メンデルスゾーン作曲/リスト編曲「結婚行進曲と妖精の踊り」S.410 R.219 古典調律聴き比べ動画をニコ動にUPしました。演奏はアーカイブサイトの打ち込みMIDIデータを使用させていただきました。

 

 

原曲は、今ではメンデルスゾーンの結婚行進曲として広く知られている曲です。リストの編曲はとても軽妙なアレンジで、パーティ等での余興として演奏されることが想定されていたのかな?という感じがします。

 

 

メンデルスゾーンのオリジナルの結婚行進曲の聴き比べ動画は以前制作しました。

 

この時も、1/4コンマ・ミーントーンととても相性が良いことに驚かされたのですが、完璧かと言われると和音の響き的にちょっと気になる所は残っていました。今回は代わりにクープランを入れてみたんですが、僅かなヴォルフ対策があることによって、1/4コンマ・ミーントーンよりも具合が良くなることが解ります。

 

リストは色々な作曲家の有名曲をピアノ用にアレンジしていて、その幅広さには驚かされます。だいたい演奏が非常に難しいこともあって、現在でも人気のあるリストの編曲作品というのはごく一部です。ただ、こうやって聴き比べてみると、リストの編曲作品に人気がない理由の1つは現代の平均律のせい、というのもある気がします。この「結婚行進曲と妖精の踊り」も10分ほどもある長い編曲で、これを退屈させずに聴かせようとするならば、平均律ではリストの意図をくみ取ることが困難になってしまう所は少なからずあると思います。

 

昨日たまたま知った「ヘクサメロン変奏曲」について調べてみたら、なかなか面白い曲だということがわかり、wikimedia にCCのmidiデータがあったので聴き比べ動画にしてみました。これも、リストの若い時の作品にありがちな超絶技巧が要求される曲である上に、演奏時間が約20分と長いので、演奏される機会はかなり少ない曲です。このMIDIも打ち込みデータなので、機械っぽい演奏なのはご容赦ください。。

 

 

 

 

約20分という曲の長さからも解る通り、とても力の入った大作です。曲のテーマも、「旧約聖書の天地創造の最初の6日間を音楽で表現する」というもので、「題材の壮大さ」という点でもリストが手掛けた曲の中でトップクラスでしょう。この楽曲の制作をもちかけた「クリスティナ・トリヴルツィオ・ベルジョイオーソ」という女性は、日本ではまったく知られていませんが、英語のWikipediaを読むと、この人もかなりすごい人だった様子が書かれています。Wikipediaにはお金のことは何も書かれていませんが、これだけの大作ですので、相当のギャラがベルジョイオーソから関係者に支払われたことでしょう。

 

変奏曲の制作に参加したリスト以外の5人は

 カール・チェルニー

 フレデリック・ショパン、

 アンリ・エルツ、

 ヨハン・ペーター・ピクシス、

 ジギスモント・タールベルク

の5人で、チェルニー以外は当時パリで活躍していた音楽家です。チェルニーは主にウィーンで活動していましたが、調べてみると、ちょうどこの曲の制作が持ち上がった1837年に、チェルニーがパリに来ていたようですね。それで久しぶりに会ったリストとチェルニーで、何か記念になるようなことをしようと話が盛り上がったという事もあったかもしれません。

 

古典調律の観点から興味深いのは、当時は調律法が統一されていませんでしたから、仲の良い音楽仲間であってもそれぞれの音楽家が好む音律にはそれぞれ多少の差異があったはずで、それをどういう風に1つの曲に纏め上げて行ったのかということです。 当時の音律事情を伺い知るヒントが、この曲にはありそうに見えます。

 

リストが担当した部分は、当時のリストの曲によくある、非常に厚く和音を重ねて縦横無尽に鍵盤をかきならす技法が多用されており、これは和音が綺麗に響く調律法を前提に作曲されていたに違いないと言えます。仮に12等分平均律を当時のリストが使っていたならば、和音のボイシング等の点で、もうちょっと違う曲になっていたはずです。

 

結論から言うと、全体を通して演奏するのならばキルンベルガー音律が具合が良いように思います。特に冒頭の部分はキルンベルガー第1がバッチリはまります。全体を通しても、D-Aのヴォルフが耳触りになるようなところはなく、キルンベルガー第1を意識して書かれた曲だった可能性があります。題材が「旧約聖書の天地創造の最初の6日間」ですから、それを表現するのに適した音律として純正律の一種であるキルンベルガー第1が選ばれたとしても違和感はありません。

