釈迦牟尼スーパースター ~仏教のつれづれ~ -226ページ目

教義が違っても仏教!? 『インド仏教変移論』




釈迦むに・スーパースター ~そのうち悟りたい~-変移論

これは専門書なので、「わかんないかなあ」と思いつつ
思い切って買ったら、やはりわからない、どころか
読めない漢字が山ほど出てきました。


「なぜ仏教はこんなに多様化したのか」。
初期の仏教から、阿弥陀信仰の浄土教、後期の密教まで、
その教えはあまりにもバラバラです。
というよりも、本質的には「言ってることが釈迦と真逆だよ」
という部分もあります。
それらが、なぜまとめて「仏教」を名乗れるのか?


著者の佐々木閑先生の、この問題設定にものすごく興味があり
読んでみました
(8000円もするのに、わからなかったらどうしよう、と思いつつ)。


でも、一番のポイントはわかりました。
佐々木先生は、その根本原因を「破僧の定義の転換」に見ます。

「破僧」とは、「僧団の和合状態を破壊し、僧団を分裂させること」で、
両親を殺すのに近いぐらい重大な罪とされて、追放処分となります。


もともと「釈迦が説いた正統な教義と違う説を唱えて、
あるグループを率いて僧団を分裂させる」
のが「破僧」だと
されてきたのですが・・・
その「破層」の定義が、
ある時期に大きく変わったらしいというのです。


ざっくり言うと、あるグループが「僧団の行事や儀式を、自分たちだけで
勝手に行うこと」
が「破僧」ということになったと。


そうすると、違う教義を唱えていても、行事を一緒にやっていれば
僧団を追放もされず、ちゃんと仏教徒である、ということになります


そんなのありかーー!?と、びっくりしませんか。


しかも、「破層」定義の転換は、アショーカ王の頃=紀元前3世紀に
起きたらしいのです。
てことは、釈迦が亡くなってからわずか100~200年後です。


早すぎないかーー!?


そんなにすぐに、「教義が違っててもOK、キミも仏教徒だよ」となれば、
そりゃあ、教えが多様化しまくるのは不思議ありません。

以上のことを、佐々木先生は「律」やさまざまな資料をあたって
検証していくのです。


いやー、驚いた。


『インド仏教変移論』佐々木閑著、大蔵出版、2000年



平泉展 キンキラキンの臨死体験


世田谷美術館で開催中の「平泉 みちのく浄土」展にいってきました。
 
 岩手県にある中尊寺金色堂のキンキラキンの仏像軍団11体が、
釈迦むに・スーパースター ~そのうち悟りたい~
 はじめて東京で見られるということで、なかなか貴重な機会です。

そのうち6体も地蔵菩薩軍団がいるのが、不思議なのですが・・・。
 
 <平泉文化を代表する中尊寺金色堂は、御堂全体を金箔で覆い、内陣を金銀螺鈿による光りの荘厳で埋め尽くすという類例のないもので、平安工芸の至宝と讃えられています。>(展覧会解説より)


 写真から想像するより小さいのでちょっと拍子抜けでしたが、「全部金箔でいってみる?」と思って実行してしまった 奥州藤原氏の”これでもか”感は感慨深いものがありました。
 しかも、柱なども螺鈿でキンキラキンですから・・。
  
<また、清衡の発願により作られた、金字と銀字で一行おきに
書写した「紺紙金銀字一切経(中尊寺経)」は、一切経としては
わが国唯一のもので、現存する三千余点の国宝・重要文化財は、
質量ともに平安仏教美術を代表するものです。>(展覧会解説より)


仏像より面白かったのが、お経です。
紺色の地に、1行ごとに金と銀でビッシリ書かれたお経群。



インドから中国に渡ったお経の集大成を「一切経」と言いますが、
とんでもなく膨大な量になります。
それを「ぜんぶ金と銀で書いてみる?」と思って実行してしまった
奥州藤原氏の”これでもか”感は凄いものがあります。


もちろん奥州の藤原氏が、
自分の財力や権力を誇示するためでもあったでしょうが
西方浄土がこのように金色に光り輝くものだと空想していたのでしょう。


浄土を実際に作ってみたら、救われると思ったのでしょうか。

または、カネを突っ込んで、浄土テーマパークを作るような感覚だったんでしょうか。


阿弥陀や菩薩や天や、無数の仏たちがキラキラと輝く浄土。
お釈迦さまの仏教とはほとんど関係ない感じですが、

仏教美術としては浄土教のがゴージャスで面白いんですよね。


用賀の駅から美術館までの道は、両側に桜の木が植わってるので、

満開の日にいったら、ほんとうに浄土のよう、というか、

ほとんど臨死体験のような1日になると思われます。


(世田谷美術館 2009年3月14日-4月19日)



不干斎ハビアン 神も仏も捨てた男?


神も仏も捨てた宗教者。釈迦むに・スーパースター ~そのうち悟りたい~-ハビアン
その男、宗教の敵か見方か?

否が応にもそそられる副題と帯で、手に取ってしまった
『不干斎(ふかんさい)ハビアン』

(釈徹宗著、新潮選書、09年1月刊)。

ハビアンとは、1565年ごろに生まれた人(日本人)です。


禅僧でしたが、後に改宗してキリシタンになり、
44歳で突然キリスト教信仰をも捨てて、行方知れずになってしまいます。
そのとき、ひとりのベアタス(貞淑を守る女性の修道誓願者)と
一緒に教会から駆け落ちしたというから、ファンキーおやじです。


ハビアンは、キリシタンになった後で、『妙貞問答』という本を書きます。
これは、仏教の各派や神道をボロクソに書いて、
それに比べてキリスト教はなんて素晴らしいんだ!というQ&A集です。


で、そのあとキリスト教を棄てたときには、
キリスト教がいかにインチキかを説いた『破堤宇子(はだいうす)』
という本を書きます。


なので、「こいつは変わり身の早い、底の浅いインテリだ」という見方と、
「あの時代に、はじめて比較宗教論を著した近代人だ」という見方が
両方あるそうです。
要するに、
宗教を妄信することはできず、思わず「突っ込み」を入れて
しまう人
だったのでしょう。


でも、私たちのように、現代に生きている者からすれば、
ハビアンと同じく、「突っ込み」を抑えることはできません。


例えばキリスト教批判の書『破堤宇子』の中で、
神が世界を創造して、全知全能だというなら、
なんで悪魔なんていう存在を許すのだ?
アダムとイブが、リンゴを食べたぐらいで人類に罪を負わせるなら、
神ってちっとも慈悲深くないんじゃないの?
オレは長年イエズス会にいたけど、一度も奇跡なんて見てないよ。
みたいなことを書いています。


それに先立つ仏教批判の所『妙貞問答』では、
釈迦と言ったって、たかが一人の人間。信仰の対象にはならん、
と書いています。
だから仏教はいいんじゃん、と仏教者なら思うでしょうが・・。


理性による「突っ込み」なんて、宗教的な態度ではない、と言われるかもしれません。
でも、私たちは、それを抑えることはできない。
それを無理に抑えれば、変なオカルトに走って、
前世とか、波動とか、空中浮遊とかに、すぐに近づいてしまうのではないでしょうか。


だから私は、理性と何ら齟齬をきたさない釈迦むにの教えを信頼します。