新蕎麦の季節になりました。
先週の土曜日のお昼に、次女と三春までお蕎麦を食べに行きましたよ〜。
(ちなみに次女は仕事、火曜と土曜が休みだったんですが、学生さんが就活の為に今度から土曜も休めなくなるそうです)
まずはお餅三種類。
左から胡桃、粒餡、きな粉ね。(^^)
冬が近づくと私は必ず食べるのがこれ。
鴨蕎麦です。
モップ系猫なので枯葉を毛に沢山つけて来る。
食事は何でも美味しくて、良く眠れています。猫もいつも助けてくれてありがとう。
11月聖餐礼拝で。
朝は冷え込みましたが、次女が出勤した後くらいからポカポカ陽気になりました。
昨日は1カ月ぶりに主日(聖餐)礼拝に行けました。
久々祈祷当番でしたが、動悸も頭痛もなく、もう一人の兄弟の祈祷に続いて無事マイクを持って祈ることが出来ました。
1カ月服用していた薬の効果もあったのだろうけど、少し交わりから離れて自宅で静まりの時間が持てたのが良かったのだと思います。
信仰告白の後、やや緊張しながら祈祷にあたり浮かんで来た聖句がこれです。
「神が神であられるゆえに愛する」
ルカによる福音書15:11〜24
われわれはみな羊のように迷って、おのおの自分の道に向かって行った。 主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた。 イザヤ53:6
主イエスはこの荒廃した世に来られ、放蕩息子・娘たちが父の家に戻るための道を備えてくださいました。そればかりか私たちの心をきよめて、神に背こうとする性質を取り除いてくださいました。
それは単に私たちが父の家に戻るだけでなく、父の家にいることを心から喜べる者になるためです。
かつて疎ましく思っていた家族としての特権を、今度は楽しんで満喫できるようになるからです。主イエスは私たちが父の元へ帰郷するために、かつ半逆の心がいやされるために、いのちの代価を支払ってくださいました。
信仰生涯を重ねるにつれて、私の心の中で一つの確信が深まりつつあります。
それは主イエスが私たちのためになしたいと願っておられることは、私たちの精一杯の想像をはるかに上回るという確信です。
キリストが、来られた目的を、人間のちっぽけな理解で制限してはなりません。
キリストは人間が思い描き得る以上のことをなさるために死なれたのです。私たちの想像力の翼をもう少し広げなければ、主の恵みについてより深い実質を体験することは出来ないでしょう。
キリストは私たちを単に滅びから救い出すだけではありません。
主はいのちを注いで愛した私たち一人ひとりと個人的な関係を育みたいのです。
主イエスは個々の具体的な罪から救うだけでなく、罪深い自我からも救い出すために死なれたのです。
「われわれはみな羊のように迷って、おのおの自分の道に向かって行った」(イザヤ53:6)。
罪の究極的な定義は自己中心です。
キリストの十字架はすべての人を自己中心から解放する力を秘めています。
ルイ14世の宮廷に仕えた一人のフランス人カトリック司祭がある日こう言ったそうです。
「ああ、神よ。あなたが神であられるというだけで自分の全存在を賭けてあなたを愛する者は、どこかに残されていないのでしょうか。 そういう人を一人でも見いだせないのであれば、あなたがそのような人をお造りになれないでしょうか」。
実はキリストが十字架に踏み進まれたのはそのためでした。
自分に何か後利益があるという理由ではなく、ただ神が神であられるゆえに愛してやまない心の状態へと導くためです。
放蕩息子の物語の締め括りを思い出してください。
もし弟息子が単に実家に戻っただけだとしたら、相変わらず相続財産にばかり執着するとしたら、どれほどの失望感をもたらしたでしょうか。 父親が家に向かってヨロヨロと歩いて来る弟息子を見つけた時、親子の関係は回復され、親子の愛の交わりが他の何にも勝って大切なものとなりました。 物語を読むと、弟息子がもはや父親以外の何ものも必要としなくなったことがわかります。
『エマオの道で 365日の霊想』
デニス・F・キンロー著
10月25日の箇所より。
驚いたことに神様の祝福はそれだけでは無かったのです!
