24.12.30
湯檜曽。
本当にひなびた温泉といった風情の湯檜曽です。場所的には水上温泉郷の一部になります。
雪が積もった山間にひっそりと、民家が数軒建っている。そんなところが湯檜曽です。
豪雪というほど大量ではありませんが、それでも十分積もっています。
ここは珍しいループ線の駅で、上の線路を通っていた電車が下のトンネルから出てくる光景が見られるのですが、うっかり時間を計り間違い、見逃してしまいました。残念。
この山間の隠れ里の次は、こんにゃくとネギの産地、下仁田に向かいます。
24.12.30
湯檜曽。
本当にひなびた温泉といった風情の湯檜曽です。場所的には水上温泉郷の一部になります。
雪が積もった山間にひっそりと、民家が数軒建っている。そんなところが湯檜曽です。
豪雪というほど大量ではありませんが、それでも十分積もっています。
ここは珍しいループ線の駅で、上の線路を通っていた電車が下のトンネルから出てくる光景が見られるのですが、うっかり時間を計り間違い、見逃してしまいました。残念。
この山間の隠れ里の次は、こんにゃくとネギの産地、下仁田に向かいます。
2012.1.29
越後湯沢到着。
ここから引き返して、今日は湯檜曽に泊まる予定ですが、その前に駅を散策。
構内がショッピングモールになっています。かなりでかい街状態です。寒い地域だと大きな建物に施設が集中する傾向がありますね。
これが越後湯沢の駅からの写真。太陽が眩しい。
頑丈な造りの駅です。
駅構内にあったショッピング街。
さすがというかなんというか、入った瞬間酒の匂いがしました。
写真に取り忘れましたけど、あっちこっちに酔っ払ったサラリーマンの人形が置いてありました(笑)。中には酔いつぶれて突っ伏しているのとかも。すごい街のアピールです(笑)。
歩いているだけでお酒の匂いで酔いそうです。
この奥の温泉につかってから、湯檜曽に引き返して一泊しました。
お盆からお正月にかけて、色々と回ってきました。
水上から越後湯沢に向かってさらに北上。途中、清水トンネルを通りました。
「雪国」で有名な清水トンネル内部図(笑)。
ここは内部の土合駅です。
あの頃から新しいトンネルの開通や再編も行われて、もう国境の長いトンネルとは言えない状態ですが。
それでも抜けるとそこは雪国でした。スキー場が満載の谷川岳です。
雪に霞んだ谷川岳の山間の街。
一面の雪景色。
駅から直接スキー場に行ける場所も有りです。ここらへんはスキー場経済で保っているのでしょうか? そうすると他の季節は?
さすがに豪雪地帯。
いくつかの駅を通過して、列車は越後湯沢の駅に入ります。
11月24日。
紅葉狩りに震生湖に行ってきました。
小田急線秦野駅からバスに乗って震生湖へ。
震生湖経由のバスが到着から約2時間後まで来なかったので、畑中というところから歩いて行くことにしました。
けっこう歩いてここが入り口です。
紅葉と震生湖。
震生湖というのは、関東大震災のときに生まれた湖だから震生湖というそうです。
遠い昔のこと、には思えませんね。
ここいら辺では釣りをしている人もいました。ヘラブナとかが釣れるそうです。
橋を渡って別の湖面に。
陥没湖だけあって、意外なほどに複雑な形をしています。
ここには立ち入り禁止でした。
注意書きがなかったもので、うっかり立ち入ってしまいました。すみません。
赤く色づいているところとそうでないところのコントラストがくっきりとしています。
こっちのほうはまだ色づいていない…とは考えづらいので、紅葉する木が無いのでしょうか?
湖の奥から震生湖を一望。
あまりきれいな水ではないので沼のようですが、それでも静謐な雰囲気です。
夕方なので見にくいですが、ここも紅葉しています。
やっぱり赤く紅葉するモミジ(?)が中心のようです。イチョウのあの独特の黄色が見れないのは寂しいです。
おまけ。
帰りにあったミカンの木。
たわわに実って、すでに落ちているんですが、放っておいていいんでしょうか?