 

ただし、キルンベルガー第1の欠点をあえて挙げるとするならば、音律の構成がシンプルな音律なので、長い曲を演奏すると響きが単調になりがちな点が気になります。「変奏曲」という楽曲スタイルはそもそもミーントーンを前提として発展した音楽形態だったと言ってよく、変奏曲が並ぶ部分ではミーントーン的な響きが欲しくなります。そこでキルンベルガー第3のような音律の出番になります。キルンベルガー第3には4つだけですが1/4コンマ・ミーントーンの5度があるので、曲の後半の響きにバリエーションを持たせるのに役に立ちます。キルンベルガー第3か、それに似た音律(ダランベールなど)が6人の共通言語たる音律として使用された可能性は有りそうに見えます。まぁ、何も驚くところのない無難な結論ではあります。

 

聴き比べ動画の後半は前回・前々回と同様に、テンペラメント・オルディネールやモデファイド・ミーントーンを収録しましたが、これらの音律は黒鍵の和音の響きがカオスになってしまい、この曲を演奏するとあまりにも壊れた響きになる所が頻出してしまいます。「さすがにこれは無いかな」と言わざるをえません。ただし6人のそれぞれの変奏曲の個別の部分に関しては、キルンベルガー音律よりモデファイド・ミーントーン等の方が具合が良い所も少なからず有ります。

 

リストがそれぞれの音楽家に変奏曲を依頼するにあたり、具体的に音律を指定するというようなことは、おそらくしていなかったのでしょう。もしそういうことが手紙などに遺されていたならば、当時の音律を知る手掛かりとして重要な意味を持ったはずですが、残念ながらそういう話は知られていません。この件に限らず、他の共作でもそういう話は聴いたことがないので、どういう風にネゴしたのだろうと思っていましたが、まぁまぁ、空気を読んで、みんな無難なキルンベルガー第3あたりを想定して対応したという事だったとするなら、違和感は無いですね。

 

冒頭の、モデファイド・ミーントーンで響きが悪くなる部分については、曲のストーリー的に、まず混沌とした暗闇が先にあって、そこに神様が光をもたらした、というような情景描写から始まるので、「混沌」とか「暗闇」を表現するために、あえてモデファイド・ミーントーンの響きの悪い和音を使った可能性もあるのかな?とも思いました。「20分間をいちばん退屈せずに聴けるのはどれか」という点でも、モデファイド・ミーントーンとの組み合わせにまったく分がない訳でもないです。しかし響きが悪くなる所は冒頭だけではなく、その後もたびたび出てくるので、これを肯定的に解釈するのはちょっと厳しいように思われます。

 

 

リストには「回想」と名の付く作品が色々ありますが、今日は 超絶技巧練習曲 第9番 の方の「回想」の聴き比べです。

 

 

超絶技巧練習曲のWikipediaを読むと、いろいろと興味深いことが書いてあります。最初はリストがまだ15歳の頃に書かれているんですね。それから26歳(1937年)の時に大幅な改変を入れて再構成され、現在よく知られているのは リストが 41歳の時(1952年)の版です。この時も改変が入っているのですが、この第9番「回想」に関しては26歳の時の版とほぼ同じです。

 

リスト26歳の頃といえば、ショパンとピアノ演奏の腕を競い合っていた頃ということになります。ショパンは1837年にOp.25のエチュードを発表しており、超絶技巧練習曲 の第2版はそれとほぼ同時期にあたります。1937年にはリストの呼びかけで 『ヘクサメロン変奏曲』 の第6曲をショパンが作曲したりしています。ショパンとリストは、お互いの練習曲を演奏し合ったりもしていたかもしれませんね。

  

この第9番はまさに「ロマン派!」という感じの曲です。通すと11分以上かかる曲で、「超絶技巧練習曲」の名のとおり、演奏の難易度は非常に高いものの、全体としてはゆったりとした雰囲気で曲が進みます。

 

変イ長調の曲なので、キルンベルガー第1でも具合良く演奏できます。キルンベルガー第1のD-Aのヴォルフが問題になる所は有りません。しかし超絶技巧練習曲全体としては、D-Aのヴォルフが問題になる曲は時々出てくるので、これは偶然だったと見るべきかもしれません。ショパンのOp.25もキルンベルガー第1で具合良く演奏できる曲が多い一方でD-Aのヴォルフが気になる曲も含まれており、傾向として似たものを感じます。

 

