宮沢りえが、ぼくらの7日戦争のリメイク版アニメ?に出るらしい。


僕は、この映画の内容を全く記憶していない観ていないわけではない。

うるさいくらいに、テレビでも放映されたので、観てはいるしかしながら、記憶にない。


宮沢りえが出ていたのと、なぜか立てこもる廃墟に戦車があり、まさかそれが動き、ご丁寧に実包まで装填されており、それを、発射までさせてしまったという内容は記憶にある。

果たして、この出来事があった場合、陸上自衛隊の幹部だけでなく、防衛大臣のクビも飛ぶだろう


ただ、なぜ立てこもったのだろうか


それぐらいブチかましてる映画だったとは、思うのだが内容がイマイチ分からない。

それでも、確かに僕は観たのだ


それは、宮沢りえの影響に違いないのだ

彼女は、それくらい人気があったのだ。


映画自体は、1988年であったが、宮沢りえの人気は昭和の終わりから平成にかけてはバケモノであったと思う。

僕らと同級生で、中学生のはずなのにスタイルはいいし驚きだった。

同級生の昭和女子中学生とは、食べてるものが違うのではないかと本気で思ったものだった。

映画の公開の翌年、平成入ると宮沢りえと言えば、3Mとして、もてはやされるようになる。

3Mは、宮沢りえ、観月ありさ、牧瀬里穂の頭文字をとってである。


では男性アイドルは?


そう平成御三家だ。


ひとりは、横浜の桐蔭学園出身織田裕二で、 もう一人は、台湾で活躍していたが、やっぱり覚醒剤で転んでしまった加勢大周。

そして、秦野が産んだ大スター吉田栄作。



織田裕二は、濃い目のいい男で、加勢大周は、さっぱり系のいい男であった。

ただ、生意気さもあってか、特に吉田栄作は注目されていたかもしれない。


当然、平成高校生達は、自らの容姿は棚にあげ、お互いに対して、うちの学校の女子は、3Mと違うのだろう?と悩み、逆に女子達は、なぜ我が校の男子達は、平成御三家とは異なるのかを真剣に考えるのであった


LGBTなどが叫ばれる前であったし、それこそ保毛尾田保毛男なるキャラクターがテレビを賑わしている時代である。


世には男と女という一般的な考えで割り切って良いとされていた時代である。


男子と女子は自ずと恋に落ちるのである。


やれ、織田裕二が…とか言いながら、キャッキャとしていた長田さんが、学校帰りには、それこそ湘南爆走族の髪型と制服だけは織田裕二そっくりではあるが、容姿は全くことなる宮下くんに、照れながら寄り添うものであったのだ


まぁ、そのような小さな恋の物語は、いつの時代もきっと変わらないのであろう。


さて、僕はといえば、吉田栄作には、良い印象を持ってはいなかったが、吉田栄作のトレードマークともいえる白いヘインズのTシャツと、リーバイスのジーンズ501というスタイルをさりげくなく着こなす姿に憧れ、それをものにすべく、くだんのリーバイスとヘインズを購入までしたのである。


そして気張ってデートに出かけようと思った矢先に、母親に、「あら?肌着で何処に行くの」と出鼻を挫かれてしまったのであった


そしてそれ以降Tシャツは白にはせずに、色付きか、何か柄のあるのにするようにしたのであった