自然(野生化)のものではないようですが……。
8月26日の続き。
海水浴を楽しんだ後は、近くの水族館、油壺マリンパークに来ました。
昔は城ヶ島を見てからここに寄るのがここらへんの観光の定番コースだったとかですが(ウィキの情報)、今ではすっかり田舎の水族館状態になっていました。
この水族館の目玉、メガロドンの口の部分の骨格。
ペンギン山のペンギンたち。
……正直、見所はこんなところです。
水族館では世界のサメ展的なこともやっていましたが、まあ、ショーも含めて普通の小さな水族館の域を出ていなかったと(超個人的視点です)。
パークの中にはこんな乗り物もありました。
昭和の乗り物です。あと、ここは水族館です。
やや方向性を見失っているような……。
中庭から見た水族館の全景。
庭園のようになっています。でも、入場料を考えると気軽に来れるところではないですね……。
水族館の展望台から観た相模湾の光景。
海と、それにうち寄せる波と、それを受け止める緑の陸地はいつもきれいです。
こんな光景がずっと続くことを祈っています……。
裏庭には南国っぽい植物が植えられていました。繰り返しますが、ここは水族館です……。
きっと努力しているんでしょうが、節操が無いというかごった煮の印象を受けます。
向こうの方には町公園的な遊具が。
やっぱり方向性を見失っているような……写真は撮れませんでしたが、ビオトーブとかはけっこう立派だったし、地域の学校とも連携しているしと、減っていく(?)入園者を食い止めようと、あるいは地域コミュニティになろうと頑張っているようではあるのですが。
……そういえば、学生の頃、野外学習で誓うの施設とかに行くのが面倒くさかったことを思い出して、少し寂しくなりました。
これにて、更新が遅くなっていた夏の旅編は終了。
今度は紅葉狩りですが、すでに11月なのですぐそこですね(笑)。
8月26日。
昨日の三浦海岸がイマイチだったので、今度は油壺海岸に行ってきました。
晩夏の油壺海岸。
小さな湾状の海岸ですが、波は穏やかでなかなかいい感じです。
ここらへんのマップ。見切れていますが、左下にはいつか行ってみたい城ヶ島があります。
きれいな海。
この海岸は当たりでした。
小さいながらも賑わった海岸で、かといって雑踏というほど混ではおらず、ほどよい人出とでもいうくらいでした。
波も穏やかで、水もきれいで、夏の最後を満喫することができました。海の店も数軒ですが、よく整っていましたよ。
ただ、砂は熱かった。足の裏がやけどするくらいに。要・ビーチサンダルでした。
また来たい海です。
さて、せっかくここまで来たので、ちょっとこの後マリンパークに寄ろうと思います。
8月25日の続き。
というわけで、海水浴で三浦海岸に来ました。
暑いビーチに人が溢れてます。晩夏なせいか波が高い。
実はこの海、こうやって見るぶんにはきれいですが、砂や砂利が混じっていて、泳いでいたら耳の中に鬼のように砂が入りました。あとで耳かきしたら、じょりじょりと出てきたほどです。
うーん、この海はちょっと期待はずれかも。波も強くて泳ぐの大変でしたし。
明日でリベンジ。
夏の終わりの25日、海が見たくて久里浜に行ってきました。
南国街道ここにありといった装いです。
向こう岸に大都会の工業区が見えるところが久里浜です。
江戸湾を一望できるここが幕末に開港された理由がわかる気がします。
ペリー上陸の碑。
来たのは浦賀ですが、こっちに回されたそうです。
浦賀も当時は田舎の漁村でしたが、それよりもさらに辺鄙だったここに回すぐらいの発言権は幕府にもあったのですね。大騒ぎした末でしょうか?それともやられっぱなしで悔しかったからささやかな抵抗をしてみせたということでしょうか?
