日本三大瀑布の一つと言われる袋田の滝に行ってきました。

華厳の滝、那智の滝と比べると、知名度は落ちるかもしれません。


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ここが袋田駅。袋田の滝への出発点です。

駅舎もなんだかウッド様式でしゃれた感じです。

でも、着いたのが夕方でとにかく寒かった。


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空けて翌日。袋田の滝にやってきました。

滝見物用に対岸に設けられたこのトンネルをくぐり、いざ見物の旅へ。


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内部の天井はこんな感じ。

なんだか古いトンネルとか建設途中のトンネルを思い出させます(笑)。きっと突貫工事だったのでしょう。


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そして、トンネルの先の望滝台から見えた袋田の滝。

四段構造になっている滝が、冬の寒さで凍り付いています。

大きな滝なので、全部は入りきらないですが、この雄大さが伝わるでしょうか。

でも、この凍った滝の光景は、やはり瀑布という派手派手しさはないですね。

もっと凛とした感じです。


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さらに別の展望台から。

正面から見ることができました。

純粋に綺麗です。

凍った割合は6~7割とのこと。

凍てついた自分の上をさらに流れる滝の光景は、絶景に相応しいです。


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さらに展望台を上にあがると(展望台のほうは2段構造です)、また別の光景が広がっていました。

木々の合間に垣間見える滝の風流です。

袋田の滝は四季折々に来ないとその真の良さが分からないと言いますが、なるほど、この木々が新緑の頃に来たり、紅葉のときに来たりするのも楽しそうです。


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帰り道。

滝壺から凍った氷が一部流れてきています。

シガと言うらしいです。

川は凍っていないのに、滝は凍るんですね。

滝のほうが落下するときの運動エネルギーで熱を放出するから、なんでしょうか?(学生の頃の物理で習ったような……)。

動きが激しい滝のほうが凍りやすいなんて、なんだか不思議な感覚です。

袋田の滝が夜にはライトアップされるとのことなので、また来てみます。

去年の冬……というか、去年の年末と今年のお正月休みなんですが、関東の北の方をうろうろしてきました。

その時の記憶です。


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常陸大宮の駅舎です。

ええと、発作的に降りてしまいましたけど、降りてから分かりました。ここには特になにも無い(笑)。


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駅前のメインストリート。シンボルタワーが故障中です(笑)。


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常陸大宮の全図。

大合併で誕生したせいか、地理的には遠隔地の集合体といった感じです。

温泉施設が多いのは、実はベッドタウンだから休日の娯楽に、ということなんでしょうか?(勝手な想像)

日立市が近いですから。


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常陸大宮タワー?

一戸建てが延々と続く光景は、ある意味壮観です。

今年の冬はこんな感じで茨城と栃木(日光方面)を回ってきました。相変わらず思いつきのぶらり旅です。きっと有名な観光地とかではないでしょう(笑)。

久しぶりの更新です。

秋なので紅葉狩りに行ってきました。

寝坊したので午後から…必然的に夕方~夜の紅葉見物になってしまいましたが。


行った場所は伊勢原にある大山寺です。阿夫利神社も一緒になっていますが、紅葉で有名なのは中腹にある大山寺のほうです。
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大山ケーブル行きバスの終着点です。

ただ、ここからケーブルまでがけっこうありました……。


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参道?のそばにはこんな川が流れていました。けっこう急流です。


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参道はこんな感じで、道に立ち塞がるように(笑)、土産物屋やお食事処があり、ここをくぐり抜けなければ大山寺ケーブルには辿り着けません。

あと、道の脇には旅館や民宿が多かったです。泊まりがけで登山に来る人が多いのでしょう。


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とっぷり日は暮れてしまいましたが、これが中腹にある大山寺境内からの名物の紅葉道です。

実際にはライトアップしていて美しかったんですが、フラッシュで相殺されて地味になってしまっていますね…。


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大山寺境内にあったかわら投げの願掛け?場所です。


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見えるでしょうか?

