教員の大学に対する帰属意識が低い。

かなり前に学生の大学に対する帰属意識が問題になったことがある。自分の大学の学生であるという意識や母校愛が希薄になったというのである。確かに、スポーツの対校試合くらいにしか母校愛を感じない学生が増えたようだ。

しかし、本当を言えば、教員の場合には学生以上にこの帰属意識を欠いているように思う。教員は研究者として所属研究団体にはかなり強い帰属意識を持っている。だから、任期制が議論された際に、帰属意識があまり問題にならなかったように、教員は大学に所属しているという意識が欠けているのが当然と見られているのかもしれない。そうであるとすれば、教員が大学を愛するのは無理だろうし、大学の将来を考えよといっても無理だろう。

現実には終身雇用だが、意識の上では腰掛け的なものであるなら、学部の将来を考えるということは、非常に難しいだろう。たかだか自分の在任中に大学が倒産しなければそれでよしであるのかもしれない。学生や若い同僚の将来を考える教授は少ない。

 企業において社員が自分の会社を誇るのに比べれば、大学の教員ははるかに自分の大学に関心が薄いだろう。

大学の教員は自己保身に走る。なぜか。大学の教員の門は狭く、もし離職すれば再就職は極度に難しいからではないかと思う。


破廉恥罪や刑事罰を受けない限り、大学では解雇されないはずである。法律上も不当解雇から保護されているのだが、学部長に盾をつけば、解雇されるのではないかということを潜在的に非常に恐れているのではないかと思う。

 大学の教員の地位を失えば、次の職場を探すことはきわめて困難であるし、他の職業に転職することも難しい。大学紛争の時、学生の運動に対して、また大学当局の対応に対して不満をいだいた教員は多かったが、大学を去ったものはごく少なかった。自己の主張に忠実に、大学を去りえたのは、文筆活動や評論家などで生計を立てることが出来た少数者であったことを見れば、教員の生活基盤の脆弱性が分かる。大学を離れれば、家庭教師ぐらいしか職はない。慶応を解雇になった教授もそうだったことを見ればこのことは理解されよう。

3 教員はゆるやかな派閥を形成しがちである。

日本の組織は、本来あるべき機能集団から容易に基礎集団に変わってしまうと堺屋太一が述べているが、この説は大学でも当てはまる。ただ、派閥というのは、思想(考え方の差異)、利害、縁故や人間的な好悪などの非論理的な部分の三つの要素から成立していると思う。この三つの要素の度合いはそれぞれ社会によって異なるだろう。私の学部の場合には、利害と非論理的な要素が濃い。もちろん、これは大学一般に当てはまるわけではない。かっての東大の紛争を見れば分かるように、少なくとも建前では、イデオロギーが派閥の支柱になることもある。


では、非論理的な派閥とはどういうものだろうか。これを先に述べよう。

この種の派閥の有力な要因は、義理である。就職の世話になった、学会で世話になったというのが典型である。大学の就職口は非常に狭く、また業績だけで評価されるわけではないので人に頼らざるを得ない。人と人とのつながりで就職することを縁故による就職といえば、大学は圧倒的に縁故就職である。縁故であるから、そこに恩義が入り、恩義を受けた人に頭が上がらなくなる。招聘されるような著名な学者やずば抜けた業績を持つ人は別だが、ほとんどの教員は、なんらかの形での縁故によって現在に地位を得たものと思う。


多くの場合、学部長が就職の斡旋者になるから、学部長には恩義を感じて反対できなくなる。Y学部長は、この恩義を最大限に利用した。学部長になってからは当然、学部長以前でも適材適所は無視して、自分の知り合いを採用するようにした。この例の一つはすでに述べた。後輩や若い人に学会の入会などで恩義を売ったのも、深読みすれば学部長になるための種蒔だったといえる

  このゆるやかな派閥の性質は、前述のように、恐らく教員が一方では、学外の研究者との関係も深いこと、学生との関係が仕事の大きな要素であることなどの理由で、会社員のように完全に会社にコミットしていないせいではないかと思う。アウトローの集団を見れば分かるようにその人が外に閉じられているほど、集団内の派閥は強くなる。しかし、そうした結束力の強い派閥というか、グループを作っている教員は、わずかである。本当に影響力を発揮できる人数は、教員の場合には二、三人にとどまるといわれるが、その通りだと思う。

