町田の選挙が終わって
昨日の日曜日に町田市の市長・市議会議員選挙があったのですが
町田の選挙管理委員会の広報の車のアナウンスが無ければその事は知らなかった
なにせ
岡の向こう側は町田市
だから町田の広報の車が拡声器でアナウンスをして周るとうちまで聞こえてくる
結果
市長に立候補していた元民主党の「さいとうゆうぜん」は落選だったが
市議会議員には現役の民主党員がかなり当選している
それから考えると「さいとうゆうぜん」も民主党を離脱しないで「民主党員」である事を売りにして戦えば何とかなったのかも知れない
民主党が国会で野党になったからといって、すぐに離党なんてするから
そのポリシーの無さが批判されたのだと思う
当選した市長の半分も票が取れなかったのだが、民主党員としての市議会議員時代の無能ぶりを見ていた町田市民としては最も投票したくなかった候補者の一人だろう
町田市は数十年前から福祉と道路政策でやってきたのだが
そのせいか今や財政はかなり厳しくなっていて、もう高福祉政策はむづかしくなっているらしい
そういえば「さいとうゆうぜん」の選挙演説の売りは「私には双子の子供が居てその子育てをしています」と「父が幼稚園を経営しています」だけだった
今時 子育てを自慢されてもね
子供を育てている人なんていっぱい居る
だいたいお経が覚えられなくて実家の坊主を継ぐのをあきらめた出来損ないなんだから
無謀に市長選に出馬したのが間違いだったのだ
バカはだまって親父の経営する幼稚園で仕事をしていればいいんだ
あの親父だったら何もしないでプラプラしている息子に月給100万円くらいは払うだろう
そういえば町田の市議会議員の当選者に落語家がいた
あいつは市議会議員の仕事をしながら高座にあがるつもりなんだろうか?
こらっ!
母が入院していても野良猫はやってくる
今日は外が相当寒かったらしく
いつものように窓を開けてそのままにして猫ごはんの用意をしていたら
子猫の方が寒さに耐えられずに家の中に入ってしまった
俺は別に気にもしなかったのだが、親猫がすぐに家に入り猫パンチで子猫を家の外に出していた
人間に捕まると食べられるとでも思っているのだろうか
とにかく子猫に猫パンチする親猫は初めて見た
猫語は分からなかったが おそらく「こらっ!」とでも言っていたのだろう
こうして野良猫が色々と来てくれるのですが
どれも母猫と子猫のペアが多い
母猫だけの時もある
人間界で言うとアマゾネスのようなライフスタイルを選んだのが猫なのかな
まぁ「かまきり」のように用が済んだら食べられないだけ猫のほうがましなのかな
食べ
ある方のツイートに「フレンチの夕べ」というものがあったのですが
ふれんちのたべ って何だろうと思っていたのです
いまわかった
「タ」じゃなくて漢字の「夕(ゆう)」だったのですね
フレンチのゆうべ を フレンチのたべ と読んでいたのだった
これじゃ意味が通じなくても仕方が無い
カタカナの「タ」と漢字の「夕」(ゆう)は似ているから読み間違えも多い
カタカナの「カ」と漢字の「力」(ちから)も似ているから読み間違えが多い
読み間違えの少ないフォントって作れないのかな
まったく
今日は何が何でも母の病院に行かなければならない用事があったので
しかたなく車で行ってきました
その途中に玉川学園を通るのですが
町田市は丁度 市長と市議会議員の選挙運動が始まったところ
折りしも東京はこの冬2回目の大雪のあとで
住民が一生懸命に雪かきをしている道路を選挙カーが通っていったのですが
「この玉川学園で育って地元の住民の事を一番に考えている○○××をよろしくお願いいたします」
なんて言っていた
本当に地元の住民の事を考えているのなら
選挙の為にかき集めた人員を「雪かき」に使ってみろよ
ぬくぬく暖房の効いた車から「地元の住民を一番に考えています」なんて言われても信じられない
おそらく雪かきをしていた住民も同じ事を思ったに違いない
やっぱり議員になりたがる奴は自分の事しか考えていないんだね
情けない
金メダルをとったあの人は
なにやらネット上では羽生選手がゲイだという噂が出ていますが
人相学的にはゲイの 要素は全くない
あの顔は 子供の頃から金銭的にも何の苦労もせずにのほほんと暮らしてきた坊ちゃんの顔です
あの手の顔をした若い男はいっぱい見てきました
たいていは精神的に弱く
ちょっとしたストレスで折れてしまうタイプです
もしゲイなら目のあたりにもっと違う相が出ています
なんだか調子が
母が入院して10日くらい経つのだろうか
母が居ないと飯を作るのが面倒になって なかなかまともに自炊をしなくなる
本当に1人分を作るのは面倒くさい
そんなこんなで簡単に作れる麺類ばかりになっていたのですが
栄養のバランスが崩れたのか
なんだか とても体調が悪くなってしまった
でも これって母が死んだ後の自分一人の生活の練習のようなもの
つまり 俺は母が死んだら体調が悪くなる位 食べ物に頓着しなくなるということか
自分ではマメに料理をする人間だと思っていたが
それも食べてくれる人が居てのこと
やっぱり俺はダメ人間だ
母が居ないと飯を作るのが面倒になって なかなかまともに自炊をしなくなる
本当に1人分を作るのは面倒くさい
そんなこんなで簡単に作れる麺類ばかりになっていたのですが
栄養のバランスが崩れたのか
なんだか とても体調が悪くなってしまった
でも これって母が死んだ後の自分一人の生活の練習のようなもの
つまり 俺は母が死んだら体調が悪くなる位 食べ物に頓着しなくなるということか
自分ではマメに料理をする人間だと思っていたが
それも食べてくれる人が居てのこと
やっぱり俺はダメ人間だ