今回は、退職金の不支給処分はどんな時に可能になりうるのかを考えていきます。
よくある規定例、
「懲戒解雇された者に対しては、退職金を減額または支給しない」
一見すると、そりゃ当然だ、と思えます。
懲戒解雇をしたということは、会社に重大な損害を与えたわけだし、退職金なんて受け取れるわけないと。
しかし、労務目線では必ずしもそうとは言えません。
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退職金の性格
退職金の性格は、ざっくり以下の2つが考えられます。
- 単なる賃金の後払い説
現実に積み立てているかはどうかとして、毎月・賞与の一部を積み立てておいて、退職時に払っているだけという発想
- 在職中の功労褒賞説
勤務を続けてくれたお礼や本人の成果に対する褒賞など
ただ、実際のところはどちらも混ざったもの(もっと言えば、事業主・労働者ともに、そんなこと考えたこともないというのが実情でしょう。)であると考えられます。
裁判においても、個別具体的な判断にしかならないものであり、結局は
その事業主が、
どんな意図で退職金制度を作って、退職金制度がどう構成されているのか
でしか、判断のしようがありません。
とはいえ、基本的には「功労褒賞説」というほうがしっくり来る気はします。
よくある、
「勤続3年未満の自己都合退職には支給しない」などの勤続年数縛りは、功労褒賞の最たるものですし、「退職金金額=退職時などの一定時期の基本給 × 一定の係数」というのは事実上の功労加算になっているため、前者の賃金の後払い説というのがしっくり来ないためです。
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退職金の没収・減額に関する法律
というところで、退職金について労働基準法など各種の労働法には、以下のようにしか定めがありません。
- 労働基準法第89条
「常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。」
- 同条の3の2
「退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項」
つまり、退職金制度をしたいなら、就業規則に定めをしなさいよというのみです。
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退職金の没収・減額が許されるのは?
ようやく本題です。上述の通り、どういう条件で退職金の減額・不支給ができるのかは、法律の定めがなく、これまでの司法判断で積み重ねられてきました。
ポイントとしては、
その懲戒理由で在職中の功績をどれだけ無にしたか
です。
つまり、支給の性格が「功労褒賞的なもの」であるのであれば、その功労が減れば減額、なくなれば不支給にできると考えられます。
ただ、ここが簡単ではありません。
なぜなら、
懲戒解雇になったから今までの功労の20%はなくなった
などといえるものではないためです。
懲戒解雇による退職金の不支給について代表的な裁判である小田急電鉄事件(東京高判 平成15年12月11日)は、
痴漢撲滅運動をしている鉄道会社の社員が電車で痴漢という犯罪行為を複数回(H3年に1度、H9年に1度、H12年に2度、しかもいずれも逮捕されている。)
という、どう考えてもアウトと言いたくなる事件です。
結果は、
本来の退職金の30%の金額の支給が認められた
なぜ???と言いたくはなりますが、
- あくまで私生活での逮捕であり、報道機関には報道されていないこともあり会社に社会的信用の低下などのダメージを与えたわけではない
- 本人の勤務態度は真面目であり、いわゆる不良社員ではなかった
というところから、全額不支給は重過ぎるということで、30%の支給が認められました。(懲戒解雇については有効)
ただ、30%の根拠は??であり、判断に困るのが現状です。
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まとめ
「懲戒解雇された者に対しては、退職金を減額または支給しない」
という趣旨の規定、書くのは自由ですが、トラブルになった際にはそのとおり行くとは限りません。
非常に難しい対応になりますので、専門家に相談してみてください。