「リストカット―自傷行為をのりこえる」(林 直樹著)
自傷行為と自殺未遂の区別をするのは難しい。例えば、処方された薬を指示された量の数倍飲んで手首を切るのは自傷行為なのか、それとも自殺未遂なのだろうか。
本書ではパティソンとカーハンの「意図的に自分を害する行為」やアルマンド・R・ファヴァッツァの「習慣性自傷症候群」などの概念を提示しながら、自傷行為の定義のあり方を検討し、自傷行為という言葉を用いる時、それがどの概念に基づくものなのかの確認が必要だと注意を促す(最初にあげた例で言えば、オーバードーズ(薬物の過剰摂取)はパティソンとカーハンの「意図的に自分を害する行為」には含まれても、ファヴァッツァの「習慣性自傷症候群」には含まれないという事実があり、一口に「自傷行為」と言っても未だに専門家の間でも「自傷行為」について明確な定義がなされていないということを知ることが出来る)。
著者は精神医学を専門とする医師だが、自傷行為に関する臨床的な言及だけでなく、自傷行為が生まれる文化的な側面へも着目している。第三章では文化的な意味合いを強く持った行為として非行少年たちが行う根性焼きや花柳界で行われていた、愛情表現としての自傷行為について述べられていて興味深い。
後半部では実際に自傷行為をしている人に対して、どう対応したら良いかも述べられている。そこでは著者が「治療」と「対応」というものをかなり明確に区別して考えている事がわかる。「治療」は専門技能を用いて、患者-治療スタッフという土台で行われるものであり、「対応」は自傷を行うものの周りにいる人たちがあくまで日常的な関わりの中で行われるものだとしている。親しい人の自傷行為を間近で見て、それをどうにか止めさせたい、あるいはその人のために何かをしたいと思う周囲の人間が、いつの間にか治療者になろうとしていたり、親しい人の自傷に過度に責任を感じるようになったりする例は多いのではないだろうか(そういう人たちのために、第7章だけでも読んでほしいと思う)。
リストカットについて、統計や生物学的な要因も織り交ぜられながら非常にトータルな内容になっており、自傷行為について知ろうとするには必読の一冊になっている。
- リストカット―自傷行為をのりこえる (講談社現代新書)/林 直樹
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