2015.1.3
妻籠の散策はまだまだ続きます。
今度は本陣のほうに行ってみました。
なお、この本陣を取り仕切っていたのは、有名な作家の島崎藤村の親戚筋に当ります。
藤村自身は馬籠宿の本陣を預かっていた家系で、庄屋も兼ねていました。
馬籠の島崎家と妻籠の島崎家は極めて近しい親戚同士で、江戸時代中にも結婚や養子縁組、長期滞在などの往来が頻繁にあったそうです。
本陣入口。
脇本陣でも聞きましたが、こっちの本陣のほうは再建されたものです。
中はこんな感じです。
再建されたと聞かされているからでしょうか。なんだか新しい感じがします。
こちらも中に建物のジオラマがありました。
やはり小さな部屋が連続する構造です。
古タンスが並んでいます。なんだかちょっと面白い構図です。
こっちには長櫃があります。
今はもうどれほどの家庭にこんなものが残っているのでしょうか。
透明ケースのほうがずっと楽ですから。
良くも悪くも時代の流れですね。
こちらも庭を。
脇本陣と違ってコンパクトにまとまっている感じです。
池が四角いですね。ちょっと不自然で趣がないかも。
脇本陣・本陣の他にも開設当初の郵便局も資料館として残っていました。
まあ、街自体が色んな時代をごった煮にしたような歴史遺産のようなものなんですが。
郵便局前の黒い郵便箱がいにしえ(笑)の雰囲気を醸し出しています。
天然記念物のぎんもくせい。
こういうのは街一番の大きな樹がシンボルになってしまう傾向があるようです。
ここからは枡形の跡。
進軍を妨げるためにわざと道を四角(この場合は四角というより二又ですが)にしたそうです。
徳川家康、用心深いですね。
枡形の入口を示す石灯籠です。
石灯籠の位置から枡形の道を見下ろすとこんな感じ。
ここは妻籠でも最も古い家屋が残っている通りです。
枡形を降りてくるとこんな風な景色が。
右に古い街並み、奥にはまた上って本筋と合流する階段が見えます。
ここが妻籠の一つの見所になります。
まだ、妻籠に関するあれこれは続きます。




































































































































