色々あって5月いっぱいで仕事を辞めた。

6月末、4週間ぶりの検診。
いつも通り内診がはじまると、先生は何も言わなかった。
しばらくして
「あのね、赤ちゃんの心臓が動いてないの」と。

大きさからみて11週で亡くなったらしい。
妊娠すれば当然出産できると思っていた私は呆然。
診察で「なんで…」というのが精一杯だった。

帰路につきながら旦那に報告。
旦那は帰ってきて一緒にないてくれた。
「君は何も悪くないよ。また赤ちゃんは来てくれるよ。」

お医者さんにも言われた。
「初期の流産はほとんど赤ちゃん側に問題があるんです。あなたは悪くないのよ。」

私はそうは思わなかった。
せっかく妊娠したのに、ぐちぐちと泣き言を言っていたから赤ちゃんは不安に思って帰って行ったんだろう。

11週での稽留流産。
手術ではかなり出血したらしい。

日帰り手術だったが、父と母が来てロビーで待っていてくれた。
二人ともとても心配そうだったので、私は笑顔で手を振って駆け寄った。

あとから聞いたら、旦那にはこのときの私の行動が一番こたえたらしい。
父母を心配させまいと無理している姿が痛ましい、と。

実は私はそこまで無理していなかった。
まだ、赤ちゃんがいなくなった実感がなかったから。
それを実感したのは、後日術後はじめての内診で、モニターで何もなくなった子宮を見たときだった。


出産当日。
身支度を整え分娩室へ。

スケジュールではまず浣腸をうたれ、お腹をスッキリさせるらしい。
私は人生初めての浣腸。
本当にすぐお腹がゴロゴロするのか。実はちょっとワクワクしていた。

しかし、
助産師さん「朝トイレ行って出たの?じゃああなたは浣腸なしね!」
ほんのちょっとガッカリした。


この日は出産がかなり多いらしく、10人以上いた(帝王切開や自然分娩含む)。
カーテンで仕切られた分娩台に上がりものすごく大きいオムツを装着。
先生が順番に分娩台を回って、人工破水と硬膜外麻酔の処置をしてくれる。

麻酔処置時、ベッドの上で横を向いて足を抱えて丸くなるよう指示される。
これは事前に知っていたので気合を入れて丸まる。
助産師さんに「うまいうまい」と褒められ有頂天。
が、そのあとの麻酔処置(管を入れるあたり)は痛くて体がピクピクし「ここはすごく大事だから動かないで!」と諌められる。

麻酔処置完了。
背骨のあたりに入った長い管の先には注射器がセットされていて、体の横に置かれる。
この注射器に麻酔が入っていて様子を見ながら少しずつ注入する。


初産の私は出産まで時間がかかるだろうから、ここで分娩台から陣痛を待つベッドに移動した。

ベッドに移動したら点滴で陣痛促進剤を入れてもらう。
絶飲なので水分補給の点滴も一緒だ。
この時点で午前9時ごろ。


午前10時。旦那面会。
子宮口は4センチくらい開いていて、モニターによると軽く陣痛も来てるが余裕。
旦那と話しながら穏やかに過ごす。

助産師さんはよく見に来てくれ、少し痛いかな?と感じるたびに麻酔を追加してくれる。おかげで子宮口6センチで、陣痛がかなり強くても痛くない。
お昼になり食事に出る旦那に「いいなー。いいなー。」なんて言ってる余裕もあった。

不安な私とは裏腹に、妊娠生活は何事もなく過ぎていった。
そしてあっという間に10ヶ月に突入。

私が選んだ産院は神奈川県の愛育病院。
旦那の家族に「いい病院だよ!」と勧められ何も考えずに決定。
ここは無痛分娩を取り扱っていて、ほとんどの妊婦さんが計画無痛分娩を選ぶらしい。
私は自然でも無痛でもどっちでもいいけど、どうせなら痛くないほうやるか~と計画無痛分娩を選択。

36週あたりに内診をして出産日を決める。
私は子宮口がまったく開かず、40週での出産に決まった。
40週とは予定日。つまり、入院を待たずに陣痛が来る恐れも十分ある。

自宅から産院まで電車を乗り継いで一時間。車だと一時間半。
旦那が仕事中に産気づいた場合のため陣痛タクシーに登録…
したら病院が遠すぎると断られた!
これは全くの予想外だった。

正産期に入ってからはいつ陣痛が来るかとビクビクしていたが、何事もないまま入院日を迎えた。

入院後、内診して子宮口の状態を確認する。
子宮口が開いていない場合、バルーンを挿入される。
子宮口がさっぱり開いていない私は入れられた。
これが痛い。
ズキズキとした痛みではなく、お腹がズーーンと痛い嫌な痛み。
半泣きで就寝した。