モデファイド・ミーントーンでも具合良く演奏できます。モデファイド・ミーントーンであれば、11分という長さを感じさせず、心地よく最後まで聴くことができます。若い頃のリストの曲は、モデファイド・ミーントーンで演奏した方が具合が良い曲が多く、「超絶技巧練習曲」全体としても、その傾向はかなり有ると思います。

 

 

リストは、ショパンが1849年に亡くなったあと、1951年にショパンの伝記を出版しています。超絶技巧練習曲を第2版から第3版に改変して取りまとめる作業は、そのすぐ後に行われて1952年に発表された事になります。若き日のショパンとの思い出を「回想」しながら第3版を取りまとめたのでしょうか。その第9番「回想」が、26歳の時の版からほぼそのままの形で第3版に収められたというのは、何か改変したくない、リストなりの思い入れがあったのかなと思います。ショパンが好みそうな曲ですよね。

 

 

関連:

以前、ドニゼッティ作曲/リスト編曲「ランメルモールのルチア」の回想 S.403 の聴き比べ動画を制作しました。雰囲気は似ていますね。

 

リストの聴き比べの続きです。今日は リスト 「ハンガリー狂詩曲 第12番」 S.244/12 嬰ハ短調です。

 

 

リストのハンガリー狂詩曲で有名なのは第2番で、これは以前、聴き比べ動画を作成済みです。

 

 

 

ブラームスのハンガリー舞曲も雰囲気的に似た所がありますね。リストのハンガリー狂詩曲集は 1853年、ブラームスのハンガリー舞曲は1867年から1880年にかけて出版されており、ブラームスの方が後の作品になります。Wikipediaによると、当時「ハンガリー風の舞曲」と思われていたものは、実はハンガリーの伝統音楽ではなく、もっと南のロマ人の民族音楽だったという事なので、リストもブラームスも間違ってたんですね。少し調べてみると、ロマ人のルーツは北インドにあると言われているものの、現在ロマ人が多く住むのはトルコやルーマニアあたりで、北インドには居ません。ハンガリーは一時期トルコ(当時はオスマン帝国)の支配下にあって、現在でもトルコ文化の影響はハンガリーに残っています。ハンガリーはその後、17世紀末にハプスブルグ家の支配下になりました。ヨーロッパ各地を旅するにあたっては、異教のロマ人が自分のルーツを正確に言うよりも、ハンガリー人だと名乗った方が警戒されずにすんだのでしょう。

 

さて、聴き比べについてです。この曲も、キルンベルガー第1からモデファイドミーントーンまで、それぞれの解釈で具合良く演奏できることが確認できます。

 

平均律でも大きな問題は無いのですが、当時、馬車でヨーロッパを旅していた人々の音楽としては、 平均律では上品すぎる気もします。

 

キルンベルガー第1の長所である純正和音や純正5度は、この曲に澄んだ透明感と、スケールの大きな開放感を与えてくれます。D-Aのヴォルフ回避は完全ではなく、部分的にヴォルフが出てきます。曲の流れの中で、汚い響きが求められる場所で、汚い響きとしてヴォルフが用いられていることが解ります。平均律に慣れていると違和感があるかもしれませんが、耳が慣れてしまえば気になりません。

 

題材となっているロマ人たちは、舗装されてない長い旅路を、馬車で移動し、行く先々で踊りや芸を披露して日銭を稼いでいたわけですよね。そりゃしんどい事もあっただろうし、馬の糞は臭いし、用を足したい時は草むらかどこかでしなくちゃならん訳です。雨が降ったら道はぬかるんでドロドロです。風呂もそんなに頻繁には入れなかったでしょう。そんな厳しい状況の中、それでも天気が良ければ空は青く晴れ渡るし、畑や森の緑も綺麗だっただろうし、夜になれば夜空一面に綺麗な星々が輝いていたことでしょう。そういう、 清濁あわせもっている世界観が、キルンベルガー第1だととてもよく出ると思います。この傾向は、ハンガリー狂詩曲第2番にも共通しています。

 

ラモーやクープランのようなモデファイド・ミーントーンだと、民族音楽臭さがより強く出ます。キルンベルガー第1の場合は、ロマ人を取り巻く周辺環境や世界観を描いている感じがしていたのに対して、こちらはより「人物」に焦点があたっている感じがします。喜怒哀楽の感情表現が豊かで、聴く人を退屈させません。狭い半音の使いこなしもとても具合が良く、偶然とは思えない所がたくさん出てきます。

 

 