なお、目の前の浜では地元の皆さんが海水浴をしていました。
なぜ地元だとをわかるのか?
それはどこにも海の家がないから。
勝手な想像ですが、たぶん家から直接海に来ているんですね。だから、海の家が入らない。
バーベキューとか盛り上がっています。楽しそうです。地元のあんちゃんがだらだらと飲みながら楽しんでいる感じです。まさしく地元の海です。
なので、地元ではない自分は入れませんでした。念のために水着は持ってきたんですが、着替えるところがないので。
8月19日。
沼田市からバスに乗って伽葉山に行きました。
天狗だから赤い橋です(本当か?)
立ち昇る雲の下に見えるのが伽葉山です。緑濃い山です。
説明が遅れましたが、伽葉山は鞍馬山と並ぶ天狗の総本山です。ここの山の寺も、事実上、天狗を祭っているようなものです。
にもかかわらず、圧倒的に知名度は低いですね。やはり源義経効果はすさまじいです。
天狗の山の入り口です。
昔は人間もこちらの道を使っていたのかもしれませんが、今は人の通わぬ道となっています。まさしく天狗の通う道?
なお、すごい量の蚊がいました。蚊で膜ができているほどでした、しかも何重にも。
途中にあった仏塔。
ちゃんと今も現役で使っているのでしょうか?
もしかして、ただあるだけ・管理しているだけの建物となり、内情は天狗の住処と化しているのかも。
そして、山門。
ここを迂回して車用の道路を登って上の寺に行くこともできます。
というか、そうすべきです。
うっかり踏み込んでしまいました。後悔先に立たず、です。
廃道になり森に帰っていく真っ最中の山道を登ります。
はっきりいって、通行止めにしないと自分のような人間が迷い込み、怪我をしかねないほど危ない道でした。
まだ道があるように見えますが、すぐに森に飲み込まれていってしまいます。
腐りかけの橋。
メンテされていないようで、本当に乗ったら落ちるんじゃないかと心配しました。
この橋を渡ったことで、引き返すのが怖くて先に進むしかないチキンゲームに挑戦することに……。
道があるように見えますが、実はありません。
正確には雑草が生えまくっていまして、もはや道と呼べるものではありません。ちゃんと管理…してませんね、これは。
最後の木橋。
腐り落ちかけています。
まったくもって腐り落ちかけています。
水をいっぱい含んで、しかも苔むしているので物凄く滑りやすいです。
というか、滑って転びました。細心の注意を払って渡ったにも関わらず。
途中で落ちるんじゃないかと心配しました。それほどまでに問題ありの橋です。
ここ、登山道として開放しているんですが、危険なので整備しきれないんなら早々に通行止めにした方がいいと思います。切実に。
やっとゴールに辿り着きました。本当に怪我がなくてよかったです。最悪、人の来ない場所で足でも折って動けなくなる心配もありましたから。
荒れ果てた山道とは打って変わって整えられた山寺。ここが本堂ですが、目的は別にあります。天狗の寺ですから。
大天狗面。
天狗です。超天狗です。
下駄もあります。
圧倒的な迫力です。
ここが天狗寺といわれる所以の天狗面です。
この天狗面は祭りの際には貸し出されて女御輿で担がれたりするらしいですが、普通に置いてあるだけでも変な威圧感があります。
なお、ここでは小さな天狗面を貸し出していまして、その年の願い事が叶ったらもっと大きいものと、叶わなかったら同サイズのものと、交換する制度(?)があるらしいです。
……そうやっていると、毎年来るサイクルになりますね。計算高い?
青少年研修道場。
構内にあった施設です。
地元の学生たちが校外学習(修行?)に使うらしいです。
そして、ここにもでっかい天狗面。
……超個人的意見ですが、人里離れて集団生活しても、それで何かを学べるとは限らないと思うのですが。ようは心がけの問題で。
それとも、こういうところに来るという行為そのものが精神修養に繋がるというのでしょうか?
少なくとも自分が学生の頃はそんなことはありませんでした…ただひたすら面倒だったような記憶が。
奥の御堂に来ました。中峯堂というらしいです。
ここがこの構内で一番奥の、すなわち一番高い場所にあるお堂です。
山を登ればさらに別のお堂やらがあるようですが(この山自体が霊山で信仰対象ですので)、さすがにそこまでは行きませでした。
中峯堂から見下ろした光景。
山山山、森森森、緑の生命に溢れています。
しかし、あまり霊山という感じはしません。あまりに生命力に満ちあふれているからでしょうか?
ここは御籠堂?
けっこうあちこちにいろんな施設があって、どれがどんな役割をするのかよく分かりません(笑)。
一応、案内図はあるのですが。
山全体の案内図です。他にも色々見所はあるようです。時間があれば行ってみたいところではありますが(あと、車があれば)。
帰り道は車道を通って。
もうあの参道はこりごりです。
やはり活き活きとした緑豊かで、霊山という感じはしません。
昔の人はこの山のあちこちに天狗が住んでいたと信じていたのでしょうか。
伽葉山は思った以上に風光明媚な山でした。天狗面も興味深く、行ってみてよかったと思います。
ただ、あの参道だけは……。
管理や整備修繕できないのは仕方ないにしても(お金も人員もかかりますし)、誰か重大な怪我をする前に通行止めにしたほうがいいと思うのですが。起こってからでは遅いですし。
人ごとながら心配です。
尾瀬編その4です。
ヨッピ吊橋につきました。
ここも木製の吊り橋です。
向こうに広がるのも尾瀬。どこまで行っても尾瀬。
これから来たるべき悪夢の象徴、それがこの黒雲。
ああ、この頃は花を撮る余裕がまだあったんだなあ。この先起こることも知らないで。
向こうは晴れ、こちらは曇り。分かるでしょうか?
降り出す間際の一瞬の光陰。この瞬間は感動するほどきれいです。
この後のことを思い出すと、とてもとてもそんなことは言っていられないのですが。
この刹那の輝きを煌めかせて(ちょっとかっこつけすぎで逆に悪くなった文章)――
降り出しました、雨が。
向こうは晴れているのに。
ずっと述べてきたように、遠近が壊れるぐらい広いのがこの湿原なので、向こう向こうとは言っても(あるいは見えていても)遙か彼方です。
木立に入りましたが、どんどん酷くなります。
しかし、こんなこともあろうかと、雨具が……。
忘れました。宿屋に。
最悪です(すべて自分のせいですが)。これが尾瀬でなかったら山登りで遭難していたパターンです。
場所はちょうど牛首の手前。行くも戻るもちょうど同じくらいの距離という、まさしく最悪のタイミングです。
仕方が無いのでずぶ濡れになりながら、山の鼻まで到達し、レインコートを買って帰りました。
山の天気は変わりやすく、一日中歩いていれば(特に気温が下がってくる午後は)雨に出会うのは当然とも言えるのですが、それにしても本格的な降りでした。
ずぶ濡れで不機嫌になってしまい、迷惑をかけた山小屋の人、ごめんなさい。ここはたぶん見ていないでしょうが、謝っておきます。
そんなわけで、準備していたにもかかわらず、まったく役に立たなかった自分の迂闊さを呪う次第です。
もちろん、こっから先は写真を撮っている余裕なんてありませんでした。
この雨さえなければ、尾瀬の名に恥じない最高の湿原だったんですけれどね。
尾瀬は、さすがに尾瀬でした。
有名になったのは、何も歌が流行ったからというわけではなく、実を伴っていたからだと強く思いました。
あと、準備はするだけでなく、ちゃんと確認もしようとも(トホホ)。
今回の旅行の目玉であり、(最後はともかくとして)とにかくきれいで楽しかったとしか言いようがない尾瀬を去り、今夜は沼田で一泊。
明日の8月19日には迦葉山に向かいます。