見えません…よね。

さっきの場所の下の方に輪っかがあって(ちょうど木の陰のあたり)、そこに入れればいいようです。

ちなみに、自分の前にやっていたカップルが見事的中させて周囲をどよめかせていました。

もちろん自分はハズレでした……。


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再び紅葉参道です。


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これは参道をくだって下から見上げた紅葉通りです。

なんだかクリスマスが先に来たような光景で見とれてしまいました。

例によって例のごとく、デジカメだとうまく撮れていませんが……。


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帰り道は明るいんだか暗いんだかわからないライトアップをされた道を通って帰りました。


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ケーブル駅に向かう道のそばにあった紅葉の木…って、なんだか変な表現ですね。


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そして、上にある(正確にはこっちこそが本当の中腹で、本堂はもっと上)阿夫利神社の下堂にやってきました。

寒いので境内でガンガンとたき火が燃えています(笑)。


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紅葉狩りとしては下にあった大山寺こそが本命なので、こっちの阿夫利神社では数本が立っているだけです。

でも、これはこれでなかなか風情があっていいと思うのですが。


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こちらは別の紅葉です。真っ赤です。

闇夜に映えていい感じです。


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各所に点在する紅葉。

大山寺のような華やかさはありませんが、また別の趣があります。


そして、山をケーブルカーでくだって、下で食事を取って帰りましたとさ(笑)。

大山寺に阿夫利神社。

長い長い山道に沿うように、いろいろな見所のある山寺でした。

日帰りになってしまいましたが、やはりここは泊まってじっくり山登りするところかもしれません。

水戸光圀の隠居先として有名な常陸太田の西山荘に行ってきました。

時刻が夕方だったので、ちょっと不安でしたが。


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西山荘の庭園。

とても広い庭です。


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池の上に橋が渡されていて、そのところどころに植え込みがあります。

なかなかセンスのいい庭です。


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光圀が好んだ梅だとか。

季節でないと、ただの木にしか見えません(笑)。


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やはり、というか、残念ながら、というか、やはり西山荘自体の入場時間は過ぎてしまいました。やっぱり見切り発車はいけませんね。

これは入場門のところから垣間見た中の様子です。

あの、ほんのちょっと写ってるところが西山荘でしょうか?(ただの管理施設だったりして)


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西山荘近くにも池がありました。

林に隠れるようにしていたので、はじめは気づかなかったほどです。

そういう風に意図して作られたのでしょうか?


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駅に戻ってきました。

これは駅に置いてあった雲母石です。

なんだか日立鉱山を彷彿とするような(笑)。



南に北にと忙しかった八月末の茨城旅行(一部千葉旅行)はこれで終了です。

次は、ちょっと間が空きますが、紅葉のころ(10~11月)に更新する予定です。

なんか格好いい名前なので、十王に立ち寄りました。


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妙に近未来的な十王の駅。

……ジオ・フロントですか?


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駅前は普通な感じ。

植木の立て方がちょっとおしゃれ?


……特に心の胸腺にかかるような場所が無かったので(現地の方、すみません)、取って返して常陸太田に行こうと思います。

企業名で有名な日立の街に行ってみました。

企業名が街の名前になったと思っていましたが、実際は逆な様で。

日立鉱山(銅山)があったから、それを元手にした企業の名前を日立にしたんだとか。


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さっそく駅前に謎の(笑)装置の見本があります。

巨大送風機でしょうか? 知識が無くて申し訳ない……。


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ここが目的、日立鉱山の記念館。

日立駅前からバスに乗って記念館前で下車。

予想以上に山奥でした。

山なので霧がかっています。というか、小雨状態です。

今回の旅行は、本当に山と雨がペアで訪れました。


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記念館らしく、採掘時の施設が残ってます。


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昔、銅山だったころの記念物。

記念館は思ったよりもずっと小さく、あっという間に見終わってしまいました。

ちょっと物足りないです。


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日立駅のホームから見た海。

ここからの海と線路のコントラストは名物の一つだったそうですが、ここも大災害にあったと思うと、少々怖く感じます。

日立では製造していた車1000台以上が炎上したということですが、その火災が起こったのもこの海岸線付近なのでしょうか?

いまではそんなことを感じさせない静かな海岸線が、何事の無かったかのように続いているだけです。

あ、たしかにこの対比は美しいと思いましたが。



実は、後で知ったのですが、日立鉱山にあった大煙突が名所のひとつだったそうです。

バスに乗っている途中で見れたようなのですが、見逃してしまいました。残念です。

でも、雨が降っていたし、知っていても見れなかったかな?

翌日。

駅に向かう途中。
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昨日は気付かなかったのですが、地震の傷跡です。

煉瓦造りの歩道がひび割れたり盛り上がって波打っていたりしました。

主要な部分は(福島などいまだ深刻な地域を除いて)復旧に向けて動いているのかもしれませんが、細かいところの傷跡はまだまだ深く、時折、はっとさせられます。

土浦から水戸を回って南下し、鹿島神宮までやってきました。

ものすごく時間がかかりました。


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ここが鹿島神宮駅。

ついたときにはすっかり夕方です。


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いきなり鹿島神宮を目指す案内標示塔です。

鹿島神宮駅というだけあって、鹿島神宮絶賛押しです。


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あと、塚原卜伝生誕の地とかで(ぜんぜん知りませんでした)、こちらも絶賛キャンペーン中でした。