演奏データは、今回も自動演奏ピアノのピアノロールを読みとってMIDI化されていたものを使用させていただきました。ピアニストは Marguerite Volavy  ( 1886 - 1951 )という女性のピアニストで、英語のWikipediaには解説があります。他に、Bernhard Stavenhagenという人のピアノロールもMIDI化されたものがありました。Bernhard Stavenhagen はリストの 最後の高弟と言われるピアニストで、Wikipediaによると、この人が演奏した ハンガリー狂詩曲 第12番 のピアノロールは特に有名なんだそうです。しかし比較検討した結果、今回は Marguerite Volavy のピアノロールを使用しました。理由としては、当時のピアノロールの音の強弱は、後から職人が付け加えた物なので、より後の時代に制作された Marguerite Volavy のピアノロールの方が、職人の腕が上がっていて、強弱の付け方が上手なんですよね。

 

比較検討していて気が付いたことがもう1つあって、Bernhard Stavenhagen の演奏はどちらかというとキルンベルガーの方がしっくりくる感じがするのに対して、Marguerite Volavy の演奏はモデファイド・ミーントーンの長所をよく生かした強弱の付け方になっている気がします。つまり、純正5度の多い音律が男性的な響きであるとするならば、純正3度の多い音律は女性的なイメージが合わせやすい気がするのです。女性が活躍するバレエ音楽もミーントーン系の音律が合う曲が多かったですね。19世紀は何かと男性向け・女性向けがはっきり区別されていた時代だと思うので、使用される音律にも、男性が好む音律・女性が好む音律で、性差があったかもしれないなと感じます。

 

ニコ動が落ちていた間に掘ったネタをニコ動にUPしています。今日はリストの 巡礼の年 第1年「スイス」より 4.「泉のほとりで」 S.160/R.10-4 A159 です。

 

 

 

この曲も大変な難曲ですが、リストの曲としては演奏される機会も多く、よく知られている曲です。演奏しているピアニストは20世紀前半にアメリカで活躍した Moissaye Boguslawski ( 1887 -1944 ) という人で、自動演奏ピアノ用のピアノロール QRS #80368 からMIDI変換されたものを使用させていただきました。 

 

当時の自動演奏ピアノは、音の強弱を記録できなかったため、音の強弱は後でピアノロールを職人が加工して付け加えたと言われており、この演奏データも前半・中盤・後半で3段階ぐらいの強弱の区別があるだけです。おそらく、本来の演奏は強弱の表情付けがもっと豊かだったことでしょう。

 

聴き比べてみた印象は、元の演奏が良いこともありますが、平均律でも大きな問題がある訳ではありません。リストはある時期から、平均律を意識して和音が重厚になりすぎないようにしていたのではないかとも言われています。(平均律で厚く重ねた和音を演奏すると響きが汚くなりがちなため。)平均律で問題がないので、現在でもよく演奏される訳ですね。

 

主に変イ長調でかかれている曲なので、D-Aのヴォルフ避けがされており、キルンベルガー第1でもまったく問題無く演奏可能です。キルンベルガー第1で演奏すると、より自然で透明感があり、明るい響きになります。

 

モデファイド・ミーントーンのラモーだと、純正3度が強調される形になり、色彩感がより豊かになります。キルンベルガー第1が「無色透明」な感じだったとするならば、モデファイド・ミーントーンの響きは「光を反射して七色に輝いている水」のようです。4度・5度のうなりも、きらきらと波打つ水面の波紋のようです。

 

クープランの場合は、少しヴォルフが残っているので、Ab(G#)がやや調子っぱずれに聴こえますが、これによって子供が水辺で楽しく遊んでいるかのような感じが出ます。これはこれで面白いなと思い、収録しました。

 

クープランの音律は出典がWikipediaで、引用元の論文がWikipediaに記載されておらず解らない点が多いので、あまり積極的に聴き比べ動画に取り入れてきませんでした。しかし改めて色々な曲と組み合わせてみた時に、面白い特徴が色々あるので、これからはもう少し積極的に使ってみようと思います。

 

キルンベルガー第1から、モデファイド・ミーントーンまで、だいたいどの調律法でも大きな支障が無く、それぞれの音律でそれぞれの解釈で演奏可能、という多面性を持っている曲としては、有名な「ラ・カンパネラ」などもこれに当てはまります。このようなことが偶然で何曲もあるなどという事は考えにくいです。調律法が音楽家によってまちまちだった時代に、対策としていろいろな工夫をこらして作曲していたのかもしれません。

