2015.1.3

妻籠の散策はまだまだ続きます。


妻籠29

今度は本陣のほうに行ってみました。

なお、この本陣を取り仕切っていたのは、有名な作家の島崎藤村の親戚筋に当ります。

藤村自身は馬籠宿の本陣を預かっていた家系で、庄屋も兼ねていました。

馬籠の島崎家と妻籠の島崎家は極めて近しい親戚同士で、江戸時代中にも結婚や養子縁組、長期滞在などの往来が頻繁にあったそうです。


妻籠30

本陣入口。

脇本陣でも聞きましたが、こっちの本陣のほうは再建されたものです。


妻籠宿31

中はこんな感じです。

再建されたと聞かされているからでしょうか。なんだか新しい感じがします。


妻籠宿32

こちらも中に建物のジオラマがありました。

やはり小さな部屋が連続する構造です。


妻籠宿33

古タンスが並んでいます。なんだかちょっと面白い構図です。


妻籠宿34

こっちには長櫃があります。

今はもうどれほどの家庭にこんなものが残っているのでしょうか。

透明ケースのほうがずっと楽ですから。

良くも悪くも時代の流れですね。


妻籠宿35

こちらも庭を。

脇本陣と違ってコンパクトにまとまっている感じです。

池が四角いですね。ちょっと不自然で趣がないかも。


妻籠宿36

妻籠宿37

脇本陣・本陣の他にも開設当初の郵便局も資料館として残っていました。

まあ、街自体が色んな時代をごった煮にしたような歴史遺産のようなものなんですが。


妻籠宿38

郵便局前の黒い郵便箱がいにしえ(笑)の雰囲気を醸し出しています。


妻籠宿39

妻籠宿40

妻籠宿41

天然記念物のぎんもくせい。

こういうのは街一番の大きな樹がシンボルになってしまう傾向があるようです。


妻籠宿42

ここからは枡形の跡。

進軍を妨げるためにわざと道を四角(この場合は四角というより二又ですが)にしたそうです。

徳川家康、用心深いですね。


妻籠宿43

枡形の入口を示す石灯籠です。


妻籠宿44

石灯籠の位置から枡形の道を見下ろすとこんな感じ。

ここは妻籠でも最も古い家屋が残っている通りです。


妻籠宿45

枡形を降りてくるとこんな風な景色が。

右に古い街並み、奥にはまた上って本筋と合流する階段が見えます。

ここが妻籠の一つの見所になります。


まだ、妻籠に関するあれこれは続きます。

2015.1.3

一夜明けて妻籠宿を改めて回ってみることにしました。


妻籠宿1

妻籠宿2

雪の積もった昔ながらの山間の宿場町です。


妻籠宿3

こたつで丸くなっていない猫発見!


妻籠宿4

妻籠名所の一つ、鯉岩。

こういうのって、他にネタがないせいか(笑)何となく見えるってだけで名所にしちゃうんですよね。


妻籠宿5

でも、この岩は崩れてしまったので、もう鯉のようには見えません。

いえ、崩れてしまっても鯉のようには見えるらしいのですが、少なくとも自分には見えませんでした……。



妻籠6

江戸時代の頃にあった番所跡。


妻籠7

いまではただの広場です。

木が一本だけ立っているのが目印?


妻籠8

町外れの橋を渡って、ここから本格的な妻籠巡りのスタートといった風情です。


妻籠9


高札場。

いわゆる広告板です。

幕府からの連絡も載るので今とは比べものにならないくらい重要な施設でした。

こういう、「日常の」施設はけっこう現存していないらしいです。

ありきたりだからこそ保存などに考えが至らず、そのまま気づいたらいつの間にか消えてしまっていったのでしょうね。


妻籠10

水車小屋。

白川郷のものと同じく雪に埋もれてしまっています。

ここにあるのは現役でしょうか? やはり観光用でしょうか?