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塚原卜伝像。

マンションの正面にあるのがシュールです。


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拡大すると、背景との対象がより際立ってシュールです(笑)。


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駅から上がった鹿島神宮に続く道。

森化しているのが鹿島神宮です。


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鹿島神宮の入り口です。

ここからでは全貌どころか楼門さえ見れません。


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しばらく歩くと、楼門が見えてきました。

あそこからが、いわば本当の入り口です。


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それからもけっこう歩いて、やっと楼門到着。

でかいです。

純粋にでかいです。

でも、ただでかいだけでなく、どっしりとした構えです。

建造物には詳しくないのですが、けっこうな名築なんではないでしょうか?


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本殿(拝殿?)正面。

実はここまで本当に人と出会いませんでした。

8月下旬で時期はやや外れているし、時刻も夕暮れという時刻ですが、それでも少なすぎます。

神社自体が広いので、よけいに閑散とした印象を受けます。というか、「無」とさえ思えます。

ただの偶然の可能性もありますが、もしかしたら原発事故の影響かもしれません。


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拝殿でお参りした後は、その裏に回って要石と御手洗池を目指します。

広い道の両脇には鬱蒼とした森。

これぞ神域というのかもしれませんが、自分には正直、孤独感というか無人の寂寥さが増したように思えました。

(勘違い無いように書いておきますが、本当にまったく人がいないわけではありません。数人とはすれ違ったり行き違ったりしました)


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裏参道(勝手に命名)の入り口にあった石灯篭にはこんな注意書きが。

震災の影響が如実に出ています。


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奥殿の様子。

ここから要石と御手洗池のルートに分かれます。

まずは、要石を。


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要石への参道の途中にあった石碑。

擬人化された要石が巨大なまずを押さえつける構図が描かれていました……。


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石碑は中間地点で、その後も森が続きます。

昔は、こんな森のほうが多くて、人間の生活領域のほうが限られていたのでしょう。

それが今では鎮守の森として区切られた地域に残っているだけだったり、都市に分断されながら自然保護区としてかろうじて存在していたり……。

豊かな文明の代償…というと交換したみたいで語弊があると思いますが(純粋に等価交換されてきたとは思えない…時には失った自然以上の恩恵を得たことも、時にはまったく無意味な開発になってしまったこともあったと思われるため)、いつの頃からか人間とそれを取り巻く自然という環境が主客逆転して入れ替わってしまった事実に、ちょっと慄然とします。


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そして、やっとこさ要石のある場所にたどり着きました。

鹿島神宮の入り口から考えると、相当長い道のりでした。


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ここが要石が祭られている場所。

真新しい石鳥居がコンクリ製でとても丈夫そうです(笑)。


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そして、これがその要石。

地上に出ている部分は小さいものの、地中深くまで延びており、しかも深くなればなるほど巨大化していき、伝説では大地の底にいて地震を起こす大なまずを抑えていると「言われていました」。

その巨大さは本当であり、水戸光圀が掘らせたところ、一週間かかっても底が見えなかったとか(水戸黄門さん、やっぱりアグレッシブなひとです)。

……しかし、大震災は起こってしまいました。神無月でもない3月に。

もちろん、伝説は伝説だと大半の人間は割り切っていたと思いますが……。

それでも大見得を切って威風堂々と大旗を掲げたところ、あっさり覆されてしまったような居たたまれなさを感じます。

神聖に崇めていたものが急に価値が無くなり、まったく変わっていないはずなのにみすぼらしく感じてしまうような、あの感覚が。


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要石を参った頃には、とっぷりと日が暮れてしまいました。

書くのを忘れていましたが、セミの声がすごいです。

8月末のせいか、時間が経つにつれ、ミンミンゼミからツクツクボウシ、ヒグラシと優勢なセミの声が移り変わっていき、あのなんともいえない夏の終わりのノスタルジーを感じさせてくれます。

子どもの頃の夏休みの記憶と結びつき、夏の終わり・8月の終わりに郷愁的なものを感じ、たまらない叙情を覚えるのは日本人特有の感覚なんでしょうか?


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先ほどの奥殿まで引き返してきて、反対側に向かいます。

こちらも獣道とはいいませんが、夕暮れの中で歩く森は自分が思っている以上に視界が悪く、先行きがわかりません。


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御手洗池に到着しました。

みたらし、と読み、みたらし団子の発祥の地になったとか。


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これが御手洗池です。視界悪いですが。

なんと、四方すべてをコンクリで固められていて、まるで人造池のようです。もちろん、形も真四角です。おそらく、池底は元のままで水が湧き出しているのでしょうが。

神聖味というか有り難味というかに欠けている気がします。水は澄んでいるのでしょうが、ちょっとこの状況にびっくりです。


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ちょっと面白かったのが、この支え木。

巨木と化した池の周囲の樹木の枝が、池に垂れ下がったり突っ込んだりするのを防ぐために支えになっています。

みだりに切ったりしないのは、やはりここが神社だからでしょうか?


