セリアの北欧風食器
涼しい通り越して、雨だし寒いです。
たまらず台所にファンヒーター出しました。
すかさずトラジが…。
昨晩は私の毛布に潜り込んでたの。短毛さんの肌触りは滑らかで極上ポカポカです!
ここはパンがまたすごく美味しいのよね。
これで¥108ですものね〜。(^^)
昨日の講壇の花
黄色いカラーが月みたいな感じで…。
でも礼拝はまだ体調が思わしくなく大事をとって休みました。
そしてこの間ほぼ寝ていましたが、一人部屋で静まりの時間がもてたことに感謝します。
礼拝行けなかった時もアメブロガーのクリスチャンの皆さんの礼拝説教の記事やみ言葉の解き明かし、遠く海外の活き活きとした活動や賛美、家庭での謙遜かつ力強いメッセージに気付きを多く頂きました。アメブロ続けてて良かった。
背後にあるお祈りにも感謝します。
あなたのみ言葉はわが足のともしび、
わが道の光です。
(詩篇119篇 105節)
仄かな灯りを頼りに、転ばないようにわき見せずしっかり歩いていこう。
主に対する確信
人の子に信頼してはならない。彼らには助けがない。…ヤコブの神をおのが助けとし、その望みをおのが神、主におく人はさいわいである。』
詩篇146:3〜5
この詩篇の記者は、人に信頼するのではなく神に全幅の信頼を置くようにと命じています。信頼関係の本質とはどんなものでしょうか。
ヘブル語の「信頼」を意味する言葉は、互いに相手のことを十分に知っている二人の間に存在する関係を表します。 互いの性格を考えれば、起こった出来事にどのように反応するかまで予測出来るほど互いをよく知っているということです。
親友から与えられている確信、信頼というような意味で用いられます。
また、この言葉は、ある人が別の人のことばに身をゆだねて生きること、という意味にも使われます。
主なる神を除いたら信頼に値するものはなにもないことを、詩篇記者は知るに至りました。それゆえ彼は神を徹底的に信頼することを選び取ります。
主ただお一人が救い主です。
かつてこの記者は他の人々に信頼して生きようと試みたようです。最も高貴な人々に頼ろうとしてみました。その上で神以外に救いはないことを体験的に知ったのです。
私たちが抱え込んでいる難題の解決は私たち自身のうちにはありません。
他の人に求めようとしても見いだすことはできません。神だけが人間のあらゆる問題に対する解決となります。そして私たちがこの方を全く信頼する時に、神もまた私たちを信頼しご自身の御名、メッセージ、品性を安心して私たちにゆだねてくださいます。
主よ、あなたに信頼します。私を信頼されるにふさわしい者と造り変えてください。
デニス・F・キンロー著
『エマオの道で 365日の霊想』より
10月15日
ガーデンレストランに行った。
昨日は仕事休みの次女誘って、久々三春のガーデンレストラン『さらら』に行きました。
体調やメンタル悪い時は良くここに行きます。食事大切。
次女も喘息持ちなので、季節の変わり目は疲れて休日は寝てばかり…。
お蕎麦に栗ご飯などなど。
次女は野菜嫌いだから、ちょっとチョイス出来るものが少なかったわね。
野菜食べないのにスレンダーなのが不思議です。(^ω^)
サラダのドレッシングはビーツかな?鮮やかなショッキングピンクにさっぱりとした味わい。
バイキング好きで「沢山食べるぞー!」って意気込んで行くんだけど、あまり食べられないのは炭水化物好きだから…。
途中でお腹いっぱいになってしまい、今日は朝昼抜きました。
ひんやりと甘過ぎない芋羊羹。
これはお代わりしちゃった。(^^)
ハーブガーデン内にあるレストランなので、ハーブティーも種類豊富。
薬も服用はしてるんですが、ストレスから動悸と発汗は無くなってきたけれど、緊張性頭痛が続いているのでリンデンとレモンバームをブレンドして頂きました。
先月末、あまりにも常軌を逸した出来事に巻き込まれた後に疲れてしまい、誰にも会いたくないし、理解されようもなくほぼ横になっています。
こんな時は一時全て放棄して自分ではなく周りがどう動くのかを傍観することも大事。
そして、
今日の夕方、眠っているとき、
震災の年の8月に癌で亡くなった父の夢を見ました。
危篤状態の時に見た以来だったから、目が覚めてから「何かあるのかな」ってとても気になりました。
夢で体調が急変したと実家に主人と呼ばれて、父はベッドに寝て呼吸器をつけていましたが、相変わらずポジティブで私に何かとってくれ!と言付けていましたよ。
珍しく心配してくれてるのかな。それとも何かの警告なのでしょうか…。
どんどん悪いことばかり浮かんで来てしまう。
ネガティヴブログですいません。
お客さん慣れしているのか、ちっとも逃げません。
ティーもずっと側に居てくれて、猫には本当に助けられています。
おやすみなさい。










