『アエラ』の記事「お寺はもういらない」を読んだ
今出ている『アエラ』(10年10/11号)に「お寺はもういらない」という
小特集があって、期待せずに読んだらけっこう面白かったです。
「いらない」と主張する記事では全然なく、メインは税制の問題でした。
例の、「イオンが葬儀の相場表をオープンにした」という”事件”。
仏教界が「お布施は寄付でありギャラではない」と怒ったわけですが、
私はてっきり「お布施が値崩れする」のを恐れているのかと思ってました。
(前に書いたブログ)
http://ameblo.jp/nibbaana/entry-10652609375.html
ですが「アエラ」によると、恐れているのは「課税対象になる」ことだと。
料金表がある→サービス業である→課税対象である
という流れを宗教界は懸念しているというのです。
実際、最近の判例で「ペット供養」は課税対象になったそうです。
愛知県の税務署が、ペット供養は「請負業」、納骨は「倉庫業」だとして
課税したのに対して、寺が「宗教行為=非課税だ」と訴えを起こしたところ、
最高裁は「料金表があり、お布施ではない。課税は適法」と認定したとか。
さらにこの夏、国税庁次長になった田中一穂という人が、
宗教法人課税にとても熱心とされていること。
公明党が野党になり、創価学会への遠慮がなくなったこと。
これらの動きのなかで、
イオンの料金表が出てきたので宗教界は戦々恐々としている、
というのが「アエラ」の分析です。
住職さん、そのへんどうなんでしょうかね?
やはり非課税措置がなくなると、お寺はバタバタ倒産するのでしょうか。
記事の中で、洗建・駒澤大学名誉教授の指摘も面白かったです。
「公益性を強制するのは、宗教の姿を歪める」というのです。
日本では「公益にかなっているから非課税」という論理が根強く、
だから最近のお寺は「公益活動をしてます」というPRに熱心だと。
しかし本来、公益性と非課税は関係がない。
欧米は「営利法人=利益を株主や経営者が儲けとして配分する」と
「非営利法人=利益を翌年に持ち越して事業に使う」の分類であり、
「非営利=課税対象となる利益がない=だから非課税」という筋が通っている。
「非課税なのだから公益的でなければならない」という強迫観念は、
宗教を歪める、と教授は指摘しています。
たしかに、「公益」かどうかは、その時代の国家が判断することで、
戦時中なら戦争協力が「公益」とされるかもしれない。
教授の指摘が税制として現実的なのかどうかわかりませんが、
宗教の観点からは、もっともだなぁ、と思いました。
イオンは民主党・岡田さんちの家業。
ていうか、最期の儀式をスーパーマーケットに委ねる人生って、どうよ?
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遊女は言う「カネを払えば人は平等」(「ミリンダ王の問い」2巻ー1)
ずいぶん前に『ミリンダ王の問い』(東洋文庫、平凡社、3巻組)
の1巻を読み、今ようやく2巻を読み始めています。
これは紀元前2世紀にインド北部を支配したギリシア人の王様
ミリンダ王(メナンドロス)と、仏教者・ナーガセーナ長老との対話です。
ギリシア的合理主義をもって激しくツッコミを入れるミインダ王に対して、
長老がどのような答えを返すかという白熱教室でありまして、
仏教教義を理屈で語ったものとして一部に大いなるファンがいる書物です
(「ミリンダ王問経」というお経です)。
1巻と比べて2巻は神話度・奇跡度・非合理度が高くなっている印象。
「おへそを撫でると妊娠する」(第二編第二章)など、
ほんとにこれでミリンダ王は納得したんかいな?と思うような
部分もあります。
奇跡に関する面白い記述があったのでメモしておきます。
ビンドゥマティーという遊女が、群集の見ている前で、
「ガンジス川を逆流させた」というのです(第二編第一章)。
ミリンダ王が「原因なくして物理的な変化は起こせない」というのに対し、
ナーガセーナ長老が「真理の力で物理的変化は起こせる」と説く
事例の一つとして出てきます。
では、遊女=高級娼婦のビンドゥマティーが知っていた真理とは何か?
これが最高なんですよ。
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王は問う。
「どうしてお前に真実の力があろうか?
お前は盗人、自堕落者、不真実者、放埓者、罪深い者、
目のくらんだ愚か者から財を奪う者ではないか!
(中略)
お前にいかなる誓言があるのか?さあ私に聞かせてくれ」
「大王よ、わたしに財を与えるものはクシャトリャでも、
バラモンでも、ヴァシュアでも、シュードラでも、
あるいは他の誰でも、わたしは彼らにたいして、平等に仕えます。
クシャトリャだからといって<尊敬して>区別しません。
シュードラだからといって軽蔑しません。
わたしは親愛と嫌悪の念を離れて、財を所有する人に仕えるのです。
大王よ、これがわたしの誓言であって、それによって、
わたしはこの大ガンジス川を逆流させたのです」と。
(中村元・早島鏡正 訳)
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つまりカネさえ払えば身分は関係ない、アタシはプロ娼婦として明朗会計だと。
このことが、仏教者・ナーガセーナ長老によって「真理」として語られるわけです。
お釈迦さまにマンゴー林を提供。
「財を所有する人に仕える」というのは、
今でこそ銭ゲバの拝金主義のように思われます。
ですが「カネの前では誰でも平等」というのは、奇跡を起こすほどの真実
だったわけです。理由なき身分社会より、よほどマシですからね。
そもそも、中世から近世に移るときに
西欧社会が「自由」「個人」「人権」のような概念を生んだ背景は、
とりもなおさず「貨幣経済」や「私的所有」があったのだと、誰かが書いてました。
「俺の財産は俺のもの、誰にも奪われる筋合いはない」という考えがなければ、
「個人の権利」という概念も生まれることはなかった、と。
紀元前2世紀という大昔に書かれたインドのお経に、
その真理が登場したことに、いたく感心した次第です。
ミリンダ王の問い―インドとギリシアの対決 (2) (東洋文庫 (15))
霊能団体ロマゾフィー、マヌケすぎ映像
「霊視などは全部でたらめ」との供述をはじめたそうです。
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霊能師「全部でたらめ」=生活のため演じたと供述-ロマゾフィー協会事件・警視庁
自称霊能師で「ロマゾフィー協会」代表の平岩浩二(49)、妻司(36)両容疑者が元弟子の女性を棒で殴ったとして、傷害容疑で逮捕された事件で、2人が警視庁の調べに「霊視などは全部でたらめだった」と供述していることが1日、捜査関係者への取材で分かった。
捜査関係者によると、同協会の活動について、両容疑者は「生活費のために演じていた」と述べており、同庁捜査1課は数千万円の恐喝容疑などでも調べている。
捜査関係者や被害者会によると、平岩容疑者は2002年春ごろ、ロマゾフィー協会を設立し、講習会や「霊視」と称するカウンセリングで弟子を集めた。見込んだ弟子は「内弟子」と格上げして一緒に生活し、身の回りの世話をさせる中で、暴力を振るい、金品を要求。「協会を離れると死ぬ」と脅していた。 (10月1日 時事通信)
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はじめから、どこをどう見たって、でたらめじゃん!
協会DVDの「変身ヒロインレジェンド」(笑)の映像をTVで流していましたが、
ピンクのミニスカでプロレスごっこ・・・。
こんな”新宗教”に、どうやったら騙されるのでしょうか???
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