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古くからある神宮なので、垂れ下がる枝ぶりも尋常ではないスケールになっています。当然、それを支える支え木も立派なものです。

頑丈でどっしりとした、これだけで十分奉納物になるんじゃないかと思えるほどに大した物でした。変に装飾もついていない、実用一辺倒なところも良いですね。

……って、自分、なにただの支え木を賞賛しているんでしょう(笑)。


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池から生えて、池の上を覆った枝の落下を防ぐ支え木には、こんな足長のものもあります。

みんな鳥居の形をしているのはやっぱり神社だから? それとも偶然?


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こちらは特に太い支え木です。


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奥まで行って、そこから御手洗池を撮ってみました。最初に撮った場所とは池を挟んで反対側になります。

暗いところから明るいところのほうに向けてのほうが、写真映りがいいですね。

支え木が池から生えているのが分かるでしょうか?

あと、池淵がコックリ固めになっているのも(笑)。


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この後、池の奥で湧き水を飲み、そばの茶店で一休みしてから帰りました。


昔は神宮の門前町といえば、一種の観光地と歓楽街を兼ねて賑やかだったと訊きますが、今の鹿島新宮の町は、鹿島本町に対するベッドタウンの住宅街と落ち着いた神宮の町という趣を発しており、静かなものでした。

ここに一泊してから、明日は再び北上し、茨城北部の日立や常陸を目指します。

土浦市に大きく横たわる霞ヶ浦。

関東でも有数の巨大湖です。

かつては汽水湖……というよりも、海の一部といったほうがいいぐらいだったとか。


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霧の霞ヶ浦……ではなくて、小雨が降っているだけです。

間違いなく巨大な湖なのですが、周囲が都市部なせいか、手狭な印象を受けます。

向こう岸にビルとか見えたりするせいでしょうか?

そういえば、昔は新宿にも水場があったとか。

スケールは小さいものの、こんな感じだったのでしょうか。


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水は……緑色です。

すごく……汚いです。

生活排水でしょうか?


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雨が晴れてきました。

湖岸がずっと整備されていて、自然の面影はありません。

仕方が無い理由があったのでしょうが、コンクリートで完全に両岸を固められてしまった川の続きのようで、なんだか不安を感じさせます。

もっとも、広い湖ですから、都市部である土浦市を離れれば自然岸の地域もたくさん(むしろそっちのほうが多い)ぐらいなんでしょうが。


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ポートの一部。

船の大群がラッシュです。

湖岸にびっしりと並んでいます。

思えば、まだ船が最速の交通手段だった頃は、近代と近世の違いはあれど、こんな雰囲気だったのでしょうか?

いまでこそ当時(江戸時代頃?)の船着場の風景は牧歌的に思えますが、当時の人にとっては、今の自分のように造られた人工物な光景に思っていたのかもしれません。完全に憶測ですが。


残念ながら、霞ヶ浦は名所というより完全に生活水域という感じでした。自分の行ったタイミングが悪かったのかもしれませんが。

でも、それだけ生活に密接しているのかもしれません。

人間の生活に密着すればするほど汚れていく……当たり前の方程式ですが、なんだか考えさせられます。


さて、この後は霞ヶ浦をぐるりと大きく北に回りこむ形で水戸まで出て、そのあと反対側を南下して鹿島神宮に向かう予定です。

改めて考えてみれば、それほどでっかい湖だということですね。


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筑波山から離れたら、ものすごい上天気になりました。

つくばエキスプレスのみらい平駅からバスで間宮林蔵記念館入口まで来ました。

師匠の伊能忠敬の記念館に行ったので、こちらにも参っておこうと思ったのです。

ところが、降りていくら周囲を見回しても、何もありません。まさに「何も無い」がある、状態です。

記念館はどこ?

抜けるような青空と夏らしい入道雲の下で、とぼとぼと数十分間も探し回りました。


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やぁっとたどり着いた間宮林蔵記念館。

入口のバス停からかなり外れたところにあったんですが…いまだによく発見できたものだと思っています。


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中は撮影禁止なので、入り口を撮影。

けっこう立派です。街道から外れた見つかりにくいところにあるくせに。


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記念館前の間宮林蔵像。

わりと小柄です。


……なお、帰るのも大変でした。