妻籠11

街の向こうに雪山と空が見えます。

朝焼けというには少々遅い時間ですが、薄いブルーが綺麗です。

正月三が日としては上々な天気ではないでしょうか。


妻籠12

妻籠13

江戸時代からある脇本陣の建物です。

本陣は明治以降に再建されたものですが、こちらの脇本陣は当時から残っているものです。


妻籠14

本陣や脇本陣は、大名行列の大名などの偉い人が来たときに泊まる宿泊所(?)ですが、本陣が宿泊所施設のみなのに対して、脇本陣は空いているときは他の仕事に流用してよかったそうです。

だから、ここに商家の番台があるのも、商売をやっていたからだそうです。


妻籠15

小さな部屋には二階に続く階段が。

なお、家屋敷は人が使っていたほうが長持ちするので、結果的に滅多に使われない本陣よりも、暇なときは商売に使っていた脇本陣のほうが保存状態がよかったそうです。


妻籠16

ちゃっかり暖房マットが敷かれていたりします。文明の利器でしょうか。


妻籠17

庭はかつては最も趣向を凝らす場所だったので、現在もその当時の面影が残っています。


妻籠18

お正月なので正月飾りが。

家では鏡餅なんてずいぶん飾っていません……。


妻籠19

2階へ続く階段のアップ。

こうやって見るとずいぶん厩舎で狭い階段です。危なくなかったのでしょうか?


妻籠20

庭はすっかり雪景色です。

他の季節に来ればもっと別の光景が見れたのでしょうが、長野の最大の特色はこの冬の時期だとも思います。


妻籠21

こうやって障子に空いた穴から外の庭を眺めるのが乙だったとか。

色々考えて楽しんでいますね、当時の人も。

言い換えれば、ただの無駄に手をかけていたということになってしまうのかもしれませんが……。


妻籠22

借景というのでしょうか。

後ろの山まで合わせて一つの絵です。


妻籠23

本陣と違って脇本陣は空いた期間は商売をしているといいましたが、これはその時の名残です。造り酒屋をやっていたんですね。

岐阜もそうでしたが、あっちこっちでお酒の製造をしているのは、寒い気候がそれに向くのか、水がいいのか、両方なのか、訊いてみたいところです。


妻籠24


これは資料を元に当時の本陣の構造をジオラマ化したものです。

やっぱり小さな部屋がたくさんあるのが分かります。


妻籠25

当時の大名行列の品の展示もありました。

これは長持。

言葉では知っていても実物はなかなか無いやつです。


妻籠26

妻籠宿自体のジオラマも。

道に沿って宿を中心とした家々が並ぶ、典型的な宿場町です。


妻籠27

妻籠28

木曽路、というか、木曽の山々のジオラマも。

こうやって見ると、本当に山がちな地形で、その中でもかろうじて一番通り抜けできそうなルートを街道として整備したのが分かります。


妻籠はまだ続きます。

次は本陣に行ってみました。

2015.1.2

南木曾駅からバスに乗ってやってきました妻籠に。


妻籠5

妻籠に着いたときには日もとっぷり暮れかかっていました。


妻籠6

ここが今日泊まる藤乙という宿です。

といっても、この灯籠だけじゃ何が何だか分かりませんよね(苦笑)。

なお、ご飯がすごくおいしかったです。

川魚と小鍋をメインとした夕食でしたが、おいしさのあまり一緒に飲んでいた骨酒が止まらないほどでした。

ここは山の幸はけっこう採れるでしょうが、海からは離れていますし、冬は雪なのでそれほど豊富に食材に恵まれた土地ではないのですが、あるいはそれゆえにこんなにおいしい料理ができたのでしょうか。

