Life in the Lone Star State -130ページ目

アメリカの銃規制

今日はWSJからこのニュース。

Supreme Court Agrees to Weigh Local Gun Laws

シカゴで市民に対して銃の所持を制限する立法がなされたことが、アメリカ合衆国憲法上合憲かという問題について連邦最高裁が審理をして判断を示すことになったという記事です。ワシントンDCでも同様の立法がなされ、これは最高裁が違憲だという判断を昨年したそうですが、ワシントンDCは連邦の管轄下にある特別の地域で、州の場合も同じ結論になるかというのが今回の争点のようです。

アメリカ合衆国憲法の修正第2条では、次のように規定されています。

A well regulated militia, being necessary to the security of a free state, the right of the people to keep and bear arms, shall not be infringed.

重要なのは後半部分で、「人民が武器を保有し携帯する権利を侵害してはならない。」と いうことです。この規定があるからといって一切の銃規制をしていないわけではなくて、精神異常の人には銃を売ってはいけないとか、年齢制限とか、登録制とか、ある程度の規制は既にあるようです。今回問題になっているのは、銃を所持することを一律に禁止する法律が合憲か違憲かということです。

アメリカの連邦最高裁判所は、日本の最高裁判所と違って、自分たちが判断すべきと考えた事件だけをピックアップし、判決を出します。したがって、連邦最高裁に審理を求めて上がってくる事件のうち、大部分は判断されず突き返されてそれで終わりです。判断される事件は、控訴審レベル(こちらではCircuit Courtと言いますが)で判断が分かれている案件や政治的に重要性の高い案件が選ばれる傾向にあるようです。

また、日本人として若干違和感を覚えるのは、最高裁の裁判官の選任方法です。こちらの連邦最高裁の裁判官は終身なので、自ら辞任するか弾劾される以外は欠員が出ません。そして、欠員が出た場合には、大統領が候補者を指名し、上院の同意のもとに選任されることになりますが、その場合、大統領は自分と政治的なスタンスが近い人を選ぶらしいのです。その結果、保守寄りの裁判官、リベラルな裁判官、中立的な裁判官など政治的なポジションが大体分かるらしく、時代によっては保守寄りの裁判官が過半数を占めると、判決も保守寄りになるとか多分に政治と結びついているそうです。(昨年ロースクールで習いました。)

日本の最高裁の裁判官のなかで誰が右寄りで誰が左寄りとか、どっちが多数派を占めているとか、それまであまり意識したことがなかったので、この話は結構印象的でした。

アメリカの場合は今回の銃規制や、同性愛者の人権、避妊の権利など政治的な対立が激しい案件ついて判断しているケースが多いので、その時の裁判体の構成メンバー次第で結論が正反対になるような案件も多いようです。

法律上の真実は1つではないということを改めて認識させられます。