 

参考:ラ・カンパネラ

 

ニコニコ動画がやっと復活しました。ニコ動に大量にUPしていた聴き比べ動画も無事すべて復活しましてありがたいことです。早速、聴き比べ動画を1本UPしました。

 

ショパンの初期の作品で、 Op.2 「ドン・ジョヴァンニ」の「お手をどうぞ」の主題による変奏曲 です。Op.2という作品番号からもわかる通り、かなり初期の作品で、作曲当時、ショパンは17歳だったそうです。ショパンがポーランドから出てきた時に、 ロベルト・シューマンが 「諸君、帽子を脱ぎたまえ! 天才だ」 とショパンを絶賛したという話は有名ですが、その時にシューマンが聴いた曲は、まさにこの曲だったということがWikipediaに記載されています。(ちなみに ロベルト・シューマンもショパンも1810年生まれ。)

 

主題はモーツァルトの有名なオペラ「ドン・ジョヴァンニ」の中の曲ですから、当時かなり広く知られた曲だったことでしょう。モーツァルトは中全音律を上手に使いこなした作曲家であり、それを若き日のショパンがどのように吸収して変奏曲に仕上げたのかというのは興味が湧くところです。

 

 

 

 

ミーントーンで演奏されるモーツァルトに慣れた耳で聴くと(←まずこのハードルが高いのですが)、ショパンもとても上手にミーントーンを使いこなす音楽家だったことが解ります。ミーントーンの心地の良い和音の響きのお陰で、まさに「音を楽しむ」という感じで聴くことができます。それぞれの変奏の個性や、全体としての構成の意図も、ミーントーンの方が解りやすくなる気がします。ショパンがまだ学生だった頃に、既にこれほど上手にミーントーンを使いこなしていたという事は、やはり注目に値すると思います。

 

ショパンがまだ学生だった頃の作品ですから、指導していたユゼフ・エルスネル(1769 - 1854)の影響も大きかったことでしょう。エルスネルは若い頃にウィーンで音楽を学んでいます。エルスネルはモーツァルト(1756年生まれ)の一回り下の世代で、フランス革命の時代にウィーンに居たことになり、エルスネルがモーツァルトの演奏を聴く機会もギリギリあったかもしれませんね。

  

ショパンの作品としては、現在、演奏される頻度が高いとは言えない変奏曲ですが、これは率直に言って、12等分平均律との相性の悪さに起因する所が大きいのではないかと思います。部分的に取り出して聴くのであれば、平均律でも一見、問題は無いのです。それぞれの変奏の印象は、平均律の方がむしろ上品に聴こえます。しかし、平均律で全体を通して聴くと、それぞれの変奏の表情の違いや、構成上の意図というのが解りにくくなってしまい、16分に渡ってだらだらと似たような変奏が続く曲、という印象になりがちです。平均律で演奏したのでは、ロベルト・シューマンがこの曲の何を絶賛したのかを理解することは困難でしょう。シューマンもまた、ミーントーンを上手に使いこなす作曲家でした。

 

 

 

 

ミーントーンと対照的な雰囲気を持つ調律法として、キルンベルガー第1も収録しました。この曲ではD-Aの和音もしばしば出てくるので、キルンベルガー第1ではD-Aが出てくる度に具合の悪いヴォルフになってしまいます。ショパンはその後、ノクターンOp.9などで既にキルンベルガー第1を上手に使いこなしている訳ですが、学生時代の Op.2 の段階では、おそらくまだこの音律は使っておらず、主にミーントーン系の音律を使っていたのだろうという事が伺われます。

 

参考:ショパンの作曲の先生  ユゼフ・エルスネル

 

ショパン 葬送行進曲 ピアノソナタ第2番変ロ短調「葬送」 Op.35 古典調律聴き比べ動画を、ニコ動が使えないので暫定的にDailymotion にUPしました。

演奏は、古い自動演奏ピアノに記録されたものをMIDI化したもので、1912年に Adriano Ariani というピアニストの演奏を記録したものです。ウィキペディア等に情報が無いか検索してみましたが、Wikidata という所に断片的な情報があるのみでした。 1877年生まれ、1935年没、イタリア出身の作曲家・ピアニストです。中間部の繰り返しは省略されています。

 

Dailymotionは、最初は音声がミュートになっているので、ミュートを解除して聴いてください。

 

 

 

 

 

葬送行進曲は昔、ゲームのバッドエンディングなどでよく使われたので、クラシックに興味が無い人にまで知られているという意味では、世間に一番よく知られているショパンの曲かもしれません。

