大人になってから「いいな」って思うものが増えた気がする。


子供の頃は、なぜ大人が良いと言うのか、まったく理解できないものが、大人になると、途端にいぶし銀のように、「いいな」って思えるようになってくる。


この場合の「いいな」って言うのは、パッと言葉が発せられるような感じではなく、腹の底から生じる、小さい声で唸るような感じの「いいな」である。


それは、食べ物であれば、例えば食卓に上がるひじきの煮付けであったり、フキの煮付けだったりする。


ほうれん草、ビタミンB1たっぷりのチャーシューと、豚骨スープ、滋養強壮のニンニク山盛り、さらに豚の脂を増量した横浜家系ラーメンが健康食品であると豪語していた僕が、2度目の成人式を迎えた辺りから、いささかトーンダウンをしていき、今に至っては、この味の濃いい元気な食べ物は、月一か二くらいで良いかなしかも、ニンニクは臭いが残るし、脂は頑張って普通でという感じにないるのだが


しかしながら、それに反して、食卓に於いて何ら抗力を発していなかった、ひじきや、おからなどのなんとも地味だがそれでいて優しい食べ物が、とても良い存在に思えてくるのだった。


大人になるいうことは、いろいろな感覚が、変わるもんだと改めて認識をする。


それ故に、改めて観てみると面白いという映画があったりする


「男はつらいよ」は、まさにその代表例みたいなものだと思う。


激しい銃撃戦もなければ、メロドラマでもなく、感動の涙に咽せる訳でもない


下町の団子屋の出来の悪い養子のセガレが、テキヤ稼業をしながら、旅先でアホみたいに毎回毎回飽きもせずに、恋に落ちるしかもそれは、ハリウッド映画のような派手派手しいものでなく、うちに秘めたる思いである。

それを、出来の良い妹さんや寅さんのおじちゃんやおばちゃん、お隣さんの社長さんなんかが、ユーモラスに、そして優しく見守るのである。


たった一作品ならばまだしも、なんと、48作(49作の特別編は除く)の寅が旅先で、恋に落ちるのと、地元の柴又に帰ってきて、家族と一悶着起こすという、吉本新喜劇ばりお約束が続くのである。

ただの一回でも、寅次郎の妹が、ゲリラに拉致でもされて、救出に行く回などは存在せずに、毎度毎度の信じられないくらいの予定調和である。


もう、内容だけで観る価値もない、と判断してしまうのが、若かりし僕だ。


ところが、改めて観ると、心地いいのだ。

作品としては、寅次郎がどこかに行って、テキヤをやるのだが、その街の風景がいい


その街に遊ぶ子供達が、被写体として元気に飛び込んでくるのである。

恐らく、寅次郎が子供のような大人であるから、子供達を、無邪気に描くのだろう。


その子供である寅次郎が、大人である恋のライバルなどに援護射撃をしてしまうのである。

また、その恋愛に、寅次郎は、子供のような大人であるくせに、大人以上の正論をぶちかますのである。


そんな姿を、血の繋がりこそないかもしれないが、暖かい家族が微笑ましく見守るのである。


たしかに、こんな奴がいたら傍迷惑だが

ただどこか気軽に何でも相談できる奴のような気もするそして、何よりも憎めない最後には、また来いよって言ってしまうだろうなって思ってしまうのだ。


この映画は、恐らくハリウッドやカンヌなどの映画祭に持っていったとしても、なんの評価も受けないだろう


いや、評価を受けるとすれば、それさモンドセレクションと同じ、金か義理で誰かにあげる賞に過ぎないはずだ。


例えば、田舎に住む子供の姿やその街に住む人々の姿、そして都会とはいえ、下町の人情味溢れる人間関係それは、日本特有であって時としてとても迷惑だが、時に死ぬほどありがたい環境だったりする。


海外にも当然、こういう人間関係はあるかもしれない。


ただ、日本人は、去り際にこそ美学を感じたりする。

桜の散り際が美しいと思う大人の日本人でないと、なかなかわからないのではないであろうか


時に、寅次郎がモテる理由であるが、押し黙り、静かに引くところにあると思うのだ。決して情熱的には語らず、一歩引く男らしさ


マドンナの気持ちがわかっているのに、自ら引くのだ大人の恋愛のいやらしさからではなく純粋に相手を思い身を引くのだ


それは、さながら初恋のように、僕らの眼には、純粋でとても美しく写るのである。


ある意味、ズルイいのである。

僕らが大人になって気がつくのは、初恋のような純粋な恋愛のこそ、いつまでも心に残っていたりするのである。

プラトニックの方が、結構心に残っていたりするものだ


そんなことが、大人になってもできるのだ。

それ故に、寅さんは、粋なのだと思う。


そう、さくらの花が散るよう、さっぱりと後を引いているのだ。

ロードムービーである、男はつらいよは、

この去り際こそがもしかしたらその醍醐味かもしれない。


そんな寅次郎の幼少期がどのようであったかのだろうか。NHKでドラマ化されている。

幼少期の寅さんも魅力的だが、養母も魅力的だ。キャストは、井上真央である。


こんな良い母親に育てられたから、自称、学がないフーテンであっても、何処か哲学的で、僕らが愛さずにはいられないキャラクターになったんだろうなと思ったりするのだ。


吉岡秀隆演じる寅さんの甥っ子の満男が、「人間は何のために生きてるのかな?」と寅次郎に聞く「何と言うかな、あ〜生まれてきてよかった。そう思うことが何べんかあるだろう。そのために人間生きてんじゃねえか」と答えるのだ。


聞きようによっては、答えになっているのか、なっていないわからない。


しかし、なぜか、このどことなく哲学的な答えの中に僕は、「いいな」って、腹の底から湧いてきてしまうのである。