少し前、祖父の昔の若い時の写真が出て来て驚いたのです。
あまりにも普通にいけてる人だったからです。
でも私が見続けてきていた祖父(写真)は、
嫌な感じのお爺さんで、
祖父の若い時の写真は
垢抜けていて若くいきいきし
として
全く別人でした。
いや、どこかで見た、従兄弟が若い頃の祖父に似ている面影があり
とくに、肌の質感やにくづきなどから
DNA のつながりが感じられました。
私が物心ついて祖父に初めて会ったのは、
まだ四、五歳の頃でした。
祖父が体調が良くないということで、
当時住んでいた福岡から長崎に行き、
そこで祖父に初めて会ったことを覚えています。
そのときはすでに 不機嫌そうなお爺さんで、
(こどもは苦手だ)と私は遠ざけられ、歓迎されてはいなかったように記憶しています。
古いアルバムでは、物心着く前の私が生まれたばかりの頃の写真でも
祖父はひどく年を取ったお爺さんでした。
祖父は、まだ赤ちゃんだった従兄弟にはとても喜んであやしたり一緒に写真を撮ったりしていましたが、
私には無関心というか遠ざけるようにしていて、それは私にとっての祖父の記憶でした。
その祖父のまったく別人の若い時の写真に最初は脳の処理が追いつかなかったのですが
しかしいろんなことを合わせて考えると
祖父は原爆の被曝をしていてそのためにエイジングが過度に進んだのではなかったかと。
そしてそれは祖母もそうで、
祖母も被曝の影響を色濃く受けていたことが推測されるような病気をたくさん持っていて、
そして、ひどく加齢が進んで老化をしていました。
しかし祖母の若い時の写真は別人のように堂々として綺麗な花嫁衣装の写真があり
写真は私が知る祖母とはかけ離れていました。
綺麗な女性と普通にイケている若き日の祖父母の写真がそこにありました。
それから他に時代が下り
すっかり歳をとった祖父母が
寄り添うように立って海辺で写っている写真に深い感慨がありました。
ルッキズムの世の中
年を取ることには損失、不利でしかないという風潮ですが、
他人に対してはわかりませんが、
身内には、
よれよれになったのは、
家族のために一生懸命がんばってくれたから
と肯定的に受け止められるのです。