非常に暗い曲なので、一般的な演奏会で演奏されるのは稀と言って良いと思いますし、録音を好んで聴く人も少ないと思いますが、ショパンコンクールではなぜかよく演奏されることと、知名度の高さからとりあげました。

 

変ロ短調 ・中間部は変ニ長調で、いずれも調号にフラットが5個つく調です。黒鍵を主に使うので、和音の響きはむしろ平均律が一番綺麗になります。 キルンベルガー音律やヴァロッティだとピタゴラス音律的になります。モデファイド・ミーントーンでは黒鍵の5度は純正よりさらに広く合わされたり、ヴォルフがあったりするので、和音の響きはガタガタになります。

 

では響きが綺麗な平均律が一番いいのかというと、これが微妙で、綺麗な響きが欲しいのならばそもそも白鍵を主に使う調を選んだはずなんですよね。当時の調律事情を考慮すると、むしろあえて和音の響きが汚くなる調をショパンが選んだ可能性もあることになります。古典調律は、「平均律より響きが綺麗」ということばかり強調されがちですが、それは裏と表の片面の話でしかありません。「平均律より汚い響きを作りだす事もできる」というのも、もう1つの古典調律の顔なのであり、その表現の幅の広さが古典調律の魅力の1つだろうと思います。

 

曲の中でD-Aの和音が出てこないので、キルンベルガー第1 でも演奏可能です。冒頭の雰囲気はより重々しく、和音の響きは平均律よりさらに悲劇的で冷たい印象になります。5度が純正なので安定感があります。
 
ショパンの曲を調べていると、こういうふうに頻繁に キルンベルガー第1 で演奏可能な有名曲が出てくるので、「キルンベルガー第1 って実はすごく使える音律なんじゃないか?」と錯覚しそうになりますが、これは19世紀前半という時代に特有の傾向で、他の時代には「偶然かな?」という程度の頻度でしかキルンベルガー第1で演奏可能な曲は見つかりません。これは逆に言うと、この時代、キルンベルガー第1 が実際にある程度使われていた可能性を補強する事例になると思います。

 

 

平均律の場合にもう1つ困るのは、途中で部分的に長調に転調する所が、平均律だとあまりにも「取って付けたような感じ」になってしまい、解釈に苦しむんですよね。長調と短調をふらっと行ったり来たりするのはミーントーンの曲でよく使われるテクニックで、お葬式は教会で行われるものですから、そういう事情を考慮すると、教会でよく使われるようなモデファイド・ミーントーンもしっくりくるはずだ、と思ったのですが・・・

 

実際に、たとえば最後のシュニットガーの音律と合わせてみると、Eb-G#のヴォルフのせいで、いくつかあまりにも壊れた響きが生じてしまい、さすがにこれはちょっと無理がありそうに見えます。ヴォルフのないラモーだと、もうちょっとましです。平均律より響きの汚い和音というのも、悲しい気分、悲愴な気分を表現するのにあえてそうした、と解釈できなくもないかな?というギリギリの所かと思います。部分的に長調に転調する所の「取って付けた感」は、ラモーだと軽減される気がします。

 

ショパン「幻想即興曲」(エキエル版)の古典調律聴き比べ動画をYoutubeにUPしました。

一般によく知られているのはパデレフスキ版の方で、Op.66 という作品番号になっています。エキエル版は細部がかなり異なるため、これと区別して WN46 という作品番号が割り振られており、演奏プログラムでの表記や動画をUPする際も区別している人が多いようです。

 

モデファイド・ミーントーン編

 

 

キルンベルガー・ウェルテンペラメント編

  

 

とても人気のある有名曲で、平均律での演奏イメージが強固なので、「平均律以外は違和感がある」という人も多いのではないかとは思います。

 

キルンベルガー・ウェルテンペラメント編での演奏は、主に黒鍵を使う調であるために概ねピタゴラス音律相当になり、どれも良く似ているので、聴き分けは困難です。

特筆すべきことと言えば、キルンベルガー第1で演奏可能ということでしょう。嬰ハ短調と 変ト長調という構成ならば、D-Aのヴォルフを避けることは容易なので、キルンベルガー第1で演奏できることは不思議ではないのですが、これが意図的なものだったのか、たまたま偶然なのかは気になる所です。

 

 

