レギオンの豚
小雨が降って来ました。
昨夜はぐっすり眠れましたよ。悩みの時は求道中からいつもバイブルを右手に置いて休んでいます。
昨夜の祈祷会では主人が司会をしていたんですが、(東京出張?から真っ直ぐ教会に向かったようですから一言も喋っていませんし、二人とも車を持っているので帰宅時間もずらしたのか、21時に終わるのに深夜戻って来たようです。)
22年勤務した会社を辞めるまでは、アトピーで殆どお酒を飲まなかったのですが、
ここ最近は「復興支援」の名目でビジネスをしてるので日本酒のチラシなどの仕事を手掛けており、空になった様々な名前の地酒の小瓶が増えました。
(昨日、資源ゴミに全部出した。)
デパスという安定剤を心療内科から出して貰っているのでお酒は肝臓にも悪いし、まさに悪いことだらけ…。
さらに、こんなものが。
では、昨夜、牧師と共に向かいあって祈りあっていた姿や言葉は。
皆さんのお証しや祈りの課題に対して「感謝します。」そして、賛美し主の祈り。
平気でやってしまう主人に今更ながら驚きと嫌悪を感じます。
これも全て我が主は知っておられるということなのでしょうが…。
「オオカミが羊を荒らしにくる」「仲間のうちから違う教えを持って連れて行ってしまう」
実際、キャンプで一緒になった、若き経営者で主人にかなり関心と好意を持っている
27歳(長女と同い年)の男性をそのような羊の皮を被った地域支援のようなマルチビジネスに連れて行っています。
彼は主人の過去など何も知りません。躁な時は目一杯アクティブで創造性にキラキラしていますから、多弁やキレやすく、すぐ忘れていまうような事が起こるまで周囲は違和感を感じながらも陶酔しています。
まさに「ペテン師」
オカルトやニューソート(成功哲学)の虜でしたが、自分から「主イエスを信じます」と受洗し、兄弟姉妹のまえで証しをし、つい最近は懇談会でも「自分はニューエイジだったけど、変えられました。」と言っていたのに残念なことです。
夫婦とは地上の関係で、私達はもし離れても兄弟姉妹になりました。
天に召されても離れられない神様の関係になったのです。(それも主人自らの選択ですよ。)
もはや私も50ですし夫婦は肉の関係だからこの際構わないのですが、霊の姉妹としてこの荒廃から戒め、祈らなければなりません。
当然クリスチャンの方なら理解されると思われますが、なぜなら「受け入れろよ」とよく主人が私に言うんですが、それよりも「私に従いなさい」という主のご命令の方が強いんですね。
どんなに揺れて悪に染まっても信じて告白した兄弟姉妹は帰ってきます。と、牧師。
それでも戻ってこなかったら、毒麦の譬えです。(マタイ13:24)
思うに、主人が今まで深く関わってきたニューエイジやニューソートの人達は「ユダヤ人成功の哲学」や楽読など「引き寄せの法則」の信望者で、聖書を一度はかじって、神を金儲けの為に利用してるようです。今の主人がそう。
ちゃんと「自分はキリスト者です。」と言ってるよ。って…。
まさに。
マタイ7:6
7:6 聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。
(聖なるものとは「福音」のことです。)
主人はよく「レギオンの豚」の譬えを知っているのか知らないのか口にしていました。(マルコ5:1~20)
5:1 こうして彼らは海の向こう岸、ゲラサの人の地についた。
5:2 それから、イエスが舟からあがられるとすぐに、けがれた霊につかれた人が墓場からでてきて、イエスに出会った。
5:3 この人は墓場をすみかとしており、もはや誰も、鎖でさえも彼をつなぎとめて置けなかった。
5:4 彼はたびたび足かせを砕くので、だれも彼を押さえつけてることができなかったからである。
5:5 そして、夜昼たえまなく墓場や山で叫びつづけて、石で自分のからだを傷つけていた。
5:6 ところが、この人がイエスを遠くから見て、走り寄って拝し、
5:7 大声で叫んで言ってた、「いと高き神の子イエスよ、あなたはわたしとなんの関わりがあるのです。神に誓ってお願いします。どうぞ、わたしを苦しめないでください」。
5:8 それは、イエスが、「けがれた霊よ、この人から出て行け」と言われたからである。
5:9 また、彼に、「なんという名前か」と尋ねられると、「レギオンといいます。大ぜいなのですから」と答えた。
5:10 そして、自分たちをこの土地から追い出さないようにと、しきりに願いつづけた。
5:11 さて、そこの山の中腹に、豚の大群が飼ってあった。
5:12 霊はイエスに願って言った、「わたしどもを、豚にはいらせてください。その中へ送ってください」。
5:13 イエスがお許しになったので、けがれた霊どもは出て行って、豚の中へはいり込んだ。すると、その群れは二千匹ばかりであったが、がけから海へなだれを打って駆け下り、海の中でおぼれ死んでしまった。
レギオンとは悪霊のことですが、イエス様は悪霊さえも支配するお力を持っているということですね。
主人、自分で孫捜しに行った時レギオンの豚を連発してましたが、まさか自身がレギオンに取り憑かれていたとは「びっくりぽん!」でした。
最後に、孫が突然居なくなり、はや3週間が過ぎようとしていますが祈る毎日です。
ルカ23:34
23:34 そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。
私達夫婦を受洗に導いた前任牧師が、滋賀に赴任される際いただいたディボーションブックから。
いつも悩みの時、離れていても私達夫婦の信仰が離れないようにと、同じ日に同じ箇所を読み祈っておられることに、イエス様のように聖霊同様の温もりと優しさ、励まされるのです。
ヨハネ1:43
1:43 その翌日、イエスはガリラヤに行こうとされたが、ピリポに出会って言われた、「わたしに従ってきなさい」。
そう、ともすれば人生は不条理ばかり。
でも「受け入れる」<「従う」によって全て変えられていきます。
受け入れる、だけを語り、従うことを語らない福音に警戒しましょう。とあります。
今回受洗してからなのでまるでお話しになりませんが、また、昨日のディボーションの箇所に、
