横浜の山手をブラブラ歩くことを時々行っている。何か変わったことはないかとチェックする自称山手ウォッチャーである。先日何気なくある家の表札を見たら"Meibergen"(メイベルゲン)と書いてある。

 

珍しい名前である。筆者はとっさに1942年1月、ドイツ大使館によってドイツ国籍をはく奪された次のユダヤ人の家族を思い浮かべた。彼らは戦後ずっと横浜に戻っていたのか?

アドルフ・メイベルゲン 商人    終戦時71歳
メタ・メイベルゲン   同妻   同 65歳
ハインツ・メイベルゲン 同子供  同 44歳

 

Meibergenの表札(住所は隠しています)

 

Meibergenはドイツ語に忠実に読めば、マイベルゲンとなるが戦時下の日本では英語読みで、メイベルゲンと記したのであろう。子供のハインツは戦前、横浜でアメリカのユダヤ人協会などから資金供与を受けながら、欧州から逃げてきたユダヤ難民の滞在と第三国への出国を手伝ったという。

 

商工信用録などによるとハインツ・メイベルゲンは山下町24番で1936年から輸出業に携わっていた。

一家は終戦時、軽井沢(24XX番)に疎開した。(あえて具体的番号は伏せる)そこも筆者は訪問したが建物は新しかった。石積みの門柱のみ当時のままかもしれない。

 

場所は旧軽井沢の奥の方で、隣はドイツ人のブルーノ・ペッツオルト家(実際はオーストリア人だが、国が併合されドイツ人に)で、他にも幾人かのドイツ人家族に囲まれて暮らした。彼らは特にユダヤ人に対しての反感も抱いていなかったのであろう。戦後鎌倉にシーキャッスルを開いたライフ家も、ナチスとは程遠いドイツ人だ。

 

メイベルゲンの疎開した住所

 

軽井沢には戦後はGHQによる救済委員会があり、居残る外国人に食糧、日常品の援助をしていた。彼らの連絡票によれば終戦の翌年の1946年10月、メイベルゲン家(2名)は日本を去り、対象者リストから消去された。メイベルゲン家はこうして日本を去ったと理解していた。そして筆者の調査も終わった。

 

しかし今回の表札発見からもう一度メイベルゲンについて調べると1951年、World Tradingというアメリカの会社の代表に就いている。住所は横浜市中区小湊町だ。アメリカの会社の代表になれたのは戦前のユダヤ人救済協会の繋がりからであろうか。53年には会社は銀座に移る。代表は依然メイベルゲンだ。

 

54年には独立し、中区滝之上に「ハインツ・メイベルゲン」という会社を興している。つまり3人家族であったメイベルゲン一家の内、先のGHQのリストにあるように高齢の両親(2名)が戦後まもなく日本を去り、息子ハインツは残留したと考えてよいであろう。

 

55年には「メイベルゲン商会」として中区海岸通9番の「横浜ビル」210号に移る。ビジネスは順調に拡大したようだ。「横浜ビル」は横浜では戦後初の高層ビルとして50年に竣工した。現在取り壊され、新しいビルが建つ予定である。

 

横浜ビル。たまたま筆者は地味なビルだと思いつつも、写真に撮っていた。

 

この1955年当時、同社は「鳥の倉庫」が中区池袋にあり、さらには同区宮川町にペットショップがあった。突然出てきたペットショップ、日本人の社員も多いから彼らのペットの会社を買い取ったのであろうか。横浜の従業員は12名で、東京にも支店(従業員4名)が出来る。扱い商品は雑貨で世界に代理店があると書いている。

 

「岡山畜産だより」54年7月号には

「笠岡市内でのローラーカナリヤの飼育は昨年からグッと増加し、岡山県輸出鳥農協を通じて横浜経由でアメリカに輸出されているが,このほど53年産の輸出を全部終った。カナリヤの輸出は8月から5月までの10ヵ月間行われるが,53年産は52年より約5割多く,オス3,000羽,メス2,000羽が横浜 H・マイベルゲン商会に送られた」

という記事がある。このH・マイベルゲンは先のハインツ・メイベルゲンであることは間違いない。そして当時は小鳥もアメリカへの輸出品であった。

 

そして1980年度版を見ると会社の住所は、山手XX-X番と筆者が今回見つけた住所に変わっている。こうして全て繋がった。メイベルゲンも横浜を愛した一人であろう。ちなみに大部分を覆った表札だが、そこには日本人の名前も書かれている。日本人と婚姻関係にあったと考えられる。

 

ところが筆者が見つけたちょうどこの日、玄関が開け放たれ、この家は引っ越しで出ていくところの様であった。調査を始めてからまさに最後の最後に、メイベルゲン家に巡り合えたのか?

荷物が全部出された様子のメイベルゲン家。恐らく孫の世代だ。国籍も再び取得しているはずだ。

 

メインのホームページ「日瑞関係のページ」はこちら
私の書籍のご案内はこちら

『第二次世界大戦下の滞日外国人』 
(ドイツ人・スイス人の軽井沢・箱根・神戸)は こちら