モデファイド・ミーントーンの場合、黒鍵の5度の合わせ方にバリエーションが多いので、それによって曲の雰囲気がかなり変化することが解ります。ヴォルフのあるシュニットガーやクープラン(モデファイド・ミーントーン編の5番目と6番目)では、調子っぱずれに聴こえてしまう音が時々あるものの、狭い半音のニュアンスが効果的で興味深いので収録しました。特にクープランは、平均律とは明らかに異なる世界観の音楽になるので、「微妙な音律の違いなんて解らない」という人にも聞き分け可能だろうと思います。この曲のファンからは怒られそうですが。クープランを聞いた後に最初に戻って12等分平均律の演奏を聴くと、平均律の広い半音に違和感を感じるようになってしまいます。

 

 

 

調律法をテストするためのピアノ音源として、Pianoteq 8 をやっと導入しました。

 

 

それで、テスト的にPianoteq8を使った聞き比べ動画をYoutubeにUPしました。本当はこういうテスト的な動画はニコ動にUPしたかったのですが、ニコ動がダウン中のためやむをえずYoutubeにUPしています。

 

 

今までは2018年に購入した Pianoteq 6 とIvoryⅡを普段使いしていました。6年ぶりの更新です。IvoryⅡは今後もまだ平行して使うと思いますが、Pianoteq 6 でカバーしていた部分は 8 に置きかえていくことになるでしょう。

まだ使い始めたばかりなのでよく解ってない所も有りますが、合成音のノイジーな感じが低減されて、よりクリアな音色になった感じがします。

 

Pianoteq の音源は、生のピアノの音を録音したものではなく、生ピアノの音を分析した上で、ほとんど同じような音が出るようにした合成音です。なので、弦の振動のシミュレートは上手なのですが、ピアノの響板の木材が鳴る感じとか、音楽ホールの舞台の上のピアノが鳴っている空気感、みたいなものは苦手でした。Version 8 ではその欠点も以前より目立ちにくくなった気がします。

 

Pianoteq の長所の1つは、合成音なので、「同じ音程の弦の音程を微妙にずらす」という調整が自在にできることです。これはサンプリング音源では困難なことです。それから古典調律の設定や、ストレッチの調整が、他のピアノ音源とは比べ物にならないほど容易で使いやすいです。これは Pianoteq の開発者がピアノの調律師だったことによるものらしく、他のDTM音源とは大きく異なる点で、私のように古典調律についていろいろ調べている人間にはとてもありがたい機能です。

サンプリング音源だと、元の生ピアノの音程の微妙なズレを排除することが困難ですが、Pianoteqは合成音なので、その点も自由自在で、おもしろいのは逆に「音程が狂ったピアノ」を簡単に再現する機能までついているということです。

 

それから、もう1つ特筆すべき点として、Pianoteqは博物館に収蔵されているような古いピアノの音源を積極的にライブラリに加えているという事が挙げられます。

 

 

 

上記の 「Kremsegg2」の中に、「 I. Pleyel grand piano (1835) 」というのがあったので、それを今回テスト的に使用してみました。ショパンが所有していたものとは少し外観が異なりますが、ショパンが生きていた時代のピアノということで興味が湧きますよね。

 

Pleyel の音色を使ってみて解ったことは、Pleyel のフォルテシモの音は、かなりぶっ壊れた感じの音になりがち、ということです。合成音とはいえ、これは本物のプレイエルピアノも少なからずそういう傾向があるために、それをそのままモデリングしてこうなっているのでしょう。Pleyel でショパンの曲を現在私たちがイメージするようなショパンぽく演奏しようと思ったら、mf 以下の強さで演奏しなくてはなりません。

 

ここで興味深いのは、「弟子から見たショパン」の本の中に、ショパンの演奏するピアノの音が小さかったという話がしつこく出てくるという話との関連性です。「ショパンのフォルテシモは、普通の人の mf ぐらいの強さだった」という話を思い出して、「そういうことか!」っていう話になる訳です。要するに、当時のプレイエルのピアノはフォルテシモの音色が酷過ぎてショパンにとっては使い物にならず、そういう物理的な制約のために mf 以下で演奏せざるをえなかったのではないか?? という話になってくるわけですね。そうだとすると、金属フレームが使用されるモダンピアノではその点が大幅に改善されていますから、「モダンピアノでも小さな音で弾くべき」という話は考え直す必要があるかもしれないなと思いました。

 

もともと「ピアノフォルテ」もしくは「フォルテピアノ」と呼ばれていた楽器が、なんで「ピアノ」と略されるようになったのかというのも、もしかしたら「フォルテの音色がひどくて使い物にならねーよ!」という話とセットだったかもしれないと考えると面白いですね。