単に藤乙の料理人が上手だというだけなのかもしれませんが(笑)。


妻籠9

これは藤乙の中庭。

雪が樹氷になって、きれいな造形を保っています。

生きた緑の木々とも生きていない彫刻とも違う、独特の凄みが樹氷にはあります。

木々にとって破綻に迷惑なことかもしれませんが(笑)。


妻籠7

妻籠8

外に散歩に出てみると(滑りやすくて注意が必要でした)、外は夜闇に雪で、まるで日本昔話の世界でした。

今にも与作どん(木こり)やごんべえどん(狩人)がひょっこり顔を覗かせそうです。


妻籠10

妻籠11

完全に日が暮れた妻籠の街を歩いていますが…これでは何にも分かりませんね(笑)。

一応、雪かきする人がいたり、橋があったりと、そこそこ色んなものが見えたのですが。


妻籠12

妻籠の端まで来ました。やっぱり真っ暗ですが。

妻籠の街は、また明日、詳しく回ろうと思います。

2015.1.2

今回の旅の最終終着点、南木曾の妻籠に行きます。


妻籠1

ここが南木曽駅。

また、容赦なく雪が降っています。

岐阜もそうですが、長野もハンパないです。

なお、南木曾と書いて「なぎそ」と読むそうです。自分は知らずに「みなみきそ」と読んでいました……。


妻籠2

駅前から妻籠行きのバスに乗るのですが、その待ち時間が長かったのでまた周囲を散策してみました。

これは駅の下の方にあった観光案内所とトイレ。

ここも雪で埋まっていますが、根性で綺麗に保たれていました。何気にすごいことです。


妻籠3

妻籠4

シャーベット状で流れる川。

雪が積もっているのは水に浸かっていない部分です。雪が見えないところは水に浸かった部分です。

黒と白だけで構成される雪国独特の世界を作っています。

こういう景色を見るたびに思いますが、本当に水墨画のような世界です。


さて、バスの待ち時間も終わったので、いよいよ妻籠に参ります。

2015.1.2

南木曾に行こうとして特急に乗り、行き過ぎてしまって木曽福島に着きました……。


木曽福島2

せっかくなので木曽福島の駅前を見物してみます。


木曽福島3

木曽福島はここらへんの起点駅ではあるのですが、それでも一面雪の中です。

雲の薄いところから日の光が差しています。珍しい現象なのでしょうか? それともここらへんではよくある現象なのでしょうか?

どちらにせよ美しい光景です。


木曽福島4

これが木曽福島駅です。

雪国の駅らしい面持ちです。


木曽福島5

福島宿の標。

ここも木曽路の宿の一つだったのですね。


さて、後戻りして南木曾に参ります。

2105.1.2

木曽川の源流にある恵那峡に行ってきました。


恵那峡1

恵那峡を巡る遊覧船でクルージングです。


恵那峡2

向こうには峡を渡る橋があります。恵那峡大橋です。鉄筋性ですが、なんだか天の橋みたいです。


恵那峡3

恵那峡4

ここは昔は陸地だったとか。

恵那峡は元々木曽の奥地、急流も急流だったのですが、ダムの建設により人造湖ができ、木曽の流れを大幅に緩やかにすることに成功しました。

それはおそらくいいことだったのでしょうが、やはり歌に詠われるほどの激しい急流だったころの木曽川を見てみたかったですね。


恵那峡5


虚無僧に似ている(?)から虚無僧岩。

いくつもの岩が積み重なるようにしてできた奇岩です。

この峡にはこういう奇岩が多いです。特徴でしょうか?


恵那峡7

こちらにはひとの顔に見える奇岩が。

でも、獅子に見えるから獅子岩というらしいです。

自分には獅子よりリーゼントのにーちゃんに見えるのですが(笑)。


恵那峡8

山の中腹にもなんだか奇岩が。

二つ並んでいるから双子岩らしいのですが、並んでいる岩というのはけっこうたくさんあるような。

ここからだと小さいですが、側に行くときっと大きいのでしょう。


恵那峡12

段々岩の地帯。

山のあちこちにブロックのような岩の柱があります。まるでスーパーマリオみたいです。

稜線のあたりにある岩は、空を指さしているみたいなので天指岩。天…けっこう安直なネーミング多いですね、この恵那峡。

なんか今にも崩れそうですが、あの体勢でずっと長いこと佇んでいるのでしょう。


恵那峡13

今はすっかり穏やかになってしまった木曽川。奥の方まで続いています。

とても色鮮やかとはいえない両岸の光景ですが、空と雲とのコントラストが綺麗です。


恵那峡14

ここなんか岩の間に向こうが覗ける穴が開いています。面白い石積みです。

石が積み重なってこうなった…のではなく、元々あった大きな石が削れていって、こんな風に重なった石組みのようになったのでしょうか?

ちょっとどちらだか分かりません。

なお、品の字に似ているから品の字岩というらしいです。

これまた分かりやすいネーミングですが、これについては岩の印象とばっちり合っていていいと思いました。


恵那峡15

ここがクルージングの終着点です。

ここから引き返して、元の場所に戻ります。

ここにも橋があります。源済橋でしょうか? 新美恵橋でしょうか?

