もう少しR.シューマンをやります。今回は 1849年作曲の 「序奏とアレグロ・アパッショナート(ピアノとオーケストラのための) ト長調」Op.92 です。今回も打ち込みデータで、オーケストラ部もピアノの音色で再生しています。「昔の作曲家はどのような音律で作曲していたんだろう?」というのを探るのが趣旨になっていますので、このような形になっています。

 

 

1839年(29歳)の時点のアラベスク作品番号が Op.18だったのに、1845年のペダル・フリューゲルのための練習曲が Op.56、さらにほんの4年後の この作品は Op.92 ということで、この頃は特にシューマンが精力的に沢山の作品を作曲・発表した時期に当たります。背景としては、これもWikipediaのうけうりですが、1840年にロベルト.シューマンがクララと結婚したあと、1841年から1854年にかけて、2人の間には9人もの子供が生まれています。クララが妊娠・出産でピアニストとして仕事ができない間は、夫のロベルトが頑張って稼ぐ必要があったので、かわいい子供たちのために作曲を頑張ったんだろうなぁという背景が伺えます。長男のエミールは 早世 してしまいましたが、あとの8人はちゃんと育って成人しており、医療が発達していないこの時代に、8人の子供を無事に育て上げたクララとロベルトがどれほど大変だったかは想像もつきません。

 

各種調律との組み合わせでは、冒頭は平均律でも良さげに聴こえます。しかしこの曲は約15分とやや長いので、中盤以降を平均律で退屈させずに聞かせるのは大変そうです。古典調律の場合、綺麗な響きになる所もあれば汚い響きになる所もありますが、長い曲を退屈せずに聞かせるには、むしろそういう変化があった方が楽しく聴けると言う利点はあるでしょう。

 

曲が始まって3分半ほど経過した所でやっと主題が提示されます。この主題はなんだかベートーベンぽい印象を受けます。もちろんロマン派的な要素も沢山加わっているのでベートーベン100%では無いですが、シューマンがベートーベンからも大きな影響を受けていた事を感じさせる曲です。調律面では、ベートーベンと言えばキルンベルガー第2ですが、どこかベートーベンぽさを感じさせるこの曲も、キルンベルガー第2でかなり具合良く演奏できる事に気が付きます。「この曲がなぜこういう構成・展開の曲になったのか」について調べるとき、キルンベルガー第2との関連について調べてみる価値は十分にありそうにみえます。

 

少し話がそれますが、この時期のシューマンは J.S.バッハ の作品を出版するためのバッハ協会の設立にも尽力しています。バッハの作品というのは、キルンベルガーが収集していた楽譜によって現在に伝えられている物も多いですから、キルンベルガーが遺した楽譜や書籍のこともシューマンはよく知っていたはずです。キルンベルガーの作曲技法の本や、そこに掲載されていたキルンベルガー音律についても知っていたことでしょう。また、キルンベルガー音律は他の調律法と比べて調律手順がシンプルという利点が有ります。この時代は調律師に調律を依頼することはまだ一般的では無かったですし、ただでさえ子育てに追われて忙しいシューマンが、時間的にも金銭的にも利点のあるキルンベルガー音律を使った可能性は十分考えられます。

 

一方、オーケストラはミーントーン寄りの音程の取り方をした方が、聞き覚えのある「オーケストラらしい響き」になります。この曲はキルンベルガー第2で具合良く演奏できると同時に、ミーントーン系の音律でも具合良く演奏できるという2面性を持っており、この特徴もベートーベンの楽曲との類似性を感じさせます。ベートーベンぽさを感じさせる曲について調べると、調律の面でもベートーベンとの類似性が見られるというのは興味深いですね。

 

 

引き続きシューマンです。今日は「ペダル・フリューゲルのための練習曲 Op.56 第1番」 の古典調律聴き比べ動画をニコニコ動画にUPしました。演奏データはMIDIアーカイブサイトの打ち込みMIDIデータを使用させていただいています。演奏がやや機械的なのはご容赦ください。

 

 

「あれ?バッハかな?」と思うような、バロック風の曲です。R.シューマンはこういうバロック風な曲も結構作ってるんですよね。Op.72、Op.126のフーガもバロック風な感じです。ショパンがバッハの平均律クラヴィーア曲集を熱心に練習していたという事はシューマンも知っていたでしょうから、そういう影響もあったかもしれませんね。しかしその一方で、ショパン本人は、バッハっぽい曲は作ってないんですよね。バッハから学んだことは色々取り入れているのでしょうけれども、ショパンはけしてそれと解らないように注意深く作曲していたんだろう、という事が逆に浮き彫りになります。他にも、シューマンはいかにもベートーベンから強く影響を受けている事を感じさせる曲も有るのに対して、一方のショパンは、自分の作品からベートーベンぽい要素を徹底的に排除していたんだろう、と言う事も、シューマンと比較することで浮き彫りになります。

 

想定されている楽器は、「ペダル・フリューゲル」という聴き慣れない楽器で、パッと見で解る大きな特徴は、ピアノに足鍵盤が付いていると言う事です。

 

足鍵盤付きのピアノは、もともとはパイプオルガン奏者の練習用を想定して作られた楽器だっただろうと思われますが、ピアノはタッチによる音量のコントロールができますから、オルガンとはまた違った長所で活用されていたんですね。ただし、オルガンと違って足鍵盤も踏む強さで音量が変わってしまうので、それは演奏が難しすぎたのかもしれません。現在は専ら普通のピアノを用いて3手または4手で演奏される場合がほとんどのようです。ドビュッシーが2台ピアノ用に編曲したりもしています。また、パイプオルガンでの演奏もYoutubeにはたくさんUPされていました。パイプオルガンだとさらにバロックぽくなります。

 

 

さて、音律との組み合わせに関してですが、パイプオルガンで具合良く演奏できることからも解る通り、パイプオルガンを想定してつくられた音律である 1/6コンマミーントーン や シュニットガーの音律 との組み合わせが具合が良いようです。ペダル・フリューゲルの場合も、その楽器の形状から連想されるように、パイプオルガンと同じような調律法が採られていた可能性が高いのではないでしょうか。この Op.56 の作曲時期は 1845年ということなので、この時代の調律の様子を知ることができる事例の1つとして興味深いと思います。

 

 

参考:Wikipedia ペダルピアノ

Wikipediaには、「 彼(R.シューマン)はペダルピアノ用の多くの曲を書き、ペダルピアノについてとても熱狂的でグランドペダルピアノを持つフェリックス・メンデルスゾーンライプツィヒ音楽院の授業で使用するように説得するほどであった。 」という説明が有ります。

 

R.シューマン Op.18 「アラベスク」ハ長調 の古典調律聴き比べ動画をニコ動にUPしました。

 

 

演奏は、自動演奏ピアノAmpico用のピアノロールをMIDI変換したものを使用させていただいており、元のピアノ奏者は レオ・オーンスタイン です。レオ・オーンスタイン はWikipediaに項目があり、私は20世紀の現代音楽には疎いので知りませんでしたが、現代音楽の分野で、かなりの功績を残した作曲家です。Youtubeで Leo Ornstein で検索すると、 レオ・オーンスタイン作曲の曲が多数UPされており、聴いてみると確かにどこかで聴き覚えがあるような気がする曲もあります。サスペンスドラマや昭和のドキュメンタリー番組のBGMを連想するような曲調で、もちろんそれらはそれ用に作曲されたものだったでしょうが、レオ・オーンスタインのような作曲家の影響を少なからず受けていたのだろうと推察できるレベルです。

英語版のWikipediaによると レオ・オーンスタイン は現代曲での名声を得た後、1920年代に Ampico社の自動演奏ピアノ用に、ショパン、シューマン、リストの曲のピアノロールの録音を行ったとあり、今回の聴き比べで使用させていただいたシューマンの曲の演奏も、その時の1曲と考えられます。 バリバリの現代音楽を手掛けた作曲家が、一方ではこのようなクラシック曲の演奏録音を遺していたというのも興味深いですし、自作の現代曲(未来派の曲)はピアノロールに残さなかったという点も興味深いです。もっとも、単に採算性の観点から現代曲のピアノロールが制作されなかった可能性もありますが。

レオ・オーンスタイン はとても長生きして2002年まで生きましたが、演奏の権利すなわち著作隣接権は演奏してから70年なので著作隣接権は切れています。

 

さて、シューマンのアラベスクに話を戻しましょう。曲調は、Op.15「子供の情景」と作曲時期が近いこともあり、「アラベスク」もこれとよく似た世界観で構成されているように見えます。

 

これもWikipediaからの受け売りになってしまいますが、この時期のシューマンが「 「ウィーンのご婦人皆のお気に入りの作曲家という地位に上りつめたいのです」と友人への手紙に記した 」というのは興味深い点です。そういう点ではショパンも、女性の手のサイズを考慮した作曲をしたりしていますし、ショパンの伝記の中ではショパンに多額の経済的支援をした女性の話が何人も出てきますから、ショパンもある意味ではパリで似たような所を目指していたかもしれないですね。そしてこの時代、ウィーンやパリでそこまでの経済力を持っている女性たちが居たというのが何より興味深い点です。例えばモーツァルトの場合だと、モーツァルトは注文を受けて作曲してお金を稼ぐということをしていましたが、多くの場合、お金を出すのは貴族の男性で、モーツァルトがお金に困った時にお金を無心したり借金したりする相手も男性でした。フランス革命の前後で、本当に世の中が大きく変わったんだなという事を思わせる話の1つです。

 

古典調律との組み合わせでは、この点でもやはり Op.15「子供の情景」と似たような傾向が見られます。かなりクセ強めのモデファイド・ミーントーンで問題無く演奏できます。12等分平均律でもそれなりに美しく響きますが、12等分平均律だと、どことなく悲しげな雰囲気を纏います。

 

1920年代、ピアノロール録音時の レオ・オーンスタイン がどのような調律を用いていたかについては、現代曲の作曲家だったことから12等分平均律だった可能性もありますが、当時のアメリカの流行曲の傾向などを考え合わせると、1/6コンマ・ミーントーンあたりが一般的にはまだまだ広く使われていたと考えた方が自然かもしれません。また当時、「平均律」とは単に「異名同音が可能」≒「ヴォルフが無い音律」を指していたと解釈できる音楽用語辞典の記載もあるので、そうだとするとラモーの音律ですら「平均律」の範疇に含まれていた可能性もあります。

 

参考:

聖者の行進 1923年頃

 

2人でお茶を 1924年

 

ガーシュウィン  I Got Rhythm 1930年

 

 

 

ショパン ノクターン第8番 Op.27-2 の古典調律聴き比べ動画をYoutubeにUPしました。 

 

【モデファイド・ミーントーン編】

 

 

 

【キルンベルガー・ウェルテンペラメント編】

 

 

1835年に作曲されたノクターンで、エチュードOp.25(エチュードの後半12曲)の作曲時期と重なっています。ショパンの私生活の方では、この頃にマリア・ヴォジンスカとの婚約がありました。この婚約は最終的には破談になってしまうのですが、このノクターンの作曲時点ではまだうまくいっていたらしく、作品にもHappyな気分が乗っかっているような気がします。2人の関係を示すものとしては、マリア・ヴォジンスカの描いたショパンの肖像画が残っており、当時のショパンの様子を知る貴重な資料になっています。この肖像画もちょうど1835年に描かれたものです。

 

古典調律との組み合わせでは、♭5個の変二長調で黒鍵を多用する曲なので、キルンベルガー音律やウェル・テンペラメントでは純正5度が多くなり、どれも似たような響きになります。純正5度が多いと響きに開放感やスケール感が出て、夕暮れや夜景のイメージに合う感じになります。

 

キルンベルガー第1との組み合わせに関しては、曲の中盤、36-37小節目あたりでD-Aのヴォルフが一瞬だけ出てきます。これをショパンが解ってやっていたのか、特に配慮なくたまたまそうなったのかの判別はできませんが、この曲の演奏に積極的にキルンベルガー第1を選ぶ理由には乏しい気はします。

 

モデファイド・ミーントーンの場合、黒鍵の5度は不ぞろいで、3度にもうなりがありますが、意外と具合良く演奏できる印象です。ラモーぐらいまでなら大きな問題は無いように聴こえます。ダブルフラットが出てくる所は良く言えば印象的、悪く言えばちょっと調子っぱずれに聴こえがちですが、何回も聴きこんで耳が慣れてくると「これもアリかな?」という気もします。

Eb-G#のヴォルフは、これも曲中にちょっとだけでてきます。

 

 

40小節目から41小節目にかけて、Eb-G#にヴォルフがある音律だと、D#(=Eb)とG#のヴォルフが現れます。特に低音のヴォルフは不穏な雰囲気をかもします。少なくとも伴奏はヴォルフを回避しようと思えば回避できたはずで、ウィーンなどでは Eb-G#にあえてヴォルフを少し残す場合があるという事をショパンが知らなかったはずも無いですし、色々考え合わせると、これは意図的なものだった可能性が高そうに見えます。低音でヴォルフを鳴らして不穏な雰囲気を演出するという技法はモーツァルト等が既にやっていますし、ミーントーンの裏技的なテクニックではありますが、突飛なものではありません。

 

曲の全体の雰囲気としては、モデファイド・ミーントーンの方がちょっと温かみがある感じがしますね。平均律やキルンベルガーだと涼しい・冷たい夜風が吹いている感じになる所が、モデファイド・ミーントーンの場合は春・夏のなまぬるい風っていう感じになる気がします。温度のことを temperature、音律のことを Musical temperament といいますが、調律が変わることで音楽の温度感が変わるというのは1つのポイントなのかなと思います。

 

曲の最後の和音をどう響かせるかというのも調律上の1つのポイントかと思います。

♭5個の変二長調という性質上、古典調律ではどの調律法と合わせても、ある程度のうなりが出ます。平均律でももちろんうなりが出ます。ただしその響きの質は調律法による差が生じます。最終的には好みの問題になってしまいますが、ショパンはこの曲の終わりの「美しいうなり」というものにこだわっていたはずです。この点で問題があるのはクープランで、この音律は興味深い響きを色々な所で聴かせてくれるのですが、この曲の終わりの部分に関してはちょっと響きが崩れすぎていてこれはナシですね。逆に言うとラモーやシュニットガーぐらいまでならば、5度・3度の両方が少々ずれていても、それはそれで美しく響かせられることが確認できます。

 

引き続き R.シューマン です。今日は Op.16「クライスレリアーナ ピアノのための幻想曲集」より No.7 Sehr rasch  (非常に早く)の古典調律聴き比べ動画をニコ動にUPしました。

 

 

自動演奏ピアノ Ampico用のピアノロール #68311 をMIDI変換したデータを使用させていただいており、演奏は ラウール・プーニョ( Raoul Pugno 1852 - 1914) というピアニストによるものです。Wikipedia にこの人の項目があります。ピアノの演奏をレコード録音することに最も早く取り組んだ人の1人で、Youtube で Raoul Pugno で検索すると、20世紀初頭の録音をいくつか聴くことができます。 プーニョ が師事していたピアニスト ジョルジュ・マティアス はショパンから直接教えを受けた弟子の一人で、したがって プーニョ はショパンの孫弟子ということになります。実際にプーニョはショパンの曲の録音も多く遺しており、プーニョ の録音はショパン研究家にも注目されています。私的には、音質は悪いものの、当時の調律を知る手掛かりとしても注目しています。

 

さて、今回の題材である シューマンの「クライリスアレーナ」は1838年に作曲され、ショパンに献呈されています。これに対する御礼として、ショパンからは バラード第2番が シューマンに献呈されていますが、これに関してはショパンは消極的だった様子が当時の手紙などから伝えられています。(参考:その後のショパンとシューマン ピティナ読みもの連載)

 

「クライリスアレーナ」は、シューマンとしては相当に頑張って作った力作だったんだろうなという事が楽譜を見ただけでも伝わってきます。しかしそのために、むしろショパンの音楽との方向性の違いはより浮き彫りになっていて、シューマンが期待するほどにはショパンは「クライリスアレーナ」を喜ばなかっただろう、というのも解る気がします。R.シューマンの1つ前の作品 Op.15 「子供の情景」はフランツ・リストが絶賛していたことが知られていますが、ショパンが生涯にわたって多数のマズルカを書き続けていたことを思えば、ショパンも同様に Op.15 の方が好きだっただろうと思いますね。ショパンが本気でマズルカに取り組んでいる事をシューマンは理解してなかったのです。

 

 

さて、そんなかわいそうな「クライリスアレーナ」第7曲の古典調律聴き比べについてです。テンポの速い部分は、短調の曲という事もあり、平均律でも他の調律法でも、それぞれ解釈が可能で大きな問題は無いように聴こえます。問題は終盤、ゆっくりになってきて和音の響きを聞かせる展開になってきた時に、微妙な調律の違いが気になり始めます。平均律とキルンベルガー第2はコード進行のちぐはぐな感じが否めません。綺麗にビシッとハモってほしい所がハモらないんですよね。聴き比べ動画に纏めた6種類の中では、やはりラモーかシュニットガーぐらいのモデファイド・ミーントーンがバランスが良いように思います。最後のクープランも興味深い響きを聞かせてくれます。

 

 

引き続きシューマンです。今日は 交響的練習曲 Op.13 の古典調律聴き比べ動画を纏めてニコ動にUPしました。 

 

 

Wikipediaによると、この 交響的練習曲 Op.13 は1837年の初版、1852年の第2版、そしてブラームスの校訂により1890年に出された第3版があり、その第3版には 第1版に入らなかった5曲が「遺作」として加えられました。上記で使用させていただいた演奏は、この遺作を織り交ぜた形での演奏になっています。初版に入らなかった5曲は、ゆったりしたテンポの曲が多く、比較的演奏が容易なものが多いので、「練習曲」という表題にふさわしくないと判断されたのかもしれませんね。ひとまとまりの作品としては、今回聴き比べで使用させていただいている演奏のように遺作を織り交ぜた方が、緩急があってバランスが良いように思いました。

 

ショパンのエチュード op.10 が1833年に出版されており、一方でこちらの作品が作曲されたのが 1834年から1837年にかけてということなので、ショパンのエチュードからも何らかの影響を受けていた可能性は高いのかなと思いました。シューマンは1832年に指を故障していることもあってか、ショパンのエチュードよりも演奏上の難易度は低そうに聴こえますが、ショパンが運指の合理性をよく考慮して作曲するスタイルなのに対して、シューマンは難しさの質が違うんだろうなと思いました。

 

古典調律との組み合わせでは、MIDI録音の演奏者が平均律で演奏しているという事もあり、平均律でも問題は無いように聴こえます。同時に、キルンベルガー音律やモデファイド・ミーントーンでも具合良く演奏することができ、ショパンのエチュードがそうだったように、色々な調律法で演奏される事を想定した曲だった可能性があります。嬰ハ短調の曲が大半を占める曲集ですが、黒鍵を多用するにもかかわらず Eb-G#のヴォルフが悪目立ちするような所もありません。

 

 

関連:

 

 

シューマン Op.9「謝肉祭」の古典調律聴き比べ動画をニコ動にUPしました。

演奏は MIDIアーカイブに多数のMIDI録音演奏を提供されている Robert Finley 氏のもので、演奏時期は不明ですが少なくとも15年以上前の演奏のようです。 

 

 

1835年、シューマン 25歳の頃の作品です。Wikipediaによると、当初は私的な場での演奏を想定して作曲されていたが、後に出版され、演奏会でも演奏されるようになったという事です。このあたりの経緯は、サン=サーンスの「動物の謝肉祭」に似ていますね。

 

20曲ほどの小作品と2曲の間奏曲から成りますが、間奏曲のうち「 Sphinxes 」(スフィンクス)は、 「演奏するには当たらない」 と書かれているそうで、この聞き比べの演奏MIDI録音でも省略されています。

 

面白いと思ったのは、12曲目に、その名も「ショパン」という曲がある事です。ショパンて、あのショパン以外にはいませんよね? 曲調は、ノクターンぽい雰囲気で、1835年時点で出版済みのショパンのノクターンといえば Op.9、Op.15 あたりをシューマンが知っていて、取り入れた可能性があることになります。Op.27が1835年なので、これも知っていた可能性もありますが、タイミング的には微妙な所でしょうか。当時、ウィーンでショパンがどのように受け止められていたかを知ることができる面白い事例だと思います。ショパンは1833年にエチュードOp.10の12曲も出版済みでしたが、おそらくこちらは難しすぎて演奏される機会が少なく、ショパンのノクターンのイメージを変えるほどには広まっていなかったのだろうという様子も伺えます。

 

この「謝肉祭」は1837年に出版されています。自分の名前が使われているとなれば、ショパンもこの楽譜を手にとって演奏してみたかもしれませんね。ショパンは1839年に24の前奏曲 op.28 を完成させていますが、このように非常に自由でバリエーション豊かな曲集を作るというアイデアは、シューマンの影響も有ったのかもしれません。特に、曲と曲の繋ぎのエレガントさには、類似点がいくつか見られるような気がします。

 

さて、古典調律との組み合わせについてですが、この曲集は変イ長調が多用されており、Abの音が頻出します。これについてはWikipediaに、「 実らなかった恋の相手エルネスティーネ・フォン・フリッケン (Ernestine von Fricken) の出身地アッシュ)のドイツ語表記「ASCH」を音名で表記した 」などという説明があり、意図的にそのように作曲されたということが解ります。その結果として、Eb-G#(=Ab)にヴォルフのある調律では具合の悪い響きが頻出します。

 

この曲集におけるEb-G#(=Ab)のヴォルフが意図的なものだったか否かの判断は微妙で、私は「有りえないとも言い切れないな」と思っています。というのは、テーマが「謝肉祭」で、「私的な演奏会のために」作曲されたという背景があるからです。「謝肉祭」の雑然としたお祭り騒ぎの雰囲気をヴォルフで表現するというのは有りえそうに見えますし、一方でそのような曲を公で演奏すれば、一部の人々から批判されることも容易に想像が付きますから、私的な場での演奏に限定していた、という可能性が考えられる訳です。

 

平均律やキルンベルガー音律ならば、Eb-G#(=Ab)のヴォルフの問題は無いのですが、こうやって聴き比べてみると、そういう音律では「謝肉祭らしさ」も減じられてしまうような気がするのです。何度も聞いて聞き慣れてくると、Eb-G#(=Ab)に少々ヴォルフが残っていても解釈可能で、むしろ逆に具合の良い所も多い気がしてきます。

 

 

これまでロベルト・シューマンの曲は軽く数曲しか調べていたなったので、ちょっと掘っておきます。今日は シューマン ピアノ協奏曲イ短調Op.54 です。協奏曲ですが、聞き比べに用いたのはピアノ独奏アレンジ版です。ピアノ演奏は、 Robert Finley 氏というピアニストの演奏によるものです。このかたはMIDI録音のアーカイブを沢山のこされていて、いろいろなMIDIサイトに登録されています。演奏自体はおそらく20年以上前のものだと思います。

 

1楽章

 

2楽章・3楽章

 

 

 

「シューマンのピアノ協奏曲」と言われて、どんな曲だったか思い出せる人はかなりのクラシック通の人だと思います。しかし聞いてみると、案外どこかで聴き覚えがある曲なんですよね。調べてみると、その昔、「ウルトラマンセブン」の最終回でこれが使われたらしく、それでオッサン世代は聞き覚えがある、ということのようです。いまどきの子供番組では、こういう本格的なクラシック曲が使われることは稀になってしまいました。費用の問題も有りそうですが、この点はもうちょっと見直されてもよいのではないかと思います。

 

Wikipediaによると、この曲はロベルト・シューマンの奥さんのクララによるピアノ演奏で初演されたそうです。ロベルト・シューマンとクララは子供が8人もいるほど仲の良い夫婦だったみたいで、その上、音楽面でも、旦那さんの曲を奥さんが初演したりして、ザ・ロマン派を体現するようなカップルですね。

 

今回、ピアノの音色には、ピリオド楽器のエラール(1849)の音色をあててみました。この時代のピアノフォルテの音色は、時代を反映しているのかとにかく「明るい」響きをしているものがとても多く、実際にシューマンの曲はそういう明るい音色のピアノがしっくりくる曲がとても多いです。

  

さて、各種調律での聞き比べですが、この曲は平均律は具合が悪いです。平均律は「甘えるような表現」が苦手なので、そのせいで「ロマン派っぽさ」の魅力がかなり減じられてしまいます。今回聞き比べ用に収録した中では、シュニットガー(5番目)ぐらいが一番バランスが良いように思います。G#-Ebに少しヴォルフが残っていても、それが悪目立ちすることもありません。これは他のシューマンの曲でも一貫しているので、作曲上、G#-Ebのヴォルフに配慮して作曲されていた可能性が高いと思います。クープラン(6番目)でも、大半の部分は具合良く演奏できます。なおヴォルフ緩和の調整が入ってない1/4コンマ・ミーントーンは、明らかに響きが壊れる所がいくつか出てくるので収録しませんでした。

 

キルンベルガー第2での演奏がアリかナシかは微妙です。この時代のウィーンの作曲家は大なり小なりベートーヴェンの影響を受けているので、 キルンベルガー第2で演奏すると、ベートーヴェンぽい部分がいかにもベートーヴェンぽくなってきて、影響を受けている部分が解りやすくなるような気がします。キルンベルガー第2はA音を含む和音の響きが悪くなる調律法なので、イ短調の曲ではそういう具合の悪い響きが頻出することになりますが、「短調」の影のある感じにはむしろそういう濁った響きの方がハマるという解釈もありえるかもしれません。

 

関連:

 

 

 

イヴァノヴィチ作曲の 「ドナウ川のさざなみ」の古典調律聴き比べ動画をニコ動にUPしました。今回もMIDIアーカイブサイトの打ち込みMIDIデータを使用させていただいたものです。打ち込みデータなので機械的な演奏になっているのはご容赦ください。なお、序奏部はカットされています。

 

 

最近は演奏されている所をほとんど見かけないので若い人は知らないかもしれません。駅の発車メロディとして使われている所があるらしいので、その地域の人なら聴いたことがあるかもしれません。戦前は軍楽隊の主要なレパートリーの1曲だったらしく、戦争を題材にした映画やドラマの軍楽隊の演奏でしばしば出てくるので、高齢の人は軍楽隊のイメージで知っているという人が多いのではないかと思います。

 

改めて調べてみて驚いたのは、この「ドナウ川のさざなみ」は、ヨハン・シュトラウス2世の「美しく青きドナウ」(1867年)よりも後の曲なんですね。その割には「美しく青きドナウ」よりも古臭く聴こえてしまいますが、これは作曲者がルーマニア出身ということが影響しているのだろうと思います。ルーマニアは歴史的に色々な隣国の占領を受けて混乱が多かった国です。1877年にオスマン帝国(現在のトルコ)から独立しており、1880年と言うのは独立したばかりの時期にあたります。

 

1880年は日本では明治13年で、欧化政策が本格化し始めた時期にあたります。鹿鳴館が1883年に完成しています。当時の最先端の音楽として、この曲がヨーロッパから日本に取り入れられたことが解ります。第一主題はなんとなく瀧廉太郎の「荒城の月」を連想させるような雰囲気で、こちらは1901年の曲ですから、瀧廉太郎も何がしか影響を受けていたかもしれませんね。

 

 

 

古典調律との組み合わせでは、曲の中でD-Aの5度も出てくるのですが、純正律で演奏しても意外なほど気にならないですね。ツァルリーノ音律でもほぼ問題なく演奏可能というのはびっくりです。もっとも、これは私の頭の中に昔の軍楽隊のオンチな演奏イメージが出来上がってしまっているせいかもしれませんが。

 

色々聞き比べてみた感じでは、一番しっくりくるのは 1/4コンマ・ミーントーンでしょうか。この曲もリピート記号が多用されていて、ほとんどの部分を2回繰り返す構成ですが、1/4コンマ・ミーントーンであれば、むしろリピートした方がちょうど良く感じます。

 

ここまで色々調べてきてみて解る事は、19世紀末になってもまだまだ 1/4コンマ・ミーントーン で上手く演奏可能な新曲というのは発表され続けていて、けして廃れてはなかったのだろう、ということです。 この時期の曲で 1/4コンマ・ミーントーン で演奏可能な曲を改めて列挙してみると、誰でも知ってそうな曲だけでも:

 

・ヨハンシュトラウス2世の作品 「美しく青きドナウ」(1867年)、その他多数

 

・ビゼー「カルメン」より「ハバネラ」 (1875年初演)

 

・ボロディン 「イ―ゴリ公」より「ポロヴェツ人の踊り」(だったん人の踊り) (1890年初演)

 

・チャイコフスキー 「くるみ割り人形」より「花のワルツ」(1892年)

 

・スーザ 「星条旗よ永遠なれ」1896年、その他多数

 

一方、19世紀前半に活躍したショパンの場合、ヴォルフ1ヵ所の1/4コンマ・ミーントーンで演奏できる曲はほとんど「偶然かな?」というレベルしか存在しませんでした。それと比較すると19世紀後半の方がむしろ調律のクセは強くなっているようにさえ見えます。こういう事例を見る限り、「時代を経るにつれて調律法はだんだん平均律に収束して行った」なんてことは全然言えないな、という事が解ります。

 

バダジェフスカ「乙女の祈り」の古典調律聴き比べ動画をニコ動にUPしました。Wikipediaの乙女の祈りの項に参考演奏として掲載されているMIDIデータを使用させていただきました。

 

 

日本では明治時代から広く親しまれている曲ですが、欧米ではすっかり忘れられていて、本国のポーランドでさえ知られておらず、日本に留学で来たポーランド人によって再発見されて、やっと近年になって再評価が進められているそうです。「乙女の祈り」は1851年の新聞に出版についての告知があり、この頃に作曲されたものと考えられています。ショパンが亡くなった2年後という事になります。

 

今回ちょっと調べてみて気が付いたのですが、日本で広く親しまれてきた理由の1つには、題名の翻訳「乙女の祈り」がとても上手な訳で、日本でプラスに作用した面がありそうだなと思いました。ポーランド語の原題は Modlitwa dziewicy  だそうですが、これを自動翻訳で直訳すると「処女の祈り」になってしまいます。これ、もし明治時代の翻訳者がそのまま直訳して「処女の祈り」として発表していたら、ちょっと違う運命になっていたかもしれませんね。実際、そのまま直訳された欧米各国での評価がイマイチなのは、その題名にも原因があるかもしれないなと思いました。いかにもフェミニストに攻撃されそうです。

 

古典調律との組み合わせは、正直なかなか厳しいです。日本では平均律での演奏がすっかり定着して聴き慣れているから、と言う事も有りますが、調合が♭3つの 変ホ長調 Es Dur というのがクセモノで、なかなかしっくりくる古典調律が無いのです。

 

キルンベルガー音律の場合、この曲は D-A のヴォルフが出てきませんので、 キルンベルガー第1でも演奏可能です。キルンベルガー第1の場合、 変ホ長調 の主要な音階はピタゴラス音律になるので、単旋律を美しく聴かせる事は得意です。平均律を聞いた後だと、平均律から大きくズレる音程で違和感を感じますが、聴き慣れればそれはそれとして受け入れられるレベルと思います。

 

デメリットは、伴奏の和音の3度がピタゴラス3度になってしまい綺麗に響かないことです。日本人の場合、もともと伝統的に5度を純正に取っていて、琴などで馴染みのある響きだったりするので、一見すると「これはこれでアリかな?」という気がしてしまいます。ピタゴラス音律の三和音は、良く言えば「清涼感のある響き」、悪く言えば「寒々しい響き」「落ち着きの無い響き」になってしまいますが、この「乙女の祈り」の曲調から連想される季節は秋か春、もしくは初夏ぐらいのイメージでしょうから、「清涼感のある響き」もそれはそれとして音楽的な解釈が可能です。「落ち着きの無い響き」も、まぁ、そういう乙女なんだろうと解釈可能です。

 

問題は、原曲は最後の所を除いて、1パート毎にすべてリピート記号が付いているという事です。こういうリピート記号の使い方は、モーツァルトをはじめとしてミーントーンで作曲されていた時代の曲に多く見られる特徴です。和音が綺麗に響く調律であれば、耳に心地よいので、こういうリピートはむしろちょうど良く感じるのですが、平均律やキルンベルガー第1(の変ホ長調はピタゴラス音律と実質的に等価)のような和音に濁りがある調律の場合は、このリピートはあまりにも冗長に聴こえてしまいます。

 

今回利用させていただいた演奏MIDIデータも、リピートが全てカットされているのは、平均律が想定されているからだろうと思います。実際に現在のピアノの発表会などでも、リピートは省略されるのが普通のようで、YoutubeにUPされている演奏例をいくつか調べましたが、原曲のバダジェフスカの指示通りに愚直に全てリピートしている演奏は見つけられませんでした。

 

・・・しかし、バダジェフスカ は、リピート記号を付けたのです!

 

これが何を意味しているかと言うと、やっぱり平均律やキルンベルガー音律よりは、もうちょっと和音が綺麗に響く調律をバダジェフスカは想定していたのだろう、と解釈した方が自然ということになるのです。

 

ところがここに、G#-Ebにヴォルフが残っているミーントーン系の音律を持ってくると、Abが調子っぱずれに聴こえるという問題が顕著化します。G#とAbは異名同音ですが、G#-Ebにヴォルフが残っている音律というのは、その名が示すとおりG#が具合良く聴こえるように調律してあるので、Abは調子っぱずれに聴こえがちなのです。

 

ではG#-Ebのヴォルフがほとんど目立たないように調律されているラモー(聴き比べ4番目)なら大丈夫かというと、これはこれで主旋律が全体的にとても具合が悪い事になってしまいます。こうなってしまうと、むしろヴォルフが残っているシュニットガーの方がまだましです。

 

クープランまで行くと、調子っぱずれはさらに顕著になりますが、その分、和音はより綺麗に響くようになります。この調子っぱずれが許容できるかどうかは、19世紀の時代背景についてちゃんと調べないと、何とも言えません。

 

耳が慣れてしまうほど何十回も聴きこめば、まぁそれでも、慣れというのは怖いもので、1/6コンマミーントーンぐらいまでなら、「それはそういうもの」として受け入れられない事も無いかなと言う気はします。和音の響きに関して言えば、1/6コンマでも 平均律やキルンベルガーよりはずっと心地よく響きます。旋律もそこまで酷くは崩れないので、ここまでならギリギリセーフかなと思います。

1/6コンマミーントーンの場合、ヴォルフを緩和するように黒鍵の音程を微調整するバリエーションもあるので、そういう音律であれば、なおベターでしょう。

 

 

参考:1/6コンマミーントーンが上手く合う曲の例