 

Pianoteq上では、べロシティ設定というのでタッチを mf 以下に制限できるので、上記の動画はその機能を使って mf 以下で演奏しています。こうした場合の欠点としては、ペダル操作や鍵盤操作に伴うノイズ音が相対的に大きく聴こえてしまうという点がありますが、合成音が不自然に聴こえがちなPianoteq的には、むしろこういうノイズがあったほうがより自然に聴こえるようにも思われるので、そのままノイズも収録しています。

  

 

古典調律については、新しい試みとして、コレットの音律と、クープランの中全音律を聞き比べに加えてみました。そのため、モデファイド・ミーントーン系の音律ばかりを並べることになりました。コレットとクープランの音律は、ラモーやシュニットガーより少しクセ強めな音律で、モーツァルトの演奏などで使用される事例があるようです。この「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」との組み合わせも、大きな破綻は無いように思います。特にクープランとの組み合わせはなかなか興味深い響きを聞かせてくれます。

 

Pianoteq 8 のプレイエルのピアノの音色と現在のピアノの音色の違いで気がつくのは、中低音域がちょっとガット弦ぽい響きで、モダンピアノより軽やかに聴こえるという点ですね。バッハのWTCなどでは低音部に早い動きが出てくるので、低音の音色が軽やかなほうが具合がよく、ショパンの曲もそういう影響下にあったのだなと気がつきます。

 

テスト動画を纏めるにあたり試行錯誤したのがストレッチの設定です。上記のテスト動画では、私の動画史上もっともストレッチを強くかけています。この「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」という曲の中では、光の輝きを高音の装飾音で表現するようなフレーズが多用されているので、その「キラキラ感」を生かそうとすると、ストレッチをかなり強めに設定せざるをえませんでした。ショパンの時代に、ストレッチがどの程度かけられていたかという点については、一致した見解のようなものは私は見たことが無く、まだ謎の多い部分です。

 

シュニットガー( Arp Schnitger, 1648 - 1719 ) は、当時最も有名だったオルガンビルダーで、当時最先端の技術を駆使した大規模なパイプオルガンを教会に多く遺しており、修復や改修を重ねながら現在まで使用されているものも多くあります。Wikipediaにもシュニットガーの項目があります。多数の弟子をかかえ、後の時代の楽器製作者に大きな影響を与えたという点も無視できません。「音律の系譜」のようなものを考える時に、1つのマイルストーンとして押さえておかなければならない音律だと思います。

 

 

この音律の雰囲気は、1/6コンマ・ミーントーンとも似ている部分があるように思います。1/6コンマ・ミーントーンのゴットフリート・ジルバーマンもオルガンビルダーで、当然ながら主に教会音楽で使われるものですから、「教会にふさわしい音律」ということになると、雰囲気が似てくるのは当然かもしれません。違う点は、1/6コンマ・ミーントーンの方が少し後の時代の調律法で、かなりオールマイティーに色々な楽曲を演奏可能です。それに対して、シュニットガーの音律は、得意・不得意がはっきりしています。具合の良い曲との組み合わせであれば、とても素晴らしい相乗効果を発揮します。

 

Eb-G#にあえて少しヴォルフを残してあるのがポイントで、喜怒哀楽の解りやすい、明快な音楽が得意です。なので、「より庶民的」に感じます。

 

 

◎バッハの小規模な宗教曲、カンタータ

J.S.バッハの音律事情は複雑なんですが、「明らかに教会のパイプオルガンで演奏されたであろう」と考えられる曲であれば、だいたいシュニットガーの音律との組み合わせで具合良く演奏できます。この事はもうちょっと日本でも知られていいと思います。

1/6コンマ・ミーントーンとの組み合わせの方が具合が良い場合ももちろんありますが、シュニットガーの音律の方が調律手順が容易なので、使用頻度も高かったかもしれません。

 

 

 

教会で伝統的に使われてきた音律ということで、その影響は18世紀だけでなく19世紀・20世紀の音楽にも及んでいます。ジャズやロックの曲でさえ、シュニットガーの音律でかなり具合良く演奏できる曲を見つけることは難しくありません。もちろん「ほとんと問題無いが、ちょっと修正したい」というケースも多く、そういう訳でどんどん類似の音律のバリエーションが増えていったのだろうと推測できます。バリエーションが多いという事は、それだけ広く使用されていたという事の裏返しでもあるのです。