恵那峡の橋はどれもこれぞ橋というような懐かしい形をしています。


恵那峡16

戻ってまいりました。

こうやってみるとけっこうホテルとかありますね(バス停からここに来る途中にも国際ホテルという大きなホテルがありましたし)。

まだ時間があるので少し峡を歩き回ってみます。


恵那峡17

傘岩という岩がありました。

傘というよりキノコの一種に見えますが。

それにしてもものすごく完成度が高い出来です。もちろん自然はそんなこと考えていないで、人間が勝手に似ているとか評価しているだけなんですが。


恵那峡18

こちらは千畳敷岩。

さすがに千畳はありませんが(笑)、巨大で広い一枚岩です。

上に乗ることもできますが、滑って転んで真っ逆さまに落ちていきそうでちょっと怖かったです。


恵那峡19

これがその千畳敷岩の上から撮った写真。

恵那峡が見渡せます。


恵那峡20

恵那峡21

近くにあった国際ホテルから撮った写真。

なにげに観覧車があります(笑)。

とりあえず子どもも遊べる場所=遊園地=観覧車ってイメージなのでしょうか?

恒常的に人が入らないと維持とか大変そうなんですが……。


さて、次は今回の旅行最期の地、妻籠宿に行く予定です。

2015.1.1

陶磁器の一種、美濃焼の産地である多治見にやってきました。


多治見1

土岐川にかかる多治見橋。

この茶色い塊は美濃焼の材料の土をイメージしているのでしょうか?


多治見2

日がだいぶ暮れてきましたが、陶磁器通りである本町オリベストリートにやってきました。

だいぶというか、とっぷりと暮れていますね。


多治見3

多治見4
そのストリートの中心であるたじみ創造館。

今日は休みですが。


多治見5

こちらはやっていました。織部うつわ邸。様々な美濃焼が展示されている工房です。


多治見6

多治見8

中はこんな感じ。

なんか美濃焼が奉られています(笑)。

やはり緑のお皿は目立ちますね。瀬戸焼でもありましたっけ。


多治見9

各工房別の展示されているようです。小物の作品が多いですね。


多治見10

こちらは土の色を生かした作風でしょうか?

きれいな形の器が並べられていました。


多治見11

ちょっと写りが悪いですが、展示方法としてはこんな風に机別に作品が並べられている形です。


多治見12

窯別に並んでいます。やっぱり作風があるようです。

この窯は白と緑を多用しているようです。これもきれいですね。


多治見13

こちらは…なんだかようと不明な山のような物体があります。山?


多治見14


この邸の由来ともなっている、かの有名な古田織部の作品がありました!

織田信長時代の織部流の開祖にして焼き物の大家と呼ばれる伝説の人物なのですが、こんなところにその作品がポンと置かれていていいのでしょうか?


多治見15

一方でこちらは実用品が。

土鍋とかずらりででんと並べられています。

美濃焼というだけで料理がおいしく感じられるような気がする自分は騙されやすい人間です(笑)。


多治見16

こっちは白を基調とした作品群です。


多治見17

2階に上がりました。

ここも実用品のコーナー。

ティーカップとグラスがたくさん並べられています。

…自分には善し悪しが分からないです。

奥の方にひな壇のように積み上げられているのは、なにか由来や呪いの類いがあるのでしょうか?


