昭和後期の父のこと平成に入り 父は定年を迎える。定年まで勤め上げた。感慨を抑えるかのようにしばらくまだ嘱託勤務で通うという、その日から終わるわけではなかった。父は暴力的だった時期もあった。父親としては必ずしも良いとは言えなかったが、社会人としては立派だったと思う。