釧路湿原の大蛇行です。
ここを越えてたどり着いた駅で……。
この列車に乗って再び釧路湿原に旅立ちますw。ノッコロ電車というそうです。
はるか彼方に見えるのが釧路水門です。
そして辿り着いてのが釧路湿原駅。ぶっちゃけ、観光用の駅です。作りに趣があって、いかにも観光用ですw。
駅から少し(だいぶ?)登ったところにある観光休憩所にあった石炭。
そして……
これが釧路湿原です。
草原に見えるところは湿原で、湿原を「海」と見立てると、所々に「島」である通常の平地が盛り上がっています。
写真では伝わりにくいと思いますが、貴重な自然の光景です。
しかし、残念なことに、この広大だった湿原も年々減少し、「陸地」に置き換わっているとか。
原因は気象の変化もさることながら、人間の活動、釧路の開拓による拡大化や畜産業の発達による牧草地への転換が主な原因だとか。
世界でも有数の貴重な湿地帯(生物の多様性では草原よりも上)が、消えていくのは悲しいことです。とはいえ、ここに来るまで乗った電車や、便利な街の発展などを非難するのは身勝手というものでしょう。自分もお肉を戴いて生きているわけですし。
しかし、そのエゴが豊富で可能性を秘めた自然を奪っていく……保護活動や自然愛護以前に、多用な自然体系が失われると、それだけ環境の「弾力」というものが無くなるわけですから、もし万が一の急激な環境変化があった場合、地球(人間含む)はどうなってしまうのだろうと、バクzねんとした不安を抱えてしまいます。
自分が死ぬときまでに、この湿原はあるのだろうか? そういえば、アマゾンの原生林破壊は? やがてジャングルという言葉自体、過去の遺物になるような、無機質な時代が来るんじゃないだろうか? そのとき、人間は本当に幸せや充実を感じて生きていられるのだろうか? 心震わせるような躍動を感じることはあるのだろうか? いや、そもそも今の自分たちが精神的な意味で昔より満足を抱えて生きていると言えるのだろうか?
狭まりゆく原風景を見るたびにそんなことを考えさせられます。それを「観光」で楽しんでいる自分なのですから、業の深さは極まれりですね。
これは帰りの電車だったかな? すでに廃線になった電車だったかな?(記憶があいまい)
これは帰りの電車から撮った写真です。先頭車両ですよ。
こうして、今回の旅の三大目的地、コンプリート。
釧路湿原も素晴らしいところで、ピクニックにはもってこい(悪い言い方?)だったんですが、こういう残された自然の課題はたいがい共通で、人間の生活域との競合ということになるので、暗い気持ちにもなってしまいます。自然は惜しいが肉は喰いたし便利な生活も憧れだし、というところでしょうか。難しいですね。でも、難しい、難しい、あるいは、どうせ結論なんて出ない、なんて言ってられない段階にすでに来ているのかも……。
地球を道連れに自滅。シャレになってないですね、ホント。
さて、これで洞爺湖・襟裳岬・釧路湿原と、今回の旅の三大目的を果たし、北海道南部を抜けて東部に至る旅はひと段落したわけですが、せっかくここまで来たのなら、三大湖にも寄りたいところです。というわけで、まだまだ続きます。