多治見18

ここも2階。

こちらもきれいに並べられています。

なんだか料亭の食膳みたいな雰囲気ですね。

ここまで見てきたのですが、おなじみ美濃焼でも高い安いの違いがある事が分かりました。

そして、けっこうここではランダムに並べられていることも(笑)。


多治見19

…光が反射してしまって分かりませんが、これなんて実用品でありながらかなりの値打ちものです。


多治見20

こっちはショーケースに入れるぐらいの価値がある作品が。

…個人的にはさっきの古田織部の作品のほうがとんでもなく価値があるような気がしますが。


多治見21

織部うつわ邸を出ると、完全に日は暮れてしまいました。

ここが美濃焼の店が集まるオリベストリートです。

とはいえ、暗くてただの商店街にしか見えませんが。


多治見22

帰りに通ったさっきの多治見橋。

日暮れ前とはまったく別の姿を見せてくれます。

照明がぼんぼりみたいな形で綺麗でした。


明日は恵那峡に行きます。

2015.1.1

谷汲山の帰り道、樽見鉄道に乗りました。


樽見1

この鉄道から見える光景がなかなかの絶景でした。

雪の中を突き進む鉄道です。


樽見2

樽見3

谷汲口から一度終点兼始発の樽見駅へ。

なにもかもが雪に埋もれています。


樽見4

樽見5

樽見の街はこんな感じ。

吹雪に霞む太陽が最果ての地観を漂わせています。


樽見6

樽見鉄道に乗って長野の奥地を走ります。

体感的には木曽福島よりもよっぽど山の中です。


樽見7

氷が張っているか張っていないか微妙な具合の川。

寒くても流れの速さ次第では凍らないんですよね。


樽見8

雪煙の雪原。

何もかもが真っ白な中の水墨画の世界です。

なんだかロードムービー的な雰囲気を醸し出しています。


樽見9

言い忘れていましたが、運転席から前が見えます。


樽見10

雪の中の鉄橋。

鉄道開設初期のころのような光景がここにあります。

絶景に次ぐ絶景ですが、外はものすごく寒いんだろうなと思ってしまいます。


樽見11

樹氷がすごい。

川に氷が流れています。やはり凍りかけなのでしょうか。


樽見12

どこもかしこも絶景なんですが、ガイドブックとかにはあまり紹介されていませんよね、ここ。

というか、駅では樽見鉄道の存続運動の看板が立っていました。採算がとれないのでしょうか?

たしかに沿線住民の乗車率では採算がとれないでしょうから仕方が無いことかもしれませんが、こんなに美しい光景があるのになんだかもったいないですね。


樽見13

ここは雪のないときにはどんな場所なんでしょうか?


樽見14

雪山。

雪がなくなったときの光景が分からないほど完璧に雪山になっています。

びっしりとした樹氷が怖いくらいです。この木が一本一本、春になるとまた緑になるとは信じられません。生命力の強さを感じさせます。


樽見15

山と川と樹氷。

素敵な一枚絵です。

けっこう川をまたいでいくことが多いのは、ここが山奥で支流が多いからでしょうか。


樽見16

こちらも絵になりそうな山と駅舎の風景。


樽見17

樽見18

樽見19

なんだかどこもかしこも見所過ぎて大変です。

本当に素晴らしい電車でした(運行は大変でしょうけど)。


なお、ここはこんなに大雪なのに、次に行った多治見ではまるで無くなっていました。

岐阜ってすごい……。

2015.1.1

岐阜にいたときから雪なので覚悟はしていましたが、谷汲はさらに積もっていました、


谷汲1

谷汲2

谷汲3

なんか雪が降りすぎて、雪かきか凍結防止がされている道路との落差が激しいです。

道路脇の雪は膝まで潜るほどでした。


谷汲4

これが谷汲山です。

華厳寺に向かう大きな参道に大量の雪。滑りやすくて大変でした。


谷汲5

こんな雪の中でも屋台を出している人たちが。

根性ですが、その根性はなんの役に立たない気も。


谷汲8

山を登って谷汲山の華厳寺に向かいます。両脇には樹氷が立ち並んでいます。

ほとんど雪中行軍です。


谷汲9

やっと華厳寺に着きました。

ここも凍えています。参道を相当な距離歩きました。


谷汲10

境内から。

あたり一面雪景色。樹氷だらけ。

樹氷を売りにしている地域よりもずっとすごいのではないでしょうか。

でも、足元がものすごく滑りやすいので注意です。

このあと、また長い距離を歩いてバス停に戻り、多治見へ向かいました。

2015.1.1

今年の初詣は岐阜に行きました。


岐阜1

岐阜2

明け方にかけて雪が、というよりブリザード気味になってきました。


岐阜3

そんな中、金華山に登って初日の出を拝もうと思いましたが、当然のように雪しか見えません。

というか、日の出はおろかどっちが東か西かも分かりません。

結局、このままの状態で日の出になり、何となく居合わせた人たちであけましておめでとう的な感じになりました。


岐阜5

せっかくなので岐阜城にも来ました。


岐阜6

こちらも真っ白に雪が積もっています。

足元が滑りやすくて大変でした。


岐阜7

岐阜城から周囲を見回すとこんな感じです。

ブリザードで真っ白状態。

雪煙で霞んで何も見えません。

一応、こっちが東で日の出の方向なんですが……。


岐阜8

下を見おろすと、雪の中にかろうじて二の丸(?)などが見えます。

これはこれで美しい光景です。実際に見ていると身体中がかじかみますが。


さて、神社をハシゴというわけではありませんが、次は谷汲山に行こうと思います。