私の母の一番上の姉に当たる叔母は、戦後初めて長崎で開催されたミスコンで入賞した。
叔母のことを話します。
叔母はたしか昭和2、3年頃に生まれた
母とは4つか、5つくらい離れていたそう。
私から見て、母より年上の叔母はとてもしっかりした人に見えた。
いや、叔母がしっかりした人に見られていたのは年長だからではなかった。
品があり性格もよくて、みんなから慕われていた。
その叔母が、実は、ミス長崎に選ばれた(入賞)ことがあると知った時は,
母と同じきょうだいなのに、
天は二物を与えるのだなあと思ったものだった。
私が大人になって、ある時、
叔母と母が電話でしきりにやり取りしていて、
何かあったのかなと思っていると
叔母が、おばあちゃんの子どもじゃなく
当時軍人だったおじいちゃんのお兄さんが芸者に産ませた子どもで、
当時長崎に住んでいたおじいちゃんが引き取って自分の子供
として育てたのだと
その親戚が九州にいて、娘と連絡を取りたいという話で
気が動転していた母が言ったのだった。
そこには、送られて来ていた母方の戸籍があった
昔の戸籍は、みみずの這ったような字で書いてあり、
ほとんど判別できなかったものの、
それらしい名前や出身住所などが記載されていた。
叔母の本当の父親は、祖父の兄に当たる人で、軍属でロシア語を翻訳して辞書をつくるなどしていた人だった。
母の母である祖母とは、血の繋がりはなかったのだ。
ということは、 母のじゃじゃ馬気質(失礼)は、
祖母から由来である可能性が高いという合点がついた。
