潮満玉・潮干玉 ~ 船鉾 | 斎庭に集う神さま・仏さま

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和女布の神さま・仏さま参りの姉妹版。
和妙 (にぎたえ)が 神さま・仏さま参りや 興味のあることを綴っていきたいと思います。  
 

 昨日は、今年のくじ取り式の結果を 祇園祭手帳に山や鉾に順番をつけていました。

「山一番」っていうんですネ。 
くじ取らずでいつも1番目の長刀鉾の次に巡行する山のこと 郭巨山
ふりがなついてないと・・・ 私 読めないですヮ(;´▽`A``



なんで くじ取らず があるんやろぅ???  そのうち理由がわかりますように



大船鉾と 船鉾に乗ってはる 神功皇后 住吉明神 龍神安曇磯良 が 気になってます。
(まだ 他の山や鉾が 身近に感じてないから・・・)

神功皇后 :住吉三神とともに住吉大神の1柱として、また応神天皇とともに八幡三神の1柱(祭神)として信仰されるようになる。


さっき テレビをつけたら  自然の中の神々 という番組で 岩清水八幡宮が紹介されていました。
思わず 手を合わせました。



  
神功皇后よりも気になるのが。。。 安曇磯良 この名前の前に 「龍神」と書いてあるノン


なんで龍神なん???  はて~???


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石清水八幡宮の縁起である『八幡愚童訓』には「安曇磯良と申す志賀海大明神」とあり、当時は志賀海神社(福岡市)の祭神であったということになる(現在は綿津見三神を祀る)。同社は古代の創建以来、阿曇氏が祭祀を司っている。

民間伝承では、阿曇磯良(磯武良)は豊玉毘売命の子とされており、「日子波限建」(ひこなぎさたけ)と冠されることのある鵜葺草葺不合命と同神であるとする説がある(磯と渚はどちらも海岸である)。

また、『八幡宮御縁起』では、磯良は春日大社に祀られる天児屋根命と同神であるとしている。

志賀海神社の社伝でも、「神功皇后が三韓出兵の際に海路の安全を願って阿曇磯良に協力を求め、磯良は熟考の上で承諾して皇后を庇護した」とある。北九州市の関門海峡に面する和布刈神社は、三韓出兵からの帰途、磯良の奇魂・幸魂を速門に鎮めたのに始まると伝えられる。
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わぁぁぁ~~  Σ(=°ω°=;ノ)ノ  私 和布刈神社さんに 行きた~い!!

私は 太礼神楽で 和女布(わみょう) という伎号を授けてもらってます。
女性だてらに 修験道のお寺で得度を受けました。
私のテーマのひとつは 女性性を開放することです。

和女布 から 和布を刈ったら・・・・  「 女 」 が残るんですヮ
あははは~~~っ  やない  おほほ~~~っ(;^ω^A 




私は 古事記を読みたくて 読む気力がなくって・・・いつも中断してしまう。
頭ン中が ????となったら・・・ また違うヒトの書いた古事記を買ってしまう。

ようやく スラスラ~と読める古事記の本に出会えました。
先日、京都ポルタでも 先週、ヨドバシでも古事記の本をみつけてしまって購入。


私は 古事記の山幸彦・海幸彦 のお話が いつ読んでも腑に落ちへんノン。 (まぁ それは 今は おいといて・・・)



海神は釣針と鹽盈珠(しおみちのたま)・鹽乾珠(しおひのたま)を火遠理命に差し出し、「この釣針を兄に返す時、『この針は、おぼ針、すす針、貧針、うる針(憂鬱になる針、心が落ち着かなくなる針、貧しくなる針、愚かになる針)』と言いながら、手を後に回して渡しなさい。



今回 安曇磯良が 手に潮満玉・潮干玉の紅白2つの宝珠をもっていると知って・・・
祇園祭を もっと知りたいと思いました。


で・・・ 

もしや 古事記・海神 = 祇園祭・安曇磯良 ?? な~んて思っちゃったわけです。
船鉾を 間近でみたいと思いました。 「龍神」安曇磯良さんも~ 

鉾建て:11日午前8時-13日
曳き初め:13日午後3時-午後4時
一般搭乗:14日午後1時 
やった~~! 13日 仕事やすみや~♪