涙が溢れてくる。
礼拝後にうちの教会では隣りに座っている方々と互いに執りなして祈る時間があるんですが、この日は同じく高齢の親を介護して親しくしている60代の姉妹と祈りました。
私が1カ月教会に来れなくなったことを祈祷会で二人の姉妹(役員)からそれとなく話されて、ずっと祈って下さっていたこと。また、うちの教団はイギリスの聖公会宣教師だったバークレー・F・バックストン師による日本伝道隊から始まった戦前からの福音派の教会なんですが、私がキリスト教会に入ったきっかけとなる、「異なる福音」異端・カルトについても専門の機関があることは心強い限りです。
休んでいたこの時も神は私達一人ひとりに働いて互いに思い遣り、悔改めと一致に向かう道を備えていて下さったことに絶大なる信頼を覚えます。
「イエス様は私のことをすべてご存知なのに、私はイエス様のことをまだまだ知らない」…と。
教えてください。これからも試練を喜べる私でありたいです。
でもこれだけは毎週やっていましたよ。
今週の講壇の花
お婆さんになって運転出来なくなるまでやりたいですね。
今日はもう一つ記事アップします。
お家日和
文化の日って必ず晴れるような?
三連休初日、次女は仕事なのでお弁当持たせて出勤してから洗濯機回しています。
今日の『わろてんか』は泣かせました!
(松坂桃季くんのファンです。)
来週からようやく話しも吉本の「笑いの道」に入っていくみたいで楽しみです。
でもって、今、『ブラタモリ』の再放送、平泉をのんびり一人で観ています。
岩手県平泉中尊寺金色堂、中学生の頃に家族で行ったきりだなぁ…。
遠いしとにかく坂歩くし!今はきっと無理、筋肉痛になりますよ。
芭蕉の俳句
「夏草や兵どもが夢の跡」
栄華を誇った奥州藤原三代ですが、寂しい原野にあるこの碑が今も脳裏に浮かびます。
(私は記憶は映像で残るタイプみたい。)
お天気最高!花も綺麗に写りますね。
涼しくなりまた咲き始めました。大きくしたいなぁ〜
開け放した廊下では…、
猫は日光浴で皮膚にビタミンを作るので、健康のためにとても大切なこと。
人も同様に、特に鬱には陽を浴びること、ウォーキングだって。
長毛さんはちょっと暑いのは苦手ね。
特にキャラメル部分の砕いたヘーゼルナッツが好きだなぁ…。コンビニスイーツはレベル高いですね。
あ、それと昨日母の施設に秋冬物のセーター持って行って来たんですが、そんとき一緒に生協で頼んだ『もみじ饅頭』食べました。
優しい母は私の体調を心配して今度から洗濯物を施設のクリーニングに頼んだみたいです。そして教会を休んでいる私の為に毎日祈ってくれてるそうで。
この高齢の母と次女の結婚と二匹の猫達を見届けるまではしっかりしなくちゃな…と決めています。
反対に夫は先月あることを止めた件でかなり恨みを持っているらしく、ご飯は食べるんだけど離婚とかを口にしてまた何か画策しているみたい。
毎回そう言うのだけれどね。
くだらない。
昨晩、所さんの番組を観ていたら、晩年夫や子どもと暮らしたいという女性はアンケート下位で、上位は「友達とシェア」「お一人様」だったわ。
時代は変わりましたね〜。
それと60代になる生協のリーダーさんから、なんと今年いっぱいで24年間続けていた共同購入を、都合により年内いっぱいでやめたいとの申し出がありました。
だから来年からは個別配達の生協パルシステムを申し込むつもり。(お向かいさんがやってるので紹介して貰おう!)
このタイミング…。
最後に、
最近、タワレコで視聴して即購入した米津元帥のCDがとてもいい♪
紅葉の中、ドライブしたくなりますよ。
皆様良い連休を〜。


















