私の師である 太礼道の宗家 東伯からのメッセージ
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イナリコードの本が出る
秋の出版にあたり、京都法然院にてイナリコードは大詰めとなる。
その冒頭に書いた文章は次の通り。
「私は何なのか?」「私はこの世に必要な人間なのか?」
この世に生まれて来た意味、生きている意味を人は知ろうとする。
人の一生は結局「自分探し」なのかも知れない。
本当の自分を見つけ出すには長い年月を必要とするのだろう。
自分は何者なのか?自分はどこへ向おうとしているのか?
その答えを探し出す航海の羅針盤がイナリ秘教である。
イナリ秘教の世界に踏み入ると、
今まで見えていなかった世界が見えてくるようになる。
例えば、手にすくった水の中に、頬をなでる風の中に、
いつも通る街路樹の木の中に、見上げた空の中に、暖をとる火の中に、
星の輝きの中に、踏みしめた大地の中に、何気ない息の中に、
いつも顔を合わせる人々の瞳の中に、イナリの真実が見えてくる。
天地に躍動するフトマニ。大自然が創出される精妙なマトリックス。
その扉を開ける唯一の鍵は神聖なるイマジン。
そこには深遠なるイナリの秘された叡知がある。
稲荷ではない、イナリだ。それを受け取る最善の技術、
それは研ぎ澄まされたインスパイア、あるいは深い祈り。
我が師、老翁の曰く、
「イナリは永遠なり、然るにイノチ(生命)も永遠なり・・」と。
これまで啓示によって執り行ってきた神楽祭礼の場所は、
イナリ秘教の教えに深く関わるところばかりだったが、
後になってそれはジグゾーパズルのように結びついて行く。
自分の中の真実を追いかけての旅は数十年の月日だったが、
今にして思えば、あっと言う間だった。
また、その最終的な答えが、日本の未来、はたまた、
世界の未来に繋がっていたことを知ったとき、
感慨深いものがある。
さて、いよいよ大詰めに近づいた今回のテーマは、
稲荷の白鳥の謎にも通じるヤマトタケル(日本武尊)だ。
太礼道の根幹となる鈴鹿山麓・高山の椿大社に入る前日に、
白鷺に誘われ、鈴鹿の加佐登にある高丘白鳥塚と縁を結んだ。
その結縁が20年越しでやっと伊吹山の祭礼へと繋がり、
そこから位山に入って、先々月の岐阜入りに繋がった。
この地の祭礼が因となって、いよいよ大詰めに近づく。
もう一羽の白鳥を見つけるための飛騨の高山入りだ。
日本の未来がそこに眠っている・・。
楽阿弥
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イナリの縁者の皆さま どうぞ お集まりくださいナァ。
「イナリコード イン 法然院」
当日ご参加の皆さま こちらにメッセージくだされば お返事させていただきます。
