクの上で自分の世界に入っているように見える。
そして私たちは、ときに転倒する姿にビクっとしながら、
じっと息をひそめて見守っているだけだ。
数メートルの距離にいても、そこには目に見えない高い壁がある。
何が起きても、どうすることもできないという事実。
ひとり、自分と闘っているのだ。
だからこそ。
応援の気持ちだけはしっかり送りたい。
会場に行けなくても、それぞれの場所から想いを送りたい。
それは必ずゆづに届くと知っているから。
大事なのは、物理的な距離ではないのだ。
ゆづの近くに行ける人たちでも、そこに想いがなければ
どんな言葉も彼には伝わらないだろう。
ちゃんとゆづを見ているの?
何度、その言葉を飲み込んだことか。
いつでも変わらないもの=相棒、を愛する姿に、
これまで、幾度となく傷ついた心を思っては、切なくなってしまう。
ーー彼は、スーパースター。
海外の解説者が言った。
日本の人たちは、もっと彼を大事にしなければ、とも。
ーー僕は、孤独です。
ゆづが言った。
そんなことを言わせてしまったことが、切なかった。
スーパースターの孤独ーー。
でも今、ゆづはそんな宿命を受け入れたように思えるのは
私だけだろうか。
きっと、すべて気づいているのだろう。
自分の進む道、自分のやるべきこと、そして、自分が必要とするもの。
それは、孤独の中で決定するしかないということに。
私たちは、ゆづに望まれたことだけを、全力でやりきろう。
応援が力になると言ってくれた、それが答え。
孤独を受け入れたゆづが、さらに輝くその日まで。