小学生から高校生までの間においては、良い先生と巡りあうことは、とても重要な役割を果たすものだと思う。
日本での教員というイメージは、情熱的で常に一生懸命に生徒と向き合い、健全で正しいというイメージがある。
このイメージは、一体どこで僕に染み付いたのだろうか…
答えは簡単である。
1979年に放送が始まり、そのシリーズが2011年に終わるまで実に32年の間、日本の教師の手本とされた作品…
そう、3年B組金八先生だ。
金曜日の夜8時から放送するからという、金八というあまりにも安直なタイトルから、恐らく32年間も続くなど想像すらしていなかったであろう…
しかし、その時代、時代の子供達に起きた問題に合わせ、その問題を解決していく内容を丁寧に描き、実際の教師のように、主演である武田鉄矢が見事に演じきった名作であると思う。
僕は、どうしても武田鉄矢から金八イコール良い人のイメージが中々抜けなかったのだが…
東野圭吾原作の白夜行がドラマ化された際に、綾瀬はるかと山田孝之を追いかけて続ける嫌味な刑事役に武田鉄矢のキャスティングを見たときに、本気でミスキャストであると思ったものだった…
僕の勝手な見解では、映画版で演じた、松居棒の人の元旦那であった、船越英一郎のベタさかげんを、露呈させてしまうぐらいであったと思うぐらいに、最高のキャスティングであったのだ…
武田鉄矢が、ここまで嫌味だったとは…
さて、金八である。
とにかく1979年の段階で、鶴見辰吾と杉田かおるのカップルに子供を産むませる…という暴挙にでるわけである…
ただ、金八は、この二人を題材に、15歳の多感な生徒達に、恋愛の大切さ、そして命の大切さを解き、感動の卒業式となるのである…
そして、セカンドシーズンでは、やんちゃを繰り返す番長の加藤優を、ひとりの悪ガキがいるとクラス全体に悪影響が生じることを、ダンボールに入っているみかんに例え、腐ったみかんが一つでもあると、まともなみかんまで腐るので、腐ったみかんは排除しなければならないという意見に対し、「生徒はみかんじゃないんです!」という、恐らくテレビドラマ史に残る名言を言い放ち、見事に加藤優を公正させていくのである…
しかし、これらは全てフィクションである。
作り話である…
理想である、現実はできるわけがないし、無理である…
それでもである…自分の理想とする姿に近づけていく努力があってこそ仕事なのではないだろうか…
金を貰うためだけの仕事は、作業だと僕は思う…
ニュースで、神戸市須磨区の30代から40代の男性3名女性1名の教職員が、20代の男性教職員を羽交い締めにし、激辛カレーを目に塗るなり、なんでもいじめられている男性教職員に他の女性教職員へ、恐らく卑猥なラインをさせたとの報道をみた。
恐らく報道の彼らと、同じ時代を生きてきた僕は、いじめた側、いじめられていた側、両者を、とてつもなく恥ずかしく感じてしまう…
彼らは誰に向かって仕事をしていたんだろうか…
いじめた教師は、生徒にどうやって向かうのだろうか…
いじめられていた教師は、クラスでいじめが発生したとき、いじめられている生徒をどうやって救うのだろうか…
金八先生が見たらならば、どう思うのだろうか…