昨日の夜ご飯時の我が家のお話です

(昔むかし…、みたいな始まりやな

)
小2の娘、
椅子の脚につけていた、床の傷を防ぐためのキャップ?が外れ、上手く戻せず、
床でゴネる。
床で…。
床で…小2が………

中学生の兄姉は、
「ご飯のあと直したらいいやん」
たしかに

「一個つけると、反対の脚のカバーが外れるんよ

」
たしかに

そりゃそうだ。ゆるいんやもん。
お山で疲れ果てていた私、
反応を忘れてご飯のことを考える

しばらくしたら、
「手伝って」とつぶやいてきました。
このやりとりをしてたら、
先月読んだ本のことを思い出しました

いのちのちから
タイトルが濃い…
(ちょっと怪しい本かと思ったわ。)
新居浜の図書館にありました
『いのちのちから マリア・モンテッソーリがほんとうに伝えたかったこと』
「ほんとうに伝えたかったこと」、なんなんでしょう

本のどこもかしこも面白くて読んだんで、ここでは一部しか伝えられないのが残念です

大人が与えたいものを与えるんではなくて、
今、目の前のこの子が、
どんなことを獲得しようとしているか、
それをじっっっくりと観察して、そして子どもの力を援助しましょう。
動くこと、特に手を動かすこと。そして手を動かすためには、よく目が働く。
なのに、大人は、つい介入し、手伝いしすぎ、先回りして、引っ張ろうとし、説明したくなり、邪魔をしちゃう。
耳が痛い

だって、
やりたーい!
じぶんでやるー!
って言う割に
すぐ、
ママー!
できないー!
って言うじゃないですか

子育てあるあるですよね

そこでですよ

この本の中で私が一番印象に残ったところ、聞いてください
「ママー!」とか「キーーー

」
って言う子どもの声は、
「ひとりでできるよう、手伝ってください」
なんだって
あぁ、そうか。
だから、イヤイヤ期の2歳は、
「できないー!」って言う割に大人が横取りして解決しようとすると、怒るのか。
模倣の時期なので
・ゆっくりとやって見せる
・「やってみる?」ときいてみる
・できるところを任せる
・できないところはさりげなく手伝う
・できたを一緒に喜ぶ
ポイント 子どもが難しいと感じている、ほんの一部分がどこかをキャッチしてあげる
(たとえば…ズボンが履けないなら、足を通すのが?手で持っておくのが?片足立ちが?お尻のところを上げるのが?どこが難しいのか)
だがしかし、
このやりとりが起こるのって、1歳とか2歳くらいじゃないでしょうか
この頃に、
できない→大人が奪って、解決する
を繰り返すと
「ママー」「できないー」
その先は
「だれかやって」(自分は何もしなくていい)
の思考になっていくのかな、と思いました…
乳幼児期の「ママー!」を
「ひとりでできるよう手伝ってください」
と受け取って、援助してあげる
をずーっと何度も何度も、
何千回も繰り返したら…
(できるときだけでも意識したら…)
子どもはどんなふうになっていくでしょうね
小2にはもう遅いかな。
いや、遅くないか
私もやってみよう
おまけ

「あのみかんが取りたい。おいしそうだから、あれがいい。でも手が届かない。」
大人がとってあげちゃう?
どうする?

この子はもう大丈夫。
自分でどうにか成し遂げる力を持っています