 しかし、それでも教員は思想や観念によって動くのではなく、この非論理的なゆるやかな派閥で動いてしまう。

三 教員は自分がないのでいつも群れている。

教員は外に対しては社会的地位も高く大学教授という権威も持っているはずであり、世間から見れば、独立不羈のイメージがあろうかと思う。しかし、実際には、きちんと自己の信念に従って発言できる人は少ない。ある外国人の教員がいみじくも言っていたが、発言する場合でも周りを見回してから発言し、孤立することを極度に恐れる。山本七平は日本文化論で「空気」の重要性を指摘したが、この空気に実に敏感である。

 先生方が、空気によって態度を変えてしまうのは、ある委員会の経験でよくわかった。この委員会は高校の校舎建設のための委員会だったが、これまでの審議を無視した執行部提案がなされた。それは、建築法上高校の校舎は建てることができないので、テニスのクラブハウスを建てるというものだった。私はおもわず「馬鹿げた提案」と発言した。校舎の建設予定がクラブハウスの建設に変わるのだから、誰でも馬鹿げたと思うのではないだろうか。

この委員会でのことである。この発言で私が、明らかに執行部と対立すると分かったのだろう。私の周りには教員は誰もいなくなってしまった。席を隣り合わせると私の仲間だと思われるのでそれを嫌ったのだろう。

 こうして多くの先生方は、権力に付くと同時に多勢につく。評論家の竹中労が言ったという「人は無力だから群れるのではない。あべこべに群れるから無力なのだ」という言葉が心に滲みる。群れる心理がある以上、信念を持って発言することなどできるわけがない。確かに、群れるから無力なのだ。

2 教員は事なかれ主義的な態度を取りがちである。

 教授会で発言するということは、提案が学部長からされるために、学部長の提案に対する修正ないし、異論になる。提案に賛成ならわざわざ発言するまでもないからである。したがって、程度はいろいろあるが、どうしても学部長に逆らう形になる。本来、教授会は審議の場だから、異論や批判が出ることによって機能するとも言える。しかし、この学部では、異論や批判はいかに建設的なものであっても「学部長に逆らう」ものと受け取られる。だから、陰で批判することはあっても、学部長の機嫌を損ねてまで実際に教授会で発言する教授はほとんどいない。

反論すると、側近の教授は、ある時には「形式には問題が多少あるが、内容的には問題はないので、賛成である」という。またある時には「内容的には多少の問題はあるが、制度をきちんと踏んでいるので賛成である」という。

教授にあるまじき非論理的なことをいって、やみくもに学部長を支持する。ほとんどの教授は沈黙しているので、沈黙は賛成とみなし、自分は多数派に属していると安心している。


漱石が「愚見数則」だったと思うが、「馬鹿は百人寄っても馬鹿なり、味方が大勢なる故,己れの方が智慧ありと思ふは、了見違いなり、牛は牛伴れ、馬は馬連れと申す、味方の多きは、時として其馬鹿なるを証明しつつあることあり、こ此程片腹痛きことなし」と述べているが、失礼を承知で言うのだが、漱石と同じ思いに何度も陥った。

 制度上規定されている採決ということが、行われるのならば、自分の意思をはっきり表明しなくてはならないのだが、採決を要望しても採決をしたことは、記憶によれば一度しかない。

 教授たちは下を向いていれば、自分の意思表示をしなくても済んでしまう。こういう状態を見ると、日頃、学生たちに、きちんと自分の意見を述べよと教えていないのかと疑ってしまう。

こういう沈黙の教授たちは、いかなる不正が行われても態度は、変わらない。明らかに不当で、異議が出て当然ということが幾度もあった。

 例えば、大学院では、ある教授が、某教授に向かって「知的犯罪者」という言葉まで使って罵倒したことがあった。しかし、この時にもこんな品位のない出鱈目な発言を批判するような教授はいなかった。

 

 一に述べたように教員は、教授会の議事などに関心を持たないともいえるが、とにかく自己の身を守るための「事なかれ主義」の教授が多すぎる。