昨日、11月30日、朝青龍と亀田大毅がそれぞれ謝罪会見を行った。朝青龍は、夏巡業を休場中にモンゴルでサッカーを行ったという仮病疑惑、そして、亀田大毅は、まだ記憶に新しいチャンピオン内藤との試合での繰り替えされた反則行為。
どちらも共通していることは、元気にサッカーする朝青龍の姿、試合中で何度も繰り返す投げ技の大毅選手の姿。どちらも、別のスポーツへ転進するのではと思われるほど、ずいぶん派手に行われている。
さらにしっかり、動く映像として残されている。試合はともかく、海外での様子も撮られているというのは、今の時代を反映していると言えるかもしれない。
それでは、実に勝手に、比較してみよう。
午後2時ごろに行われた亀田大毅の謝罪会見は、非常に短い。5分もないのではないだろうか。アゴを突き出し、「お騒がせして申し訳ありません!」と切り出したが、反則で謝罪の言葉も口にできなかったあのときとは対照的だ。
印象としては、言わなければいけない事を一方的に言ったという感じだろうか。通常、大人の謝罪会見であれば、あのような謝り方では火に油を注ぐだけだが、その辺は、若さが上手く作用している。
反感を持つものも多い反面、とりあえず、出てきて頭を下げたんだからという人もそれなりにいる。記者にとっては、ろくに質問する時間もなく、亀田大毅がリング上で体を動かし、その後、インタビューのようなかたちで質問さざるを得なかった。これでは、謝罪よりも、お披露目的な意味合いが強い。
続いて、朝青龍。こちらは、5時半頃だろうか。亀田大毅と違い、謝罪会見は30分以上とそれなりに、時間に余裕を持たせ、記者の質問に答え、理解を求めたかたち。
それなりに、厳しい質問が飛び、朝青龍が無愛想な一面も見せるが、声を荒げずなんとか耐えたという感じだ。
こちらの難点は、問題を起したのが7月下旬、それから、5ヶ月ほど過ぎようやく謝罪と、正直、なんで謝罪しているかピンと来ない人も多いはずだ。ここでも、朝青龍はモンゴルの人という結局外国人という効果が有利に働いていることも無視できない。
質問の答えに困ると、「私が悪い」の一言で、それ以上、記者が問い詰めることができない。そして、意味がわからないと、露骨に理解できないという顔をする。これは、言葉の壁が、壁ではなく、楯になったとも見える。
どちらも、謝罪会見としては、出来が悪い。なぜなら、「申し訳ありません」「おわび申し上げます」と多少敬語らしい言葉にしているが、何に謝っているかという肝心の部分が抜けている。亀田大毅なら、反則について、そして、朝青龍なら横綱という立場でありながら期待を裏切るような行為をしたという前置きが必要になる。ただ、これは一般的な謝罪の話だが。
そして、よくない点は、謝罪会見で本人に質問されているにもかかわらず、亀田大毅には金平会長、朝青龍には高砂親方がかばうために、会話に割って入り、勝手に話を進めている。
この点が、謝罪会見としての厳格さを打ち消し、甘さ、幼稚さを視聴者に感じさせる。謝罪している本人が、いくら誠意を見せようとしても、その雰囲気を壊している。これは、子供のケンカに親が出てくるようなものだ。ただ、この例えも、最近の子供ケンカは、度を過ぎていることも多く、適切ではないかもしれないが。
それでも、どちらの謝罪会見がマシかといえば、明らかに、朝青龍ではないだろうか。少なくても、朝青龍サイドは、記者からの質問を受け入れる姿勢になっていた。謝罪会見は、記者からの質問を受けるから成り立つ。一方的な謝罪は、新聞にでも掲載すればいい。
その点から見ると、亀田大毅の謝罪会見は、質問をほとんど受け付けていない分、謝罪会見を利用して、復帰をアピールする意図が強く見える。この記者会見で、金平会長が亀田大毅をいさめ、会見を行えば評価は上がるが、前回までの謝罪会見と、今回の会見は明らかに態度が手のひらを返したように違う。これは、「悪役ボクサーとして売り出そうとしているのでは」、「金が入るからか」と様々な声が上がるのも無理はない。
個人的には、亀田大毅のこの「乱暴売り」は、強ければ際立つが負ければその分、反発が大きい。次の試合で負けるようなことがあれば、この威勢の良さ、逆効果となる。
もし、だれかがどういうスタイルにするか決めたとしたら、かなりコクな話だ。キャラクターを作り、お金を儲けることもビジネス的には大切だが、心理的な複雑さが加われば、スポーツでは成功し難くなる。
同時に、同じような強気のスポーツ選手が謝罪しているのを見ると、そんなスタイルがウケる時代が終わろうとしているのではないだろうか。流行としては、真逆のキャラを求めているのではないだろうか。
そんな気がしてならない。