銀座の隣、新富町の大野屋總本店

 

1849年に現在の新富町に移転し、代々足袋を作る。歌舞伎役者や芸者さんに愛用された。
現在の建物は1924年築(1955年頃改修)で 登録有形文化財。ほぼ銀座で築100年を超えた木造建築だ。

奇麗に維持されている。


 

建物の正面は言うまでもないが、切り妻屋根の側面も美しい。

右の白壁の建物は後年に建てられたものだろう。

 

近くの三吉橋の碑。

かつては橋の下には川が流れていたが、現在はその橋も埋め立てられ、首都高速道路になっている。

 

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次は上野広小路の近代建築を訪問。

 

黒沢ビル(旧小川眼科病院)


現在も小川眼科が入るが、ネットではどれも旧がついている。
1929年竣工で国の登録有形文化財。すっきりとした建物で奇麗に維持されている。


 

正面1階の鉄平石貼りもオリジナルとのこと。

 

入口の欄間には ステンドグラス。
この日は珍しく他にも撮影者がいた。ここはその世界ではかなり有名。

 

登録有形文化財と景観重要建造物(台東区)

 

堺屋ビル

 

1929年竣工の アールデコ調の 近代建築。
ネットでは2018年ころまで、改装前のスクラッチタイルの古びた建物の写真が見られる。

こちらは復元されたビル。
堺屋の文字の横のクローバー模様のレリーフは朝倉文夫の作とされ、新しいビルにもデザインが引き継がれている。

 

そこから目と鼻の先にあるのが、上野公園 不忍池の「蓮見デッキ」。
残念蓮の花は枯れているが一面の蓮は見事。
手前には救命浮き輪も用意されている。
先の緑の屋根は 不忍池辨天堂。

 

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先日の銀座一丁目の2棟の戦前の建物(こちら)に続いて紹介。

銀座一丁目 辺りは戦災が少なかったか?

 

鈴木ビル


1929年に建てられた、公演や稽古事などに部屋を貸し出す「貸席建築」。銀座らしい!


 

2階から上の外壁は スクラッチタイル か。
縦に並んだ出窓が良いアクセント。


 

東京と認定歴史的建造物

 

 

 

岩瀬博美商店


年季を感じるスクラッチタイルの建物は1928年築。


 

フジハト牛乳など乳製品他の問屋であった。
ビルは使用されている気配はあまりないが、看板が出ているので、今も同社の所有か。

 

実をいうとこのふたつのビルは隣り合って建っているが、そういう報じられ方はほとんど見たことがない。

 ふたつの建物が並んで戦災、再開発をくぐり抜けてきたことは誠に喜ばしい。

 

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銀座一丁目に残るふたつの戦前の建物を訪問した。

 

奥野ビル 

実際にはふたつの建物からなり、 左側の本館は1932年に竣工、「新館」と呼ばれる右側は1934年に完成。 スクラッチタイルが少しくすんでいて味がある。 

 

スクラッチタイルは多数の細い溝の模様があるタイルで、1928年から1931年に流行がピークを迎えた。まさに流行のタイミングで造られた建物。

歴史的建造物(中央区登録有形文化財・近代建築物)

 

驚いたのは現役ビルで、人が頻繁に出入りしていること。 

かつては銀座でも屈指の高級アパートだったが、今も人気は高い様だ。

 

スクラッチタイルのオンパレード!

 

川崎ブランドデザインビルヂング
先の奥野ビルと同じく1932年竣工。「五十鈴商会」の社屋として竣工した。

現在のオーナーは2013年にビルを取得。
加飾タイルが美しいが、2階の窓の下からの色合いが少し新しい感じ。スクラッチタイルではない。国の登録有形文化財。

 

サイドから見ると薄緑の窓枠が洋風を演出。

 

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清澄白河というと飲食の世界では、最近コーヒーショップ、焙煎で知られている。

しかし近代建築でも魅力的な世界を提供している。

 

清州寮


1933年竣工の民間の集合住宅。
よくもこんなに横に広い戦前の建物が残っていると感心。

建物を重要文化財に指定したら、一帯が開発できなくなる!?😀

 

 

 

階段入り口

 

旧東京市営店舗向住宅


関東大震災後の復興事業の一環として、1928年に建設された店舗付住宅。
約250mにわたって立ち並ぶ鉄筋コンクリート造りの長屋。

一見無造作に並んでいるようにも見えるが、よく見ると統一感がある。

 

カーブを曲がった先にも住宅は続く。長さは250メートルですから。

 

一軒一軒はとても個性的でもある。

 

深川図書館

 

1909年に日比谷図書館に次ぐ東京市立の図書館として深川公園内に開館。 

現在の図書館は1993年に改築された3代目の建物。

以前の深川図書館をイメージして設計。 一部に旧材も使用されている。

 

以上3か所は一筆書きの様に、サクッと回れます。

コーヒーを飲みに来て散歩というのも悪くないと思います。

「孤独のパスタ」の食レポはまた別サイトで。

 

 

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追加情報

 

9月5日の軽井沢のルヴァン美術館でのギャラリートークの配信です。
戦時下の欧州の邦人、戦況などを交えて話をしました。
よろしければ視聴ください。

 

 

よろしくお願いします。

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軽井沢でのトークショーのお知らせです。
9月5日(土) 14時~15時30分
ルヴァン美術館にて


西村ソノさんは、私が軽井沢研究に入り込むきっかけとなった、大切な人です。

「西村ソノが生きた戦時下のヨーロッパ、その中に置かれた日本人の状況はいかなる様であったのか。そしてソノはどのような行動で生き抜いたのか。話の内容は企画展をご覧になる際の、よきガイドともなるでしょう」

名前:大堀聰(おおほりそう)
プロフィール:
現代史研究家、横浜日独協会常務理事、日本エッセイスト・クラブ会員
書籍『心の糧(戦時下の軽井沢)』シリーズを5冊出版
書籍『第二次世界大戦下の欧州邦人(ドイツ・スイス) 』には「西村ソノ 戦時下の欧州を勇気と美貌で生き抜いた女性」を収録

お近くの方、ぜひお越しください。
後日You Tubeで配信予定です。

 

 

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丸の内辺りはかつては文字通り日本の中心地で、建物も優れたものが多かった。

それらを近代化していく中でも、ファサード(建物の正面)を保存している。

 

丸の内パークビルディング


前身の「丸ノ内八重洲ビル」(1928年竣工)の一部がファサード保存され、低層部の外壁として活用されている。
かつてのビルの実物のファサードで、復元ではない。
また前面だけではなくサイドも同様なのが嬉しい。

 

ファサード保存だが、よく見ると実際の建物の外壁ではなく、その外側に置かれていて、入り口は中にある。
でもこうして保存してくれていることは嬉しい。

 

中に本当に入り口が見える。

 

旧東京中央郵便局

 

東京駅から地下で繋がるKITTE(旧東京中央郵便局)
吉田鐵郎の設計で1931年の竣工。
とても美しいレトロな外観(ファサード)だが、右端を見ると保存・再生された部分の奥行きが分かる。10メートル位?

 

正面から

 

三菱一号館

 

三菱一号館(1894年築、2009年復元)の東京駅側からのサイドビュー。
ジョサイア・コンドル の設計。
当時に近い製法で製造された煉瓦が美しい。
前にバス停などもあり交通量は多いが、うまいタイミングで途切れた。(こちらはファサード保存ではなく復元)

 

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麻布台に残る戦前建築の和朗フラットは1935〜1938年頃にかけて麻布台に建てられた、木造の洋風集合住宅群。

戦後、残った建物の一帯は「スペイン村」の愛称で親しまれた。

現在残るのは1号、2号、4号館だが、そのうちの解体されることが決まっている2号館については既に報告した。こちら

 

今回は改めて全体を紹介する。

1号館(左)と小さな屋根で繋がる2号館(右)

この屋根は残る様。新しい建物とも繋がるのか?

1号館の方がやや小ぶりだ。

 

解体される2号館。飾りのついた窓が美しい。

 

和朗フラット4号館は1936年築の木造アパートメント。
隣接する1号館、2号館が和風なのに対し、洋館風で、緑の窓枠が外国人の宣教師館のような雰囲気を出している。

今もテナントが入っている。

 

 

4号館のみ 登録有形文化財。

 

近くには伝説のイタリアン、キャンティがあるのが場にふさわしい。

 

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浅草に近い蔵前の近代建築を求めて訪問した。

 

1 タイガービルヂング
1934年築の台東区で最も古いビル
大好き なスクラッチタイルが2階以上全面に使用されている。
さりげなく国の登録有形文化財である。それを示すプレートなどは見えるところにはないよう。

 

このタイガービルの他に馬喰町のイーグルビル、横浜にはインペリアルビル、ストロングビル等、英語名称の戦前のビルがある。
1930年代も後半にあると日本では戦時色が強まる。前半はまだ英語の名前が好んで用いられたか。

 

2 浅草聖ヨハネ教会

 

教会の管区としては「浅草」か。

関東大震災での被災を経て、1928年に3代目となる現在の建物が再建された。
ほぼ100年前にすでに3代目の建物ということに驚く。
国の登録有形文化財

 

全体を見渡せる角度だと電柱、電線がかなり気になる。

 

壁に埋められた築年(1928年)を示すプレート。

 

 

3 御蔵前書房(おくらまえしょぼう)


看板には「大江戸・大東京関係・相撲文献」と書かれている。
ネット情報では「昭和23(1948)年築。古書店は昭和33年から」とある。
確かに建物はその位の歴史を感じる。

 

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麻布台に残る戦前建築の和朗フラットは1935〜1938年頃にかけて麻布台に建てられた、木造の洋風集合住宅群。

戦後、残った建物の一帯は「スペイン村」の愛称で親しまれた、

現在残るのは1号、2号、4号館だが、そのうちの2号館が解体されるというので急ぎ訪問した。

  

2号館の道路に面した姿

 

正面にかかる貼り紙によると解体期間は8月17日から10月16日と、もう始まっている。 

 

残る1号館(左)と解体される2号館(右)の間には入り口があり小さな屋根が渡されている。

具体的にはどう解体されるかは気になるところだ。

 

すでに調査等は終わったようで、右側の樹木には「残し」と貼られている。

 

壁には「残」と「撤去 手バラシ」と印がついている。

2号館がなくなっても間の入り口はそのままの形で残るようだ。そしてこの虎の飾りも左右残るのは救い!

以上緊急報告でした。

 

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