1982年 オレ中学1年生 彼は華々しく逝った
忘れもしない中学1年生の夏だった、あの衝撃の出来事をここに書き記す。
主人公はオレではない、匿名としたいところだが実名で小池としておこう。
こいつも小学校からの盟友で中学生になっても一緒に遊びに行っているような悪友と言ってもいいくらいの友達だった、ちなみに県営住宅住まいの妹が何人いるのってくらいいたと思う。
中学年の夏だろう、オレは当時再放送でいわゆるリバイバルとなっていた「エースを狙え」に完全影響されて、と言うか当時の同級生は半数が影響されたのだが中学入学と同時に希望を出したのがテニス部で当時どれだけいるのってくらい入部希望者がいたんだけど、将来の松岡修三を目指した一人の天才テニスプレイヤーがここにその記念すべき一歩を歩みだした。
それがね、とにかく部員が多いんだけど、当時顧問だった先生が完全な独断と偏見でポジションを決めてくワケ、その結果まさかの後衛に、え、先生僕は後ろからバンバンと決めて行きたいのですが、と言った所で話が通るはずが無く前衛決定と同時にボレーなんかできるか、とあっさり部活は行かなくなると言う潔さ。 6月頃ってそんなアウトローな部活をドロップアウトしたヤツが結構いて小学校からの馴染みの小池も同じように暇を持て余していた。
7月後半、夏休みが始まって数日、そんなドロップアウトした奴らは当然体力だけは余ってるし、夏休み中部活もサボってるので時間はあると言う事で集合し山に行くことに。
地元じゃ有名な山なんだけど意外に標高もあるのでチャリンコで行くのは憚られるんだけど、いえいえ、当時の中学生をなめんじゃねえよ。 自転車あれば例え地の果てまでも漕いでいくくらいの体力は持て余してるので当然自転車で行くんだけど、これも時代なんだよね、家庭環境といいますか生活水準がそのまんま子供の遊びにまで色濃く出るわけ。
って言いますか、ゆとりある家庭のヤツは当然5段階切り替えのスーパーチャリで登場。
結構な割合でこのような高級車、大人の社会で言えばBMWですよ当時の小学生で例えるなら
オレ達いわゆる貧乏と言うと自虐的なので超省エネスタイルな家庭の奴らは、自分達のエネルギーを存分に使っていわゆるママチャリを一生懸命漕ぐワケですよ。
とりわけ先頭集団で一歩頭を出していたのが今回の主役の小池で体力はピカイチでママチャリをどう漕いだらそんなスピード出るのってくらいのスピードで山に上って行く坂道を何も無いような余裕な表情で先頭集団を形成してるワケ。
おお小池、お前のその立ち漕ぎ、体力は尽きないのかいと後ろからヤツの背中を見ながら心の中で叫んでいるオレだった。ちなみにこの小池は100m走、短距離ね、異常に早くって当時陸上部でも無いのに代表に選ばれるほどに、その頃の異名が犬より早い男だった。
その、犬より早い男なんだけど、後ろから見たらお前のその偽物と一発で分かるTシャツ何よ、背中のロゴがADIDOS、アディドスって、どこで買ったのよ。
それ某有名スポーツメーカーのパチもんじゃねえのと友達全で笑ってましたが、本人の名誉のために、それを伝えたヤツは結局いなかったんですけどね。
その某有名メーカではTシャツを粋に着こなし、しかも県営住宅住みの小池の背中を追いかける事1時間以上、到着です山頂ですよ、上がってみると思ってたほど感動も少なく、結局ただの山の上じゃんと言う事で、2時間弱も自転車漕いで汗かいてたもんで、それじゃ皆でジュースでもとなるワケですよ、自販機の前でコカコーラ選ぶヤツ、まあ妥当な線ですね、スプライトですか、これも有り、グレープ、おおいい所ついてますね、やっぱ皆センスいいですね、オレは三ツ矢サイダーだったけど、これも乾いた喉に一気に流し込むには十分な清涼感。
それじゃ気になる偽Tシャツの男、噂の小池を見ると、チビチビ飲んでるわけ何かを、お前は男だろ、男は腰に手を添えながら一気に飲め、と言う事で飲んでた缶を見たところ、まさかの