神のことばは正義と憐れみに満ちています。そこには裁きと救いがあります。
私たちには裁きと救いがかけ離れているように思います。
しかしそれは一つのコインの両面であって、聖書は二つを並行して描いています。
すなわち裁く方は救い主であり、救い主は裁き主だと記されています。
とあります。
いのちの道を選ぶか、死の道を選ぶか?
選択は自由なのです。
私はみ言葉を信じます。
エペソ6:10~18
6:10 最後に言う。主にあって、その偉大な力に、よって、強くなりなさい。
6:11 悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。
6:12 私たちの戦いは血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の出現者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。
6:13 それだから、悪しき日にあたって、よく抵抗し、完全に勝ち抜いて、堅く立ちうるために、神の武具を身につけなさい。
6:14 すなわち、立って真理の帯を腰にしめ、正義の胸当を胸につけ、
6:15 平和の福音の備えを足にはき、
6:16 その上に、信仰のたてを手にとりなさい。
6:17 また、救いのかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち、神の言を取りなさい。
6:18 絶えず祈りとねがいをし、どんな時でも御霊によって祈り、そのために目をさましてうむことがなく、すべての聖徒のために祈りつづけなさい。
どうも証しを書くと聖句があるので長文になりますね。
元々、猫の成長記録に加えて信仰の成長記録として使ってるこのブログ。
自分でもよく続いてるなと。
皆さんお祈り感謝します。
私も家族のこと以外に今日は最大に祈らなきゃならない教会の課題があります。
心鎮めて。
羊の皮を被ったオオカミの譬え。
サムエル記上 16:7より
16:7 しかし主はサムエルに言われた、「顔かたちや身のたけをみてはならない。 わたしはすでにその人を捨てた。わたしが見るところは人とは異なる。人は外の形を見、主は心を見る」。
イザヤ書29:13
29:13 主は言われた、
この民は口をもってわたしに近づき、
くちびるをもってわたしを敬うけれども、
その心はわたしから遠く離れ、
彼らのわたしをかしこみ恐れるのは、
そらで覚えた人の戒めによるのである。
マタイ7:15~27
7:15 にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。
7:16 あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。
7:17 そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
7:18 良い木が悪い実をなさせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない。
7:19 良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれる。
7:20 このように、あなたがたはその実によって彼らを見わけるのである。
7:21 わたしに向かって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。
7:22 その日には、多くの者が、わたきに向かって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか』というであろう。
7:23 そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』。
7:24 それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。
7:25 雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けても、倒れることはない。岩を土台としているからである。
7:26 また、わたしのこれらの言葉を聞いても行わない者を、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができよう。
7:27 雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けると、倒れてしまう。そしてその倒れ方はひどいのである」。
使徒行伝20:29~31(パウロ)
20:29 わたしが去った後、狂暴なおおかみが、あなたがたの中にはいり込んできて、容赦なく群れを荒らすようになることを。わたしは知っている。
20:30 また、あなたがた自身の中にからも、いろいろ曲がったことを言って、弟子たちを自分の方にひっぱり込もうとする者らが起こるであろう。
20:31 だから、目をさましていなさい。そして、わたしが三年の間、夜も昼も涙をもって、あなたがたひとりびとりを絶えずさとしてきたことを、忘れないでほしい。
ガラテア5:13~16
5:13 兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。 ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい。
5:.14律法の全体は、「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」というこの一句に尽きるからである。
5:15 気をつけるがよい。もし互いにかみ合い、食い合っているなら、あなたがたは互いに滅ぼされてしまうだろう。
5:16 わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。
全てをお委ねし、尊い主、イエス・キリストの御名によりお祈り致します。
主の御愛と恵みが限りなくあなたにありますように。アーメン。