ピーチネクターってな、お前はお嬢様なんかいと大声で叫びたい。
そんなね、喉カラカラな状態でドロドロのね、桃ですよ、しかも炭酸入って無いじゃないかと、そこにいたほぼ全員が思うワケ、アディドスのTシャツを着た、妹がやたら多い、県営住宅から参加のお前、小池 なんでその貴重な100円をピーチネクターに使うのかと。
まあそんなこんなで帰ろうとなった時に、帰りは当然下り坂なんです、スピードは出るしでキーキーキーキー全員のブレーキは悲鳴を上げながら急な坂を下り始めました。
当時の自転車のそのブレーキのクオリティなんて信用できたもんじゃないわけです。
ゴムでタイヤのホイールの鉄の部分を押さえて減速すると言う超簡単なメカニズム。
このブレーキの欠点は所詮ただのゴムなんで長時間ブレーキをかけ続けると消しゴムよろしくとばかりに削れて無くなっていくんです。 焦げた匂いと共にゴムは減り続ける一方
小池、おお、お前のそのサーキットの狼のようなコース取り、そこからのファストインそしてスローアウトと言う教習所で習うレベルのコーナー技術。
お前は勉強は全く出来ないくせに、走ったり自転車漕いだりと言うアクティビティーはなぜ故に
そんなに早いのと、誰もがあいつのそのスピードに感激していたちょうどその頃。
でもね小池君、カーブは50か所以上あるワケで、カーブも30を数える頃には既にお前のブレーキパッドは数ミリの状態、それでもお前はお構いなし、お坊ちゃまの5段変速のチャリのようなデリケートな構造はしてないしキーキーキーキー初めから嫌な予感がしてたんだよ。
もはや自転車の断末魔ね、最後の叫び声をあげながらそれでも小池はコーナーを攻め続ける。
それから数分もしない頃、やべーと言う声と共に小池の自転車はパッドが無くなったようです。ブレーキと言うかパッドを固定している金属が自転車の前輪、後輪を挟んでいるだけの状態。
エマージェンシー、エマージンシー、アンコントローラブル、アンコントローラブル、と飛行機の操縦だったら警告音が鳴っていた事でしょう、ブレーキは全く効かない状態。
オレ達にはお前の自転車のキーと言う金属音しか聞こえないわけです、そりゃ当然スピードは減速するワケも無く加速し続ける、誰もがその小池のスピードを見て、ああ小池怪我するか、もしくは死んだなと確信しました。
ガードレールも迫りくる、そんな状態で幾つかカーブを曲がったその時ですよ、アイツの自転車の前輪が異常なほど跳ね上がり、一瞬宙を舞うんじゃ無いかと言う状態で、後ろを追っていたオレ達は残っているブレーキをフルにかけたて止まった時に、真横に倒れ込んだままの小池はどうなったかと言えば、とてつも無いスピードで横になったまま次のカーブへと滑り込みました。
オイ小池と言ってしまうと有名な指名手配犯なんですが、当の小池は全く減速する事無くガードレールへと突っ込み、そのまま当たって大破かと思ったその瞬間、まさかのガードレール下の狭い隙間を見事にすり抜け、叫び声と共に崖下へ消えて行ったのでした。
その瞬間のまるでスローモーションのようなゆっくりとした、全員が小池の最後の姿を目に焼き付けようと思って注視しましたが、偽物のTシャツのロゴだけが妙に目立っていました。
それでもね、ガードレール下を見事にすり抜ける運の良さと言うよりお前の場合は悪運。
その後、斜面の崖下から自転車を引きずりながら登ってきた小池、既にジャージの下は擦り切れ膝がやぶれ血も滲む状態で、それでもバツ悪いのか笑いながら戻ってきた小池。
小学校からの仲良しだった小池、血が滲んで大丈夫かと声をかけたかったけどオレはしっかり見ちゃったのね、お前のジャージの下のズボン、ロゴはやっぱりADIDOSなんかい。
そして小池、その素晴らしいガードレール下を潜り抜ける運の良さ、その後彼は同級生からこう呼ばれている、ガードレール下の魔術師と。
小池、お前とは死ぬまでにもう一